試合終了のホイッスルが鳴ると、アーセナルの選手たちは一斉にうなだれた。

 5月19日に行われたプレミアリーグ最終節のアーセナル対エバートン戦。首位マンチェスター・シティを追いかける2位のアーセナルは、逆転優勝を期して最終戦に臨んだ。

 アーセナルが栄冠を掴むには、「自軍の勝利」+「マンチェスター・Cの引き分け以下の結果」が必要だった。アーセナルはエバートンを逆転の末に2−1で下したが、マンチェスター・Cがウェストハムを3−1で退け、勝ち点2差のままプレミアリーグの頂点に立った。アーセナルは追いつけず、2季連続の2位でシーズンを終えることになった。

 試合直後、ピッチ上の選手たちはシティのスコアをベンチから伝えられていたのか、あるいは「マンCリード」をスマートフォンで逐一確認していたサポーターの雰囲気から察知していたのか、試合終了と同時にそろって下を向いた。ピッチに座り込んでしまうマルティン・ウーデゴールとガブリエウ・マルティネッリ。冨安も天を仰いでいた。あともう少しでトロフィーに手が届くところまで行ったが、20年ぶりのリーグ優勝はまたしても叶わなかった。

冨安の今季2ゴール目はこうして生まれた

 運命の最終節で、冨安健洋はリーグ戦5試合連続の先発出場を果たした。ポジションは4−3−3の左サイドバック。チームを上昇気流に乗せる活躍を見せていた日本代表DFは、この日も攻守両面で躍動した。

 特に輝いていたのが、チームのボール保持時の動きだ。アーセナルがボールを持つと、冨安は持ち場の左サイドから中盤中央に立ち位置を移す「偽SB」の役割をこなした。対戦相手のエバートンが自軍に引いて守備を固めてきたこともあり、この日の冨安は中央の位置でのプレーが目立った。

 ある時は中盤から左足で素早くパスを供給したり、またある時はペナルティエリアまで侵入してシュートを打ったりと、攻撃面で存在感を示し続けた。前半6分にはファーサイドに飛び込み、デクラン・ライスのクロスボールからヘディングシュートを放った。シュートは枠を外れたが、その後もペナルティエリアに自ら飛び込むなど、攻撃姿勢を強めて相手ゴールを脅かした。

 前半43分に生まれた冨安のゴールは、そんな積極的な姿勢の延長線上にあった。チャンスと見るとペナルティエリアにフリーで入り、司令塔マルティン・ウーデゴールのクロスに右足を合わせた。冨安の得点で、アーセナルは1−1の同点に。チームに勝利が必要なことから、冨安は派手なゴールセレブレーションを控えて素早く自陣に戻った。

「いや…」冨安が軽く否定したこと

 今季2点目のゴールについて、25歳DFは次のように振り返った。

「普通に、その前にチャンスが1個あって、それを決めていれば、より簡単な試合にできたと思う。でもセカンドチャンスが来て、それをしっかり決めることができてよかったなと思います」

 実はシーズン終盤戦に突入した頃、冨安は「得点なりアシストなり数字を残さないといけない」と話していた。得点に直結するプレーで、チームの勝利に貢献したい――。優勝を目指すチームを、目に見える形で助けたいと語っていたのだ。しかもエバートン戦の序盤に、日本代表DFはビッグチャンスを逃していた。「冨安選手のゴールは、こうした気持ちの表れだったのでは?」と聞いてみると、サムライ戦士は「いや」と軽く否定し、次のように説明した。

「というより、チームが押し込んでいる状況で、僕のマークについていた選手がボックス内まで下がっていた。どちらかと言うと、そっちの方が大きいかなと思っています。

 あとは、 スペースが空く場所というか……。マルティン(ウーデゴール)のサッカーセンスというか、彼は空いてるスペースが常に分かっているので。自分がそこにしっかりと入っていけたのは良かったなと思います」

なぜ今季アーセナルは強かった?

