常勝のメガクラブというわけではないレバークーゼンが、なぜ「51戦連続無敗」という偉業を成し遂げたのか。42歳の青年指揮官シャビ・アロンソの“戦術や交代策だけではない”手腕に注目してみよう。(全3回/第1回から)
創設120年目にして、念願のブンデスリーガ初優勝を飾ったレバークーゼン。有名なクラブであるにもかかわらず、過去のシーズンで獲得したタイトルはドイツ杯とUEFAカップをそれぞれ1回ずつ。2001-02シーズンにはブンデスリーガ、ポカール、CLの全てで準優勝に終わったこともあり、国内外で「Neverクーゼン」と揶揄されていた。「永遠に(Never)リーグタイトルを取れない」という皮肉だ。
ちなみにイギリスのブックメイカーのBettingOdds社は、今シーズンのレバークーゼンが参加する3つの大会の優勝倍率を以下のように設定していた。
EL:20倍
ドイツ杯:16倍
ブンデスリーガ:50倍
クラブ史を踏まえても、リーグタイトル獲得がもっとも困難だろうと予想されていたわけだ。
シャビ・アロンソが新時代の名将たる5つの要素
しかし、目利きの予想は完璧に覆してみせた。バイエルンも成し遂げていない無敗優勝を飾ったことで『スポーツビルト』誌などは、「現在のレバークーゼンは歴代最強」だと書いている。
レバークーゼンに念願のリーグタイトルをもたらしたシャビ・アロンソ監督。現役時代も数々の栄光を手にしてきた彼は、言葉よりも、背中で語ろうとする指導者だ。今回は、アロンソの強みとなるパーソナリティを示す5つのキーを紹介しよう。
《その1:成長のために自ら手本を示す》
「チームや選手の成長を助けたいんだ」
常々そう語っているアロンソにとっては、自らが見本を見せるのは当然のことなのかもしれない。
レバークーゼンの選手たちは今シーズン開幕時と比べて、移籍サイト『Transfermarkt』の市場価値を約292億円(所属1選手あたり10.8億円)も高めた。キッカー誌が選定する全選手の採点ランキングでも、1位ビルツから8位フリンポンまでレバークーゼンの選手たちが独占。前代未聞の事態となった。
アロンソは僕ら全員に自信を与えてくれる
チームのエースであるビルツは、ドイツ人選手最高額タイとなる181億円(1億1000万ユーロ)の市場価値となったが――彼もまた嬉しそうに語っている。
「監督がボールを持つと、グラウンドは最初、沈黙に包まれるんだ。だって、監督は僕たちの誰よりも上手くボールを蹴るから」
アロンソの下でもっとも成長をとげたのが、今シーズンから加わった左ウイングバックのグリマルドだろう。昨年11月、28歳にして念願のスペイン代表デビューを飾った。愛弟子の筆頭である彼は、こう話している。
「僕はアロンソ監督が必要としてくれたから、レバークーゼンへの移籍を決めたんだ。彼のような監督のもとで指導をうけるのは特別なことだからね。アロンソは、戦術をどのように説明すればよいのか、選手をどうやって扱えばいいのか、選手たちが何を望んでいるのかをわかっているのさ。そして、彼は僕ら全員に自信を与えてくれる」
なお、今シーズンのレバークーゼンからは6人もの選手が代表デビューを飾っている。これはアロンソの特長だろう。
さらに指導者になってから体型が変わり、“ふっくら”を飛び越して“ポッチャリ”してしまった者も少なくないが、彼は現役時代と変わらぬスタイルをキープしている。それは、選手たちにお手本を見せるのだという意志によるものだ。
アジア杯やアフリカネーションズで選手がいなくても…
《その2:言い訳はしない》
ヨーロッパでは、監督が記者会見で発する嘆き節や言い訳がしばしばニュースになる。だが、アロンソはそんなものとは無縁だ。
それがよく表れていたのは、今年1〜2月に開催されたアフリカネーションズカップとアジアカップの時期だった。ブンデスリーガで最も多くの選手を派遣することになったのはレバークーゼンだった。
だが、アロンソは悲観しない。むしろ状況に応じた采配を見せて周囲を驚かせた。もっとも興味深かったのは、ミッドウィークで開催された昨年12月のボーフム戦だ。前半戦最後の一戦で、彼はあえてアフリカネーションズカップに“参加しない”選手たちを抜擢したのだ。
アフリカネーションズカップに出場が見込まれていたボニフェイス(ナイジェリア代表)、コスヌ(コートジボワール代表)、タプソバ(ブルキナファソ代表)という当時の不動のメンバー3人、さらにアドリ(モロッコ代表)まで思い切ってベンチに置き、翌月もチームに残る選手たちを優先的に起用した。
選手に言い訳を許さず、自身にも許さない
果たして、結果は4−0の快勝。この方針に控え選手たちのスイッチが入った。あの試合で活躍できなければ、クラブは補強をするかもしれない。逆に、あそこで活躍できれば、後半戦で一気にレギュラーをつかめるチャンスがあった。彼らのアピールは十分すぎるもので、実際にアフリカ勢が抜けた1月から2月にかけても、彼らが気を吐き、無敗を継続できた。
多くのチームの監督がアジアやアフリカの選手を起用できる年内は、あえて酷使しがちだ。
しかし、アロンソは違う。
