のちの世界王者との手に汗握る日本人対決か。「ノックアウト・オブ・ザ・イヤー」に輝いた秒殺KOか。フィリピンの閃光と作り上げた至高のドラマか。はたまた、悪童を粉砕した東京ドームの衝撃か。

 27戦27勝(24KO)。ボクシング界の“モンスター”井上尚弥の輝かしい戦歴のなかで、もっとも多くの支持を集めた“最高傑作”は、いったいどの試合なのでしょうか。

 Number Webでは「あなたが選ぶ『井上尚弥のベストバウト』はどの試合ですか?」というテーマでアンケートを実施。5月7日から12日にかけて、計744票が集まりました。後編ではいよいよ、ランキングのベスト5を発表します。<前編では6〜10位の結果を公開中です>

5位 オマール・ナルバエス戦 110票

 5位に選ばれたのは、井上が“飛び級”で2階級制覇を達成したプロ8戦目のオマール・ナルバエス戦です。フライ級で16度、スーパーフライ級で11度の世界王座防衛に成功し、長いプロキャリアを通じて一度もダウンしたことがないアルゼンチンのレジェンド。そんな“格上”の王者ナルバエスとのタイトルマッチで、当時21歳の井上は底知れないポテンシャルを見せつけます。

 ライトフライ級から2階級アップしたスーパーフライ級転向初戦。減量苦から解放された井上のパンチの破壊力は、ファンの想像をはるかに上回るものでした。初回に2度ダウンを奪うと、2ラウンドも名王者を圧倒。強烈な左ボディで4度目のダウンを喫したナルバエスはヒザをついたまま苦悶の表情を浮かべ、立ち上がることができず。井上の強さばかりが際立つ衝撃のKO決着となりました。

 試合直後には、ナルバエスのセコンド陣がグローブとバンデージのチェックを要求したという逸話も。もちろん細工は何ひとつなく、ナルバエス陣営も新王者を「グレート」と称えるほかありませんでした。思わず不正を疑ってしまうほどの、信じがたいパンチ力。この試合を境に、“モンスター”は世界的な知名度を獲得していくことになります。

「ダウン経験がないスーパー王者を圧倒した試合は衝撃だった。減量苦から解放された一撃はまさにモンスター。試合後のグローブチェックまで含め、この試合は外せない」(27歳・男性)

「キャリアでダウン経験のない超難敵から2回までに4度のダウンを奪って完勝したのは、あまりにも衝撃的でした。最後のボディブローはボクシング史に残る一撃だと思います」(38歳・男性)

「試合前は無謀や不利という声もあった中、当時一度もダウン経験のないナルバエスを4度も倒し、圧倒的な強さを世界に知らしめたあの試合はまさにモンスター伝説の始まり。特に3度目のダウンを奪った左フックカウンターは何が起こったのかわからない速さだった」(20歳・男性)

「個人的には佐野友樹戦も印象的で……。いやすべての試合が強く記憶に残っており……。しかし、ひとつだけ選ぶならば衝撃度はナルバエス戦です。Jr.との対戦までの期待を込めて一票」(51歳・女性)

「強い選手だとは思っていたものの、その想像をはるかに超えた信じられないパフォーマンス」(43歳・男性)

「いきなり2階級上げてナルバエスはいくらなんでも、と思ったがあの内容で度肝を抜かれました。ホントにモンスターだと思った試合でした」(65歳・男性)

4位 ノニト・ドネア戦(2戦目) 112票

 長きにわたって軽量級に君臨した“フィリピーノ・フラッシュ”ことノニト・ドネア。そんなドネアと井上の2度目の対決となったWBA・IBF・WBC世界バンタム級王座統一戦が、4位にランクインしました。

 約2年7カ月前の1度目の対戦(WBSSバンタム級決勝)ではドネアのパンチで右目上をカットし、眼窩底を骨折するという大ピンチに陥りながらも、判定で勝利した井上。“ドラマ・イン・サイタマ”と謳われた激闘の続編は、「今回はドラマにしない」というモンスターの宣言通り、両者の実力差がはっきりと表れる試合となります。

 1ラウンド終了間際、先の12ラウンドを通じてドネアの動きをインプットしていた井上の右が正確にテンプルを打ち抜き、最初のダウンを奪います。2ラウンドもダメージの色濃いドネアを井上が怒濤のラッシュで攻め立て、わずか264秒でTKO。「あのドネアがここまで圧倒されるとは思わなかった。正直、井上に恐怖すら覚えた」(44歳・男性)というコメントにもあるように、見るものを戦慄させたリマッチでした。

