核・ミサイル開発が重要視される北朝鮮ですが、実は「核科学者が優遇されている」という事実はないのが実態のようです。無料メルマガ『キムチパワー』の著者で韓国在住歴30年を超え教育関係の仕事に従事している日本人著者が、北朝鮮の核科学者の現状について詳しく紹介しています。

北朝鮮の核科学者の実態

「北朝鮮の核科学者たちは小学生の頃から研究分野、住居、飲食、結婚などほとんどすべての分野で人生経路が決まっている自己決定権がない存在だ。失敗がまさに命取りになる北朝鮮社会で『祖国の事業』のために仕事ばかりして死んでいくしかない非人間的な状況下にある」。

核・ミサイル開発に邁進している北朝鮮は、金正恩が前面に出て核科学者をおんぶするほど優遇すると知られているが、実状はこれとは全く違うという分析が米ワシントンDCの韓半島専門家から提起された。北朝鮮の核関連専門人材の数は約1万人と推定される。

31年間在韓米軍に服務し、韓米連合司令部最高戦略家などを務めたロバート・コリンズは10日に発表した報告書「爆弾のための奴隷(Slave to the Bomb)・北朝鮮核科学者の役割と運命」で、彼らの人権侵害の実態を詳細に描いた。

彼が面談した脱北民の証言と各種非公開資料などをもとに、このような結論を下したのだ。コリンズ氏は「外部の人たちは金正恩と北朝鮮の生存に核があまりにも重要で、科学者たちが良い待遇を受けていると思っているが、そうではなかった」とし「最高指導者が米国本土まで叩ける精巧な兵器開発を要求している中で、核科学者たちは成功以外に他の退路がない危険な未来に直面している」と話した。

本紙(朝鮮日報)が事前入手した約200ページ分量の報告書内容を見れば、いわゆる「爆弾の奴隷」としての運命は早ければ10才にもならない年齢で決定される。北朝鮮は田舎、都市を問わず行政単位別に数学・科学に優秀な人材を「中央」に選抜できる体系を持っている。

コリンズは報告書で「地域別に最も優秀な学生たちを集めて数学・物理など科目別に英才教育を実施する」として「頭角を現せば家族全員が上級学校進学のために強制的に引越ししなければならない場合もある」と語った。金正日(キム・ジョンイル)が通った平壌新院洞(ピョンヤン・シンウォンドン)の「第1中学校」は、英才教育の産室で、北朝鮮全域から秀才が集まる。学生たちが国際数学オリンピアードなどに着実に参加するほど水準が高い。

核計画の従事が確定した科学者資源は平壌の金日成大学・金策工業綜合大学、慈江道江界工業大学など主に5つの大学に進学する。報告書は「一度でも特定研究分野で立派な学問的成果を出せば専門家としての運命はすでに決まったこと」とし、「必ずキム政権のための人生を生きなければならず、この時から人生の変数といえるのは勤務場所やそれにともなう住居の品質程度」とされている。

これに伴い、婚姻相手も事実上決定され「選択の自由」がないのに「不満がある人々は処罰を受け各種恩恵が剥奪される」ということだ。多くの対北朝鮮制裁にもかかわらず、外国で勉強する機会も与えられるが、ロシアの合同原子核研究所(JINR)、中国のハルビン工科大学などが代表的な交流機関だ。ハルビン工科大学で学んだ北朝鮮の学生は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック以前には1年に1000人を超えていた。

核科学者としての生活の質は、勤務地がどこかにかかっている。北朝鮮内の核施設は100か所を超えると知られているが、コリンズは「これらのうち40か所程度が今後の非核化過程で必ず言及されなければならない核心施設」と話した。核研究・監督施設15か所、ウラン鉱山8か所、核発電所・精製工場5か所などだ。いわゆる「成分」と呼ばれる出身背景により勤務地が決まることもある。最も険しい地とされる忌避対象は、最北端の咸鏡北道吉州郡豊渓里(ハムギョンプクト・キルジュグン・プンゲリ)一帯だという。06年から17年まで6回の核実験が行われた場所だ。

北朝鮮の原子力関連法に「国家が従事者の安全を保障する」となっているが、飾り物に過ぎず、基本的な安全施設さえ整っていないことが分かった。北朝鮮の原子力工業部などで働いた後、1994年に脱北したキム・デホ氏は「核開発分野の従事者がウランタンクの中に追い込まれ、ウラン粉末・ホコリが無数に漂う空間で呼吸し、殺人的な労働を強要されている」と話した。

報告書には「粉江地区物理専門大学出身100人余りが近隣の寧辺(ヨンビョン)核施設で仕事をして放射能に露出され精神がおかしくなり、家族は不妊・奇形児問題を体験して順に死んでいった」という事例も紹介された。実際に関連分野に従事した脱北民が猛毒性ガスと放射能被害による白血球減少症、肝炎、睾丸炎、腎炎など各種「職業病」を訴える場合が多い。2017年には、豊渓里の核実験場で地下坑道を作る工事中に崩壊事故が発生し、数百人が埋没することもあったという。

多くの核科学者の経済的事情も容易ではない。金正日政権の時は、彼らが集まって暮らしていた平壌国家科学院前の住居団地が「発酵アパート」と呼ばれたという。生計のために副業までするほど余裕がなかった核科学者たちが自家消費または販売のためにトウモロコシ・どんぐりなどからアルコールを抽出したためだ。

北朝鮮体制の特性上、核科学者に対する党の監視と統制も相当なものだという。報告書は「各研究機関はもちろん核施設ごとに党委員会があり、絶えず科学者たちを監視し忠誠度をテストする構造」とまとめる。それぞれ研究を熱心にしても協業のための交流は徹底的に禁止される。

ある開発者は、研究中の内容を周辺に共有し、家族が皆逮捕されるという事故を経験したという。報告書は「北朝鮮政権がより多くの住民に恩恵が与えられる方式の原子力利用はしておらず、核科学者たちは兵器を作り、核プログラムの人材を教育することしかすることがない」とした。

ただ、キム・ジョンウン政権後、核・ミサイルなど兵器開発過程で失敗を容認する雰囲気が一部形成されたのは事実だとコリンズは明らかにした。北朝鮮は2017年、大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射に成功した後、金正恩が科学者を直接おんぶする写真を公開した。報告書は「1984年から2017年まで北朝鮮指導者が計119回『現場訪問』をしたが、このうち83回は金正恩によるもの」とした。

コリンズは10日、ワシントンDCの対北朝鮮人権団体である北朝鮮人権委員会(HRNK)の行事で、ターナー米国務省北朝鮮人権特使らが出席する中で、今回の報告書の内容を発表する計画だ。在韓米軍出身のデービッド・マクスウェルHRNK理事は「北朝鮮との対話のために人権問題提起を慎まなければならないということは打破しなければならない考え」とし「国際社会、特に韓国と米国は北朝鮮核プログラムの核心要素である科学者たちの人権問題を正面から扱いキム一族に責任を負わせなければならない」と話した。

ロバート・コリンズ
37年間、米国軍人と軍務員として働いた韓半島専門家。経歴の中で31年を在韓米軍に服務し、韓米連合司令部の最高戦略家として4星将軍である連合司令官を補佐し、政治分析と企画などを担当したりもした。李明博政府の時、報国勲章3日章を受けた。 メリーランド大学でアジア歴史学を専攻し、檀国(タングク)大学で北朝鮮政治で修士号を取得した。現在、ワシントンDCの対北朝鮮人権団体である北朝鮮人権委員会(HRNK)の先任顧問として北朝鮮の人権問題に専念している。[朝鮮日報ベース]

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