選手に言い訳を許さないアロンソは、自身も言い訳はしない。アフリカネーションズカップに選手を送り出さないといけないという苦境を嘆くのではなく、それを逆手にとる采配を見せて、チームを活性化してみせた。
ケガした選手が診断を受けた時のエピソード
《その3:選手に寄り添う》
アロンソは人としての温かさを感じさせるエピソードにも事欠かない。レバークーゼンのエースストライカーがその証言者だ。
今年1月、ボニフェイスはドバイで行われていたナイジェリア代表の合宿中に鼠径部(そけいぶ)を負傷してしまった。その後のやりとりを彼はこんな風に明かしている。
「ドイツに戻ってきて、僕がドクターの診断を受けているとき、監督は僕の横にいてくれたんだ」
そして、ボニフェイスはドクターから「手術を受ける必要がある」と宣告された直後に、監督はこんな言葉をかけてくれたという。
「とてもハードな日々になるけど、前を向く必要がある。ただ、焦る必要はないさ。オマエはとても強い人間なのだから、きっと前のように戻ってこられる。そして、チームみんながそのために全力を尽くすから!」
クラブの戦略にも深くかかわるアロンソらしい振る舞いであると同時に、彼の人間性を感じさせる。選手との距離感の近さは彼を語る上で欠かせない資質だ。
優勝をほぼ確定させたバイエルン戦後のエピソード
《その4:自分だけの手柄にしない》
カリスマ監督がチームを追われる王道のパターンがある。それは選手がこう感じるときだ。
「『チームが良い時は監督のおかげ。悪い時は選手たちのせいになる』。そんなのやってられるかよ!」
カリスマ監督と評価されるがゆえの難しさはある。実際、レバークーゼンにおけるアロンソの存在感はあまりに大きく、レバークーゼンの強さが話題に上がるとき、その中心の多くはアロンソだった。
ただ、彼は従来のタイプと一線を画している。
2月11日、バイエルンとのホームでの直接対決では3−0の大勝を飾り、念願の初優勝を大きく手繰り寄せた。サポーターは歓喜して、ブンデスリーガ恒例のセレブレーションが始まった。ゴール裏スタンドの前に選手たちが集まり、ともに万歳三唱をしてから踊り出す流れだ。
ただ、サポーターたちは、それだけでは満足しなかった。
彼らは、アロンソ監督の名を叫び、選手たちに並んでゴール裏スタンドの前に来るようにうながしたのだ。
そこでアロンソがとった行動が、彼らしさを象徴していた。
アシスタントコーチから分析官、ドクターまで計9人のスタッフを呼んで、一緒にゴール裏へと向かったのだ。
偉大なるチームは自分だけではなく、みんなで作り上げた。
監督のそんなメッセージがあの行動には込められていた。
札束攻勢があっても「アロンソは残留してくれるはず」
《5:クラブへの献身》
彼がロルフェスGMと二人三脚でクラブの方針を立て、実行に移したのは第1回で紹介した通り。実は、クラブへの献身という意味でも象徴的なエピソードがある。
2024年に入ってから、アロンソの去就は注目の的となっていた。古巣のリバプールが第一候補とされていたが、同じく古巣のバイエルンも熱心に声をかけており、さらには札束攻勢も辞さない姿勢でパリSGも水面下で動いていたという。
ロルフェスGMはアロンソを失う不安がなかったわけではない。その一方で、こうも考えていたという。
「アロンソは残留してくれるはずだ」
その根拠はクラブの未来やフィロソフィーについて、アロンソが積極的に考え、行動していたからだった。
例えば2月末のこと。トップチームのコーチングスタッフを筆頭に、育成組織や女子チーム、そしてスカウト部隊までが一堂に会してのワークショップが行なわれていた。テーマは、どのようにクラブを発展させ、チームを強化していくのかについて。その席では、熱弁を振るうアロンソ監督の姿があった。
「私の仕事はまだ終わっていない」
果たして、3月29日。アロンソは来シーズンも引き続きレバークーゼンを戦いの場にすると記者会見で発表した。彼は選手たちにクラブへの献身を説いたが、アロンソ自身も全力でクラブの改革にコミットし、ロルフェスGMとともにクラブの方針を作った。それほど多くの人たちの未来にかかわるということは、責任も存在する。それを誰よりもわかっていたのは他ならぬアロンソ自身だろう。
彼は、この席で断言した。
「私の仕事はまだ終わっていない」
ここまで挙げた5つのエピソードは、彼の人間性を象徴するものだ。最近はハーランドやベリンガムのように、大成するためにはフィジカル能力だけではなく、人間性が大事だと言われることが多い。例えば野球界で言えば大谷翔平などはその典型で、これはスポーツ界全体に共通するトレンドのように見える。
そして、そういう選手たちが増えている以上、彼らを指揮する監督にもまた、現代に対応した人間性が問われる時代になっているのかもしれない。その意味で現代に必要なものを兼ね備えている監督が、アロンソだと評しても決して過言ではないだろう。
そんなアロンソに率いられたレバークーゼンの快進撃を象徴するのは「アディショナルタイム」での強さである。彼らはどんなマインドで、試合終盤を戦っていたのか。
<つづく>
文=ミムラユウスケ
photograph by Taisei Iwamoto