「初めて観た井上尚弥の試合であり、ボクシングにハマるきっかけとなった一戦。あまりに圧倒的で、一挙一動に華があり、有無を言わせずファンにさせられました」(37歳・男性)

「井上選手の入場時に殺気の様なものを感じました。ご本人も『ドラマにはしない』と仰ってましたが、その通りとなりました。ドネア選手がこんなにも、呆気なく倒されるなんて想像もしていませんでした。今でも強烈に印象に残っている一戦です」(41歳・女性)

「ウバーリ、ガバリョを倒して再び王者になったドネア。井上選手が負けるならこの試合だと本気で思っていました。まさかあそこまで圧倒してしまうとは……」(20歳・男性)

「初戦でビッグパンチをヒットされ、2戦目は『井上尚弥がもしかしたら……』と思わせておいて1ラウンドからダウンを取り2ラウンドKOの衝撃は今でも忘れられません。ドネア選手の前回もらったカウンターを予想した右ストレート、相手を追い詰めるステップワーク、どれをとっても完璧でした」(17歳・男性)

3位 ノニト・ドネア戦(1戦目) 120票

 時系列が前後しましたが、112票を集めた2戦目をわずかに上回り、120票を獲得したドネアとの1戦目が3位に食い込みました。

 2ラウンド、ドネアの左フックで右目上をカットし、右目眼窩底骨折というダメージを負った井上。「ドネアが2人に見える」という危険な状況に陥りながらも、咄嗟の判断で右目の視界をグローブで遮りながら戦い、徐々に試合の主導権を握ります。

 ドネアも持ち前の強打で応戦し、9ラウンドには井上に強烈な右をクリーンヒットさせる場面も。眼窩底だけでなく鼻骨も骨折していた井上ですが、11ラウンド、ついに左ボディでダウンを奪い、12ラウンドを戦い抜いて3-0の判定勝ちを収めました。

 ボクシングの激しさと美しさが凝縮されたWBSSバンタム級決勝は“ドラマ・イン・サイタマ”と称賛され、『リングマガジン』の「ファイト・オブ・ザ・イヤー」を受賞。ファンからも「何度見返しても本当に痺れます。2ラウンド、そして大ピンチとなった9ラウンド、それまでの珠玉の攻防。最高でした」(62歳・男性)、「本当は2つ選びたかったくらい、ドネア戦は最高。お互いがリスペクトしているのも本当にいい」(26歳・女性)といった熱いコメントが寄せられました。

「ベストパフォーマンスやベストKOを聞かれた場合は別の答えになりますが、ベストバウトを聞かれたら自分の中では間違いなくこの試合です。KOだけじゃない、ボクシングの面白さや駆け引きが詰まった試合だと思います」(20歳・男性)

「この試合以外も素晴らしいが、この試合以外を選べない。ボクシングの美しさがぎっしり詰まっていて、そしてドネアにより2Rで眼窩底を骨折させられてもなお、井上尚弥の底が見えなかった試合」(34歳・男性)

「互いの持てる技を全て駆使して繰り出し合う、痺れるような駆け引きの連続。まさに死闘と言える、両者素晴らしいとしか表現出来ない試合でした」(49歳・男性)

2位 ルイス・ネリ戦 134票

 2位に選ばれたのは、まだ記憶に新しい東京ドームでのルイス・ネリ戦です。

 “神の左”山中慎介との対戦でドーピング違反と体重超過という2度の失態を犯し、日本中のボクシングファンに蛇蝎のごとく嫌われた“悪童”ネリ。ボクシングでは34年ぶりとなる東京ドーム興行は、スーパーバンタム級4団体統一王者となった井上がそんなネリを挑戦者に迎えて行われました。

 かつてマイク・タイソンがジェームス・ダグラスに“世紀の番狂わせ”で敗れた舞台の魔力か、初回にキャリア初のダウンを奪われた井上。しかし完璧なリカバリーでダメージを回復すると、2ラウンドにショートの左フックでダウンを奪い返します。

 本調子を取り戻し、次第にネリを圧倒しはじめる井上。5ラウンドに2度目のダウンを奪い、6ラウンドの右のダブルでネリがロープに崩れ落ちると、東京ドームは4万人を超える観衆の大歓声に包まれました。

「ドネア1とドネア2を足したような満足が1試合で得られる贅沢感。井上尚弥を知らない人にもまず、ルイス・ネリ戦をこそ薦めたい」(41歳・女性)