 冨安の説明には補足が必要だろう。

 まず先制点を奪ったエバートンは、自軍で守備を固めてきた。冨安のマークについていた相手SBやMFも、ゴール前まで下がって守備の壁を築いた。そのため、彼らの守備ブロックの前には、スペースができていた。

 そこで冨安は、DFの自分がペナルティエリアまで入っていけば、自ずとフリーになると予測した。そしてアルテタ監督が「ピッチ上の指揮官」と称賛する、ウーデゴールのサッカーセンス。

 ノルウェー代表は、走り込んだ冨安の足元にピタリと合わせた。

 ゴールの形を事前に思い描いた冨安とウーデゴールの「サッカーIQの高さ」は言うまでもないが、冨安のゴールには、アルテタ監督がこれまで落とし込んできた「質の高いチーム戦術」も凝縮していたように思う。

 アーセナルの選手たちは、「相手の陣形」と「自分たちのボール位置」に応じて、各々が立ち位置を変える。いわゆる「ポジショナルプレー」に従ってプレーしている。11人がまるで精密機械のように、立ち位置を変えながら連携しているのだ。各選手がイメージを共有しながらプレーを続ける結果、流れるようなパスワークが生まれ、チャンスの山を築いている。

 冨安の得点シーンも、質の高い連携が生んだゴールだった。事前に「チャンス」と感じてペナルティエリア内まで走り込んだ冨安と、ほぼノールックでラストパスを入れたウーデゴール。日本代表DFの得点は、アルテタ監督率いるアーセナルの強さを端的に示していた。

冨安が記者に「逆質問」した日

 シーズン終盤、記者との質疑応答で興味深いやり取りがあった。

 冨安が左SBとしてフル出場したボーンマス戦(5月4日)。3−0で快勝したこの試合も、冨安の積極的な攻撃参加が目立った。そこで別の記者が質問した。「以前よりもゴールに近い位置でプレーしている印象だが、意識の変化はあるのか」。冨安は次のように答えた。

「いや、特に意識はしてないですけど。得点・アシストのところは意識はしていますが、このチームでやっていたら、自然とそういうチャンスは来るので。そこで、いかに数字を残せるかっていうところだと思います」

(記者:例えば、以前に比べて、アルテタ監督から「攻撃的にプレーしてほしい」という指示は出ているのか)

「攻撃的に振る舞っているように見えてるんですかね? 僕の中ではそんなに変わっていないというか。個人的に指示を受けているというよりは、11人のピースの中で、そのポジションごとの役割が普通にあるんで。それをできる限りピッチで表現しているだけという感じですかね」

 ボーンマス戦でも、アーセナルの選手たちはイメージを共有しながらプレーしていた。例えば、左サイドバックの冨安が攻撃に参加した前半17分の場面。インサイドMFのデクラン・ライスが左サイドに開くと、冨安は本来ライスがいるべき場所、つまり中盤の高い場所まで位置取りを一気に押し上げた。

 ウインガーのレアンドロ・トロサールがその冨安にスルーパスを出し、あっという間にチャンスとなった。

 ペナルティエリア手前の位置までポジションを上げた冨安のクロスはカットされて得点にならなかったが、冨安、ライス、トロサールが共通のイメージを持ってパス交換しているのは明らかだった。こうした連続したプレーがアーセナルの強さの秘密であり、アルテタ監督が目指すサッカーの真髄なのだろう。

2時間後の告白「残念っすよ、やっぱり」

 それでも、アーセナルは戴冠に手が届かなかった。マンチェスター・Cとの勝ち点差は「2」。アーセナルが首位を走る期間もあったが、シティは「シーズン終盤が勝負所」と言わんばかりに破竹の9連勝で勝ち点を積み重ね、アーセナルを追い抜いた。

 では2位の結果に終わったことに、冨安は何を思ったのか。冨安は落胆した様子で話した。

「間違いなく残念です。プレミアリーグ優勝するのが僕らの目標だったんで。そういう意味では、それを達成できず本当に残念です」

 冨安が取材エリアに姿を現したのは、試合終了から約2時間経ってからだった。

 試合終了から時間が経過していたので、違う角度から質問してみた。「世界最高峰のプレミアリーグで2シーズン連続の2位です。残念な結果に終わったのは間違いないですが、冨安選手としては自信につながるとの見方もできるのでは」と。冨安は少し間をあけてから、次のように答えた。

