名手による6週間前の「英断」が、「競馬の祭典」の劇的な勝利を引き寄せた――。

 第91回日本ダービー(5月26日、東京芝2400m、3歳GI)で、横山典弘が騎乗する9番人気のダノンデサイル(牡、父エピファネイア、栗東・安田翔伍厩舎)が、先行して内から鮮やかに抜け出して優勝。同馬は、4月14日の皐月賞の発走直前に跛行のため競走除外になっていた。

 横山はGI最年長優勝記録を、そして安田師はグレード制導入以降のダービー最年少優勝記録をそれぞれ更新。騎手と調教師が最年長記録と最年少記録を同時に更新するという、珍しいケースとなった。

 なお、史上8頭目となる無敗のクラシック二冠制覇を狙った1番人気のジャスティンミラノは2馬身差の2着、史上4頭目の牝馬による優勝を目指したレガレイラは5着に敗れた。

「一番年長なんでね」56歳の名手が見せつけた技量

 ダノンデサイルは内目の5番枠から好スタートを切った。

「行く馬がいなくなったんで、普通か遅いぐらいになるだろうと思って、スタートさえ上手く決まれば、(ハナに)行ってもいいぐらいの気持ちで出して行きました」と横山。

 彼の言う「行く馬」とは、金曜日にザ石のため出走を取り消したメイショウタバルのことだ。皐月賞をハイペースで逃げた同馬が不在のここは、流れが遅くなると予想されていた。実際、1000m通過1分2秒2というスローペースになった。横山はつづける。

「岩田(康誠、エコロヴァルツに騎乗)君が行ってくれたんで、ちょうどいい感じのポケットに入ることができました」

 道中は4番手の内。逃げるエコロヴァルツ、その後ろにつけた武豊のシュガークン、戸崎圭太のジャスティンミラノといったライバルを見る形になった。が、横山は、他馬の動きより、自分の馬のリズムを最優先にしてレースを組み立てたという。

「直線までじっとできたので、進路さえ見つかれば伸びてくれると思っていました」

 ラスト400mを切ったところで最内から先頭に並びかけ、ラスト300m地点で先頭に立ち、そのままリードをひろげてゴールした。

 勝ちタイムは2分24秒3。

「最後はよく弾けてくれましたね。やっぱり、すごい能力がある馬だと、また確認できました」

 そう話した横山は、2009年ロジユニヴァース、2014年ワンアンドオンリーにつづくダービー3勝目。今年デビュー39年目で、56歳3カ月4日のGI最年長優勝記録を樹立した。これは、昨年の有馬記念で武がつくった54歳9カ月10日を更新しての記録である。

「一番年長なんでね。息子たちだけじゃなく、みんなが祝福してくれたんで、とてもほっとしました」

運命を変えた“皐月賞出走取りやめ”という英断

 前述したように、ダノンデサイルは、皐月賞を競走除外となった。スタート直前、横山が右前脚の歩様にわずかな異状を感じ、出走の取りやめを申し出たためだ。それに関して、安田師はこう話した。

「レース直前の跛行は軽いものだったのですが、競馬場の厩舎地区に戻ったとき、馬運車から降りるのを馬が嫌がるぐらい、はっきり症状が出ていました。右前脚の蹄冠の上のほうをぶつけてしまったようです」

 栗東トレセンで検査を行ったところ、蹄冠部に打撲痛が認められたが、皐月賞2日後の火曜日から、もう運動ができるようになっていたという。

 回復したから「軽症だった」で済むわけで、痛みのあるままレースに出ていたら、何らかの事故になっていたかもしれない。

 そうした軽微な異変を確実にキャッチした横山のファインプレーだった。

「やっぱり、皐月賞、あのときの自分の決断は間違ってなかったんだな、と。皐月賞をやめていたから、今日があるのだと思う。ただ、ダービーも目標にしていましたけど、この先、5歳、6歳と走りますから、完成するまでのプロセスとしてとらえています。ああいうことがあっても、ちゃんと大事にすれば、馬は応えてくれる。馬に感謝ですね」

 いつものように、淡々とした口調である。

 勝って嬉しくないはずはないが、喜びを顔や言葉に出さないのにはわけがある。

「最年長と言われてもピンと来ない。若いときも、今も、自分のことというより、馬に携わっているみんなとタッグを組んで勝てたということが嬉しいです」

ジャスティンミラノの戸崎圭太もソツなく乗ったが…

 そうした横山の考え方や、皐月賞除外後のプロセスを知っているファンや関係者は多い。それもあってか、ゴール後、向正面で拳を突き上げる姿がターフビジョンにアップになったときや、ウイニングランでスタンド前に戻ったときにはファンから大歓声が沸き起こり、検量室前で下馬したときには関係者から温かい拍手が送られた。「競馬の祭典」と言われるダービーならではのシーンである。

 その横山と安田師は、ダービーでこれだけ強い勝ち方をしたのに、ダノンデサイルはまだ本来の状態ではないと口を揃える。万全だったらどんなパフォーマンスを披露してくれるのか、楽しみでもあるし、ちょっと恐ろしくもある。

 なお、1984年のグレード制導入以降で最年少となる41歳10カ月19日でダービーを制した安田師にとって、これがGI初制覇でもあった。

 2馬身差の2着は1番人気のジャスティンミラノ、そこから1馬身1/4遅れた3着はシンエンペラーだった。

 ジャスティンミラノの戸崎圭太はソツなく乗ったが、横山がそれ以上に上手く乗った。シンエンペラーに騎乗した坂井瑠星は、フォーエバーヤングで臨んだケンタッキーダービーでも3着だった。同一年に日米のダービーで3着は立派だと思うが、本人はどちらの3着も「悔しいです」と話している。

 今年は全馬無事にゴールしてくれたことを喜びたい。「競馬の祭典」と呼ぶに相応しい熱戦であった。

文=島田明宏

photograph by Keiji Ishikawa