「あの井上尚弥がダウンしたという初回の衝撃。それからの何倍返しとも言える逆転劇は実に痛快で、最高のエンターテイメントでした」(44歳・男性)

「キャリア初のダウンにもかかわらず、8カウントまで待つ冷静さ、完全に回復していないはずの1ラウンドでロープ際の素晴らしいボディワーク・ディフェンスを見せたところが素晴らしかった」(19歳・男性)

「ちゃんと格闘技を観るのはこれが初めてだったが、鳥肌が立った」(36歳・女性)

「初回ダウンからの回復力、ネリのパンチを見切って当てさせない防御力、ダウンを3度奪いネリを粉砕する攻撃力、試合を支配するリングIQ。ネリのフルスイングのパンチもスリリングで楽しめました」(53歳・男性)

 井上への称賛はもちろんのこと、投票者からのコメントでは挑戦者ネリの奮闘を称える声も目立ちました。過去の因縁こそあれ、“悪童”と呼ばれたメキシカンが完全アウェイの地で見せた覚悟は、紛れもなく本物でした。

「ネリの攻めの姿勢、試合への本気度が伝わってきて過去の因縁を忘れてしまうくらいアツい試合でした」(26歳・男性)

「悪童と名高いネリの、その名に恥じぬヒールっぷりを演じた大立ち回りと、それを捻じ伏せる圧倒的な井上の実力が素晴らしい一戦」(33歳・男性)

「悪童と言われたネリが大人になり紳士的になっていた点も印象的だった」(63歳・男性)

1位 スティーブン・フルトン戦 143票

 1位に輝いたのは、143票を獲得したスティーブン・フルトン戦でした。

 井上にとってスーパーバンタム級での初陣、しかも相手は“階級最強”とされる21戦21勝(8KO)のWBC・WBO統一王者。いかにモンスターといえど楽観視できる相手ではなく、リーチがあり、テクニックに優れたフルトンに手を焼く可能性もあるのでは――そんな懸念を、井上は圧巻のボクシングで吹き飛ばします。

 立ち上がりからジャブの差し合いで優位に立つと、L字ガードを駆使しながらポイントでも明確にフルトンを圧倒。そして8ラウンド、繰り返し意識させていたボディから間髪を容れず右ストレートを叩き込み、よろめく相手に“スーパーマンパンチ”のような追撃の左でダウンを奪います。かろうじて立ち上がったフルトンをコーナーに追い込むと、暴風雨のような連打でフィニッシュ。まさにパーフェクトな試合運びで、世界中のボクシングファンを感嘆させました。

「序盤からKOに繋がる右ストレートを当てる為の餌を撒くインテリジェンス、追撃のジャンピング左フックを叩き込む野性、フィニッシュに至るラッシュの的確性……すべてが極上。試合前は徹底的に距離を取られる塩試合も想像していただけに、改めて総合力の異様な高さに感服した試合でした」(54歳・男性)

「選ぶのはかなり難しいが、井上尚弥のボクシング技術の高さを堪能できた試合だった。ドネア1、ドネア2、ネリ戦も興奮した試合だった。まだまだ進化を感じられるのには驚かされる」(58歳・女性)

「よりエキサイティングであったり、ドラマティックな試合はあるのかもしれないが、最も優れたボクシングを見せてくれたのはフルトン戦だと思う」(33歳・男性)

 特筆すべきは、試合前に囁かれていた“階級の壁”を軽々と粉砕してみせたことでしょう。フィジカル、技術、メンタル、戦略……。すべてを兼ね備えたモンスターの限界はどこにあるのか。誰もがそんな感慨を抱かずにはいられない一戦でした。

「階級転向初戦で階級トップのフルトンを圧倒。体格差やアウトボクシング対策などが懸念されていたが、それらを見事ひっくり返す充実の内容。序盤の試合運びからKOまですべてが見事」(20歳・男性)

「階級アップ初戦で体格で上回るアウトボクサーに対してアウトボックスで圧倒して最後は倒しきった完璧な試合」(46歳・男性)

 5位までが100票を超える大接戦となった今回のアンケート。「いい試合が多すぎて選べない!」といった反応も数多く寄せられました。圧勝にせよ、激闘にせよ、井上尚弥のボクシングはとてつもなく面白い――そんなファンの思いを、ダイレクトに反映した結果だったと言えるのではないでしょうか。

<あなたが選ぶ「井上尚弥のベストバウト」6〜10位結果発表から続く>

文=NumberWeb編集部

photograph by Hiroaki Yamaguchi