【アントニオ猪木と理想の晩年】#1

 75歳で後期高齢者の仲間入りをして2年余り。さすがに私も、最近は死を身近に感じるようになりました。知人、友人が1人、また1人と亡くなっていく中で特にショックだったのは、アントニオ猪木さん(享年79)の壮絶死でした。

 私が新日本プロレスのリングドクターとして彼を診るようになったのは42年前のこと。以来、彼の数々の病気、健康状態を診てきましたが、最後に思ったのは、あの強靱な肉体も結局は老いるのかということです。

 一般の方は、病気と老化を別に考えていますが、実際は一緒のものです。最近は老化を病気としてとらえ、アンチエイジングは可能とする考えもありますが、ヒトは老いるから病気を発症するのです。そうして、なんらかの死因となる病気で死んでいくのです。

 猪木さんの直接の死因は「心不全」ですが、それを引き起こしたのは、「全身性アミロイドーシス」という厚労省指定の難病、いわゆる“不治の病”です。

 この難病は80歳以上の高齢者に多く見られる病気で、やはり老化の影響というしかありません。アミロイドはタンパク質の一種で、これが臓器に蓄積されていくと、さまざまな機能障害が起こるのです。なぜ加齢とともにアミロイドが生成されていくのか。そのメカニズムは解明されていないため、治療法はありません。遺伝性なのか、後天的なものなのかもわかっていません。

 死の1年前、私は2度、猪木さん宅を訪ねました。そのとき、医者の直感から「もう長くはないな」と思いました。ですからそれから1年間の闘病生活は、よく持ったと言えます。本当によく頑張ったと思います。そんな中、猪木さん自身も長くはないと悟っていたのではないでしょうか。

 猪木さんというのは、本当に飾らない人でした。すべてを受け入れて、ありのままに生きる人でした。腰に激痛が走り、心臓も侵され、腸捻転なども発症し、入退院、リハビリ、温泉治療などを繰り返し、最終的には寝たきりになりましたが、そのすべてを運命として受け入れ、病気と闘い続けました。

 そういう人ですから、闘病姿を余すことなく動画にし、3年間にわたってユーチューブで配信し続けたのです。そして、死の1カ月前、「24時間テレビ」に車椅子姿で出演しました。

 闘病姿というのは、醜いものです。リングの上での“格好いい姿”からはあまりにほど遠いものです。もしプロレスの王者としてのイメージを大切にするなら、ファンにあの姿は見せるべきではなかったでしょう。

 しかし、「格好悪い姿をさらけ出すのも、猪木だからです」と笑うのです。その笑顔が忘れられません。

 闘病姿をさらけ出した後に、あの「1、2、3、ダーッ!」の掛け声と片手を突き上げた姿が、鮮やかに蘇ります。

(富家孝/医師・医療ジャーナリスト)