「……残念っすよ、やっぱり(笑み)。プレミアリーグで優勝することは簡単じゃないですし、そのチャンスが最後の試合まであったので、本当に、より残念です。

 シーズンの最初の頃と比べても、アーセナルのサッカーは間違いなく進化してここまで来ています。来シーズンも進化して、さらに進化し続けると思う。その中で優勝できなかったっていうのは、やっぱりシティがどれだけ一貫性持ってやっているかというところと、彼らがタイトルレースにどれだけ慣れてるのかというところがあるので。僕らも昨シーズンの経験を生かして今年は最後まで戦って、去年のように失速することなく最後までやりきりましたけど、それでも彼らには届かなかった。プレミアでタイトルを取ることの難しさを本当に痛感してます」

 プレミアリーグの頂(いただき)がすぐそこにまで見えた分、やはり悔しさは相当なものだったようだ。そして、自身の今シーズンについてこう振り返った。

「途中で怪我もあって、また1シーズン完全に戦えなかったので、そこは残念ではあります。だけど、 ラスト10試合のところで、厳しい戦いというか、優勝争いのプレッシャーもかかる中でプレーできたところはポジティブに捉えたいです。逆に言うと、ケガの期間があっても、最後の10試合でしっかりパフォーマンスを出せば、そちらの方が人々はやっぱり覚えていますし。 その中で優勝できればなお良かったですけど、しっかりとシーズンを終えることができたのはよかったかなと思います。

 細かいところも含めて、まだまだやれるところはありますし。なので、物足りないところっていうのはしっかりと自分の中で反省したい。また来シーズンに向けてアップデートした状態で、頭をスッキリさせた状態で準備できればいいなと思ってます。まずはちょっと休んで、という感じですね」

課題は“ケガ”

 振り返ると、シーズンを通して冨安の成長、成熟を感じさせる1年であった。基本ポジションは左右のサイドバック。だが、フィールドプレーヤーがあらゆるところに顔を出すアルテタ監督のサッカーで、日本代表はさまざまなタスクをこなした。

 サイドバックの位置では相手ウインガーを封じた。ボランチの場所に入ればパスの受け手・出し手として機能。ゴール前に侵入するとアタッカーのようにゴールを狙った。ワイドエリアの高い位置まで進めば、ウインガーのようにプレーした。

 こうしたプレーを支えていたのは、冨安のテクニックとフィジカル、さらに複数のポジションをこなす万能性である。そして、アルテタ監督の元でいっそう磨かれた、高度なサッカーIQも忘れてはならない。

 アルテタ監督の志向するサッカーは、戦術面から見て最先端のプレースタイルである。その中で冨安は、世界最高峰プレミアリーグの最終節まで優勝を懸けて戦った。

 もちろん今シーズンも繰り返したケガの問題は、来季への継続課題である。いかにコンディションを維持するか。ここは冨安に課せられたテーマである。

 だが、これまでの日本代表戦士の欧州挑戦を顧みても、冨安は未知の領域を歩み続けていると、そう言っていいだろう。

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「トミのシャツを選んだ」19歳の現地ファン

 試合前、こんな一コマがあった。

 アーセナルの最終節を取材するためエミレーツ・スタジアムに到着すると、「Tomiyasu18」のユニホームを着たサポーターを見かけた。ピンクのユニホームは、昨シーズンのアウェイシャツ。「なぜトミヤスのシャツを選んだのですか」と声をかけてみると、19歳のスタンリー・フェルストさん(写真左)はこう話した。

「トミは、私のお気に入りの選手です。とにかく、頑張る姿が素晴らしい。攻撃も仕掛けるし、守備も堅実。だからトミのシャツを選びました」

 試合前「今日はアーセナルに奇跡が起きてほしい」と訴えていたスタンリーさんの願いは、全てのサポーターの思いを代弁していた。実際、キックオフ前のエミレーツ・スタジアム界隈は、試合を待ち切れないサポーターの熱気が凄まじかったが、残念ながら彼らの思いは叶わなかった。アーセナルが最後にリーグ優勝したのは20年前の2003−04シーズン。19歳のスタンリーさんは、この目でアーセナルのプレミア制覇をまだ見たことがないという。

 冨安は言う。「アーセナルのサッカーは間違いなく進化している」、そして「来シーズンも進化し続けると思う」。昨シーズンの優勝争いで、シティとの勝ち点差は5ポイント。今シーズンは2ポイントと、その差は縮まった。

 果たして、来シーズンはどんなストーリーが待っているのだろうか。アーセナルの意識はもう来シーズンに向かっている。

文=田嶋コウスケ

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