磁気共鳴断層撮影装置(MRI)において効率化のニーズが高まっている。医師をはじめとした医療従事者の人手不足が深刻化する一方、高齢化社会の進行で患者はさらに増加する。また、アルツハイマー病(AD)治療薬の実用化で新たに認知症の治療ニーズも高まるなど、医療は大きく変化する。こうした変化を背景に、医療機器メーカーは人工知能(AI)の活用をさらに加速し、医療現場の効率化に貢献する機器の開発を進める。(安川結野)

経済産業省によると、2023年の医療機器の世界市場は約6000億ドル(約90兆円)で、今後も年率5・7%で拡大するとみられる。欧米などの先進国は新型コロナ感染症の流行が落ち着き成長軌道を取り戻しており、今後も大きな市場としての位置付けを維持する。また、高齢化や医療サービスの拡充が進む新興国も、長期的な市場の成長を後押しする。

医療機器のトレンドは医療の効率化だ。先進国では特に高齢化が進み、人手不足が大きな問題となる。将来的に人手不足はさらに深刻化すると予想され、検査や診断における効率化は喫緊の課題だ。医療機器メーカーはこれまでも効率化を実現する技術としてAIやデジタル技術の活用を進めており、各社は画像の高品質化や検査業務の効率化などで機器の差別化を図る。

キヤノンメディカル 画像再構成、解像度3倍

キヤノンメディカルシステムズ(栃木県大田原市)は9日、3テスラMRI「ヴァンテージ ギャラン スリーティー/スプリーム エディション」を発売した。同社の画像再構成技術「PIQE(ピーク)」により、画像の解像度を3倍に高める。

一般的にMRIでの撮像は20分から1時間程度かかる。同機器はピークにより画像の高精細化が可能なため、従来と同等の画像の取得に必要な撮像時間が大幅に短縮するという。また、AIによる撮影断面アシスト機能や患者の検査前セッティング支援機能も、検査の効率化に貢献する。

キヤノンメディカルシステムズは、国内市場ではコンピューター断層撮影装置(CT)でシェアが高く、これまではMRIよりもCTで存在感が大きかった。こうした中、同社はAIや画像再構成技術の進化で、より簡単な操作で質のいい画像を取得できるMRIを展開し、国内の売り上げを大きく伸ばす計画だ。滝口登志夫社長は「臨床的価値を高める機能に加え、医療機関への働きかけを続けてきた成果が出てきた」と強調する。

GEヘルスケア 動く臓器クリアにとらえる

GEヘルスケア・ジャパン(東京都日野市)は、1・5テスラMRI「シグナ ビクター」を発売した。AIを活用した自動化アプリケーションなどを搭載し、撮影時の設定にかかる時間を短縮。フォローアップ検査において治療の前後を比較しやすい画像を取得できるため、検査だけでなく診断の効率向上にも貢献する。

GEヘルスケア・ジャパンのMRI「シグナ ビクター」

また深層学習(ディープラーニング)を活用した画像再構成技術を搭載し、ノイズを低減した高品質な画像を取得できる。体動補正技術により、動きがある臓器についてもより高品質な画像が取得できる。診断の確信度向上に加え、読影を行う医師の負担軽減にもつながる。

ヘリウム消費量を削減できる点も注目される。MRIは磁場を発生させる磁石を極低温に保つため、冷媒として大量のヘリウムを使用する。

近年、ヘリウムの供給不安からヘリウム使用量が少ない機器の開発が進んでいる。GEヘルスケア・ジャパンのシグナ ビクターも、電磁石の冷却に使うヘリウム量を70%減らし、消費電力を抑えた設計を採用しており、機器の運用コストを削減する。

富士フイルム ゼロヘリウムを実現

富士フイルムが新たに発売したのは、冷却用のヘリウムを使用しないMRIだ。同社子会社の富士フイルムヘルスケア(東京都港区)の「エシェロン スマート ゼロヘリウム」は、独自の構造により、冷却器で効率的に磁石を冷やすことができる。ヘリウムの供給不安の影響を受けないほか、ヘリウムガスを排出する排気管が不要だ。従来の顧客に加え、ビルの中など、これまで排気管の設置が難しかった施設の医療機関も新たなターゲットとなる。

また富士フイルムの鍋田敏之執行役員は「新興国などで医療アクセスの向上が期待される。今後全てのMRIのゼロヘリウム化を目指す」と意気込む。

富士フイルムヘルスケアのMRI「エシェロン スマート ゼロヘリウム」は12ー14日開催の国際医用画像総合展(ITEM)でも注目された
富士フイルムヘルスケアのMRI「エシェロン スマート ゼロヘリウム」

新興国でも、高齢化による心疾患や生活習慣病などの治療ニーズは増加傾向にあり、それに伴い、検査需要も高まる。医療インフラの整備が進み、電力供給が安定化した地域では、MRIをはじめ大型の医療機器の導入も進む。

ヘリウムを使わないエシェロン スマート ゼロヘリウムは、電源さえ確保できれば導入が可能なMRIだ。同機器を足がかりに、これまでMRIが浸透していなかった新興国市場の開拓も見据える。

日本の医療機器市場は成熟しており、MRI台数も世界2位と多い。そのため、国内においては新規購入よりも買い替え需要が大きい。一方で、米GEヘルスケアで欧州やアジアなどを統括するエリー・シャイヨー氏は「高齢化が進む地域では認知症やADの治療が増え、MRIがさらに使われるようになる」と強調する。MRIを既に保有する医療機関では1台当たりの撮像数の増加が予想され、画像を効率的に読影を行える機能がさらに求められることになる。医療機器メーカーは買い替え需要に狙いを定め、画質の高精細化に加え効率的な検査ができる機能で、競争力を高める必要がある。