立ち見席までマリンブルーに染まった横浜スタジアムが、その瞬間に揺れた。

 5月6日。DeNA対ヤクルト戦の8回だ。佐野恵太外野手の適時打で1点を返し3対5としてなお、2死一、二塁。打席に向かう「背番号25」筒香嘉智外野手を、スタンドが5年前と同じ応援歌と「ツツゴーコール」の合唱後押しする。

 マウンドのホセ・エスパーダ投手の初球だった。真ん中に入ってきたストレートに、筒香が迷いなくバットを振り抜いた。

「打った瞬間に行ったなという感触はあった」

 2019年10月7日のクライマックスシリーズ、ファーストステージ以来の横浜スタジアムでのプレー。4年間、離れてはいたが、それでもずっと慣れ親しんだ自分の本拠地だ。その確信に間違いはない。あまりに劇的な復帰初戦での逆転3ランだった。右中間スタンドに打球が弾んだ瞬間、狂喜乱舞するベイスターズファンのパワーでスタンドは確かに揺れていた。

 紆余曲折を経た5年ぶりの古巣復帰。

「この横浜スタジアムでベイスターズの一員としてプレーできることに非常に喜びを感じています。僕自身ができることといえば、毎日、ハードにプレーすることだけ。チームの勝ちに少しでも貢献できるように全力でプレーする」

 試合前にこう語って臨んだ復帰初戦は、まさに筒香らしさ全開でファンを魅了した。

「非常にいい感覚で最後の打席に入れました」

 第1打席はヤクルト先発のベテラン左腕・石川雅規投手の投じた4球に、1度もバットを振らず一塁に歩いた。審判にゾーンを確認しながら、決してムリにバットを振りにはいかない。これも5年前と変わらない筒香のスタイルだ。

 そして第2打席は中飛に倒れて迎えた第3打席だった。ヤクルト3番手の星知弥投手の150km、外角高めのストレートを逆らわずに逆方向に打ち返した。あと30cm……左中間フェンス最上段に弾み本塁打とはならなかったが、悠々と二塁ベースに立って復帰初安打を決めた。

「僕の中の1つのバロメーターが逆方向でもありますので、非常にいい感覚で最後の打席にも入れました」

 まさに完全復活を印象付ける筒香本来の打球だった。

こんなに打席で動かされる筒香は初めて…

 5年ぶりの古巣復帰が発表された4月20日以来、ファームで調整を続けてきた筒香だが、この日の一軍昇格には「まだ時期尚早」「もう少しじっくり調整してから一軍に上げるべきだ」という声が多くあったのも事実だ。

 筆者も横須賀スタジアムでの二軍戦やDeNAの練習施設「DOCK」での練習を観て、正直、本来の姿にはまだ遠いように感じていた1人である。

 ゆったりと大きな構えから、ボールを呼び込んで後ろ足を軸にスパッと回転してボールを飛ばす。そんな以前のイメージとは違い、変化球を打ちに行っては前に出され、真っ直ぐには詰まる。こんなに打席で動かされる筒香を見たのは初めてだと感じていた。

「日本の投手の間合いですね。日本の投手は間合いが長いんで。どうしても足を上げる時間が長くなる。そこにどう慣れていくのか……」

 筒香本人も4月30日のオイシックス戦後にこう調整の難しさを語っていた。対戦相手のオイシックス・橋上秀樹監督も「まだもう少し調整が必要で(復帰は)交流戦前後になるんじゃないですか」と、このとき語っていた。4月20日から6試合出場した二軍戦の成績は17打数3安打の打率は1割7分6厘。数字的にも結果は出ていなかったのだ。

 ところが5月5日に突然、翌6日の一軍昇格が発表された。5日の昼間には三浦大輔監督が「対応はまだ決まっていない」と語っていたのに、その直後に昇格決定が流れたことにもバタバタぶりが表れていた。

 そんな経緯だけに、今回の昇格には「連休中の本拠地での復帰という営業面からの判断ではないか」という懐疑的な声も流れ、時期尚早論が渦巻いたのは仕方のないところだったのかもしれない。

「自分の中ではもう大丈夫」

 だがこの昇格、実は筒香本人の決断であり、その決断をした瞬間が5月4日のヤクルトとの二軍戦の打席だったという。

「その瞬間にパチっと嵌って、自分の中ではもう大丈夫だと思ったんです」

 この試合に「4番・左翼」で先発した筒香は第1打席は二ゴロに倒れ、迎えた3回の第2打席のことだった。ヤクルト先発・原樹理投手の2球目、インコースのストレートを高々と打ち上げた。

 結果は平凡な中飛だった。

「実はアメリカで向こうのコーチから、ずっとテークバックしたときに、左足の膝を投手寄りに寄せたままにして、足の甲の上に膝を寄せるなと教えられて、やってきたんです」

 投球動作が早く、あまり間のないメジャーの投手に対応するための指導だった。日本のように1回、くるぶしから膝、腰と左足を1本にして全体に体重を乗せ、そこから回転しながら左足を蹴っていたら、テンポの速いメジャーの投手には立ち遅れる。そのため左足にじっくり乗るという動作を省き、投手寄りに左膝を寄せてキープしたまま左サイドで重心を受け止めて始動する。そういう下半身の使い方をずっと指導されてきたという。

 ところがこの形だと、間合いの長い日本の投手だと、どうしても待っていられず身体が前に出てしまっていた。

「日本の投手の投球の間合いを計りたい」と帰国後の練習、試合で語っていたのは、このことだったのだ。

 試行錯誤を繰り返しながら実戦打席で自分の間を作ってきた。そして「この感覚だ」と嵌ったのが、原から中飛を打った瞬間だったのだという。

 5回の第3打席。再び原と対戦すると、初球の内角ストレートを打って今度は二塁へのフライに打ちとられた。

一軍復帰で「打つべくして打った」本塁打

 スタンドから漏れたため息。しかし第2打席の中飛と同じ感覚でスイングをできた筒香の中では、この瞬間に「これで大丈夫。調整は終わった」という確信があった。

「だから翌日は試合には出ないで、その感覚を固めるためにDOCKで打ち込みをしたんです」

 4日の試合後には二軍首脳陣に昇格への準備が整ったことを告げ、最終確認を終えて自ら昇格へのGOサインを出したのが5日だった。

「まだまだたくさんの投手と対戦しないと、という部分がいっぱいあると思いますので、今日は今日で、また明後日に向けて準備したいと思います」

 試合後には本人はすぐさま次戦の8日のヤクルト戦に気持ちをこう切り替えた。それでも時期尚早と言われた一軍復帰戦での劇的逆転弾は、筒香にとってみればまさに必然、打つべくして打った本塁打だったのである。

 この日のファーストプレーとなった1回1死から丸山和郁外野手のフライの捕球。左翼に飛球が上がった瞬間に、試合前から吹き荒れていた強風もありファンに一瞬どよめきが起こった。直後に筒香が難なくボールをキャッチすると、拍手と大歓声が湧き上がる。そんなファンの反応に思わず笑顔を見せた。

 そしてその後も試合中、フッとした瞬間に笑顔が溢れる筒香が印象的だった。

「ファンの皆様の前で、このベイスターズのユニフォームを着てプレーできて、感謝の気持ちでいっぱいです」

 暖かいチームメイトに迎え入れられ、優しいファンの大声援を浴びて、そしてこの地でプレーをする喜びを全身で味わった。

 筒香の野球の本籍地は、やはりこの横浜スタジアムなのである。

文=鷲田康

photograph by JIJI PRESS