日本版ライドシェアの問題

 二種免許を持たない一般ドライバーが自家用車などを使い乗客を輸送する「日本版ライドシェア」。2024年4月から東京都の一部(23区、武蔵野市、三鷹市)や京都府の一部(京都市、宇治市、長岡京市など)など日本各地の都市部で開始され、およそ1か月が経過した。

 私(西谷格、フリーライター)はもともと中国や台湾などでライドシェアをごく普通に使っていた経験があり、

「早く日本でもライドシェアが広まってほしい」

と切望していた。が、日本版ライドシェアの概要を知り、私は非常に落胆している。というのも、これはグローバルスタンダードと大きくかけ離れた

「失敗作」

といわざるを得ないからだ。ライドシェア本来の利点がまったく骨抜きにされており、

「名ばかりライドシェア」

といわざるを得ない。

 問題点は多数あるが、もっとも大きいのは「通常のタクシーと料金が同じ水準」という点だろう。ライドシェアは二種免許不要で普通免許さえあればドライバーに登録できる。タクシーに比べ条件が大きく緩和されており、車両もメーター不要の一般車両でよい。

 にもかかわらず料金が同じ水準では、ライドシェアのメリットは大きく損なわれ、健全な発展が妨げられる。例えていうなら、飛行機で格安航空会社(LCC)の運賃をレガシーキャリアと同じぐらいに設定しているようなものだ。これでは積極的に乗る人はほとんどいないだろう。

ライドシェアのイメージ(画像:写真AC)

変動料金制は必須

 天候や混雑具合によって料金が変動する「ダイナミックプライシング」が適用されていないのも非常に問題である。

 急に雨が降ってきたときや夕方のラッシュ時など、タクシーがなかなか捕まらず困った経験を持つ人は多いはずだ。そういうときはタクシー会社に電話をしても

「今混雑しているので30分以上かかります」

などといわれてしまう。

・需要と供給に応じて価格を変動させる
・高いチップを払う客を優先する

仕組みを導入できれば、車移動が今よりずっと便利になるだろう。

 運転手は混雑する時間帯に集中して稼ぐことができるし、乗客はどうしてもタクシーに乗りたければ、割増料金を払うことで車両を確保できる。

 逆に、それほど急いでなければ、徒歩や電車に切り替えたり、しばらくカフェでお茶をしてピークタイムをずらして乗ったりしてもいい。完全に“三方よし”で、本来は全員がハッピーになれる仕組みをIT技術によって作れるはずなのだ。中国でライドシェアを使ったときの記憶では、大雨のときなど

「通常の2〜3倍」

まで高騰した記憶がある。

白タクのイメージ(画像:写真AC)

ライドシェアは安全

 白タク(違法タクシー)のイメージから「ライドシェアは怖い」という“偏見”も根強いが、私から見れば、むしろ

「現行のタクシーのほうがよほどトラブルが起きそう」

で怖い。どこの誰かもわからない、赤の他人の車に乗る昭和の白タクは確かに怖い。だが、ライドシェアはまったく別ものだ。

 ライドシェアはドライバーだけでなく乗客も事前に運営会社(ウーバーなど)に自身の氏名や連絡先を登録してあるので、双方とも犯罪行為に対する強い抑止効果が生まれる。例えば女性ドライバーであれば、深夜にえたいの知れない男性客や酔っぱらいを乗せるのはリスクが大きいと感じるはずだが、ライドシェアならずっと安心して乗せられるだろう。キャッシュレス決済のため、無賃乗車もできない。もしも犯罪行為が起きても、個人情報が登録されていればすぐに捕まえられる。

 暴言や暴力、無理難題をいってくる客はブラックリストに登録して記録を残し、悪質な場合は乗車を断ることも可能だ。

「カスハラ対策の切り札」

として、極めて有効だ。逆に、乗客側もドライバーの運転や接客態度があまりにひどいと感じたら、悪い評価を付けられる。イメージとしては、ウーバーイーツで宅配を頼んだり、メルカリでものを売買したりするような感じだろう。双方が対等な立場に立てるので、公平である。

タクシー(画像:写真AC)

記録が残る運転歴

 最初は初心者であっても、ライドシェアの場合、経験を積めば積むほど、それがきちんと可視化される。中国でライドシェアに乗ったとき、累積運転回数と評価が一目でわかり、とても安心した。これに加えて、走行距離、運転歴、年齢、性別などを記載してもよいだろう。

「新人ドライバーは心配」と思う人は、経験の浅いドライバーが配車されそうになったら予約前にキャンセルしてもよい。

 行き先やルートは事前にアプリ上で伝えてあるので、ドライバーはカーナビに指示に従って運転すればよいだけ。

「裏道から行ってほしい」

といった細かい要求を乗客から聞く必要がなくなる。

 運営会社を通じてライドシェアにもタクシーと同等の保険に入るよう義務付ければ、万が一事故が起きた場合の対応もタクシーと変わらないだろう。

タクシー会社のイメージ(画像:写真AC)

自営業者の緊張感

 車内に忘れ物をした場合も、アプリの乗車記録が残るので追跡が容易だ。親切なドライバーであれば、向こうから連絡をくれるかもしれない。

 現行の制度では、ドライバーはアルバイト・パートとして雇われているため、飲酒運転をしたり事故を起こしたりしても、ある程度は雇用が守られる。一方、本来のライドシェアはドライバーは

「自営業者」

だ。個人事業主として働くため、違反や事故を起こせば自身の生活に直結する。どちらがより緊張感を持って運転するかと考えれば、明らかに後者だろう。

 今でも地方都市などに行くと、タクシー会社に片っ端から電話をかけて車を手配しなくてはいけない場面があり、日本のデジタル化の遅れっぷりを痛感させられる。こんな不合理なことを延々と続けている国は、ほかにあるのだろうか。

 結局のところ、日本版ライドシェアという極めていびつシステムを続ける理由は、

「タクシー会社の利益を守るため」

なのだろう。結果として日本は車移動がしにくい社会になっている。

ライドシェアのイメージ(画像:写真AC)

もはや不可避の潮流

「新しいものは試すのもイヤだ」
「現状維持がベスト」
「何か始めるならトラブルはゼロでなくては」

といった、いかにも日本らしい“完璧主義”が招いた結果でもあるだろう。骨抜きにされた日本版ライドシェアは、

「衰退国家の象徴」

のようでもある。

 だが、ガラケーがスマホに置き換わり、ファックスがビジネスの場面からほぼ消滅したのと同じように、ライドシェアはいつか必ず普及する。タクシー会社がどう抵抗しても、この潮流は変えようがない。

「便利なものをあえて使わない」

という選択は、どうしても無理があるからだ。

 政府は6月に制度の見直しを進めていく。諸外国と同様のライドシェア“本来の姿”に近づけ、十分メリットを享受できる姿となるよう期待したい。