プロローグ

 

 佐賀県の玄関口、JR佐賀駅の南側に小さなラジオ局がある。

 そこには、さして目立たないガラス張りのスタジオがふたつあるが――そのうちのひとつで、時折奇妙な現象が起こるという。

 ある者は「見たことも無いような美しい青年が空中から現れ、壁を通り抜けていった」と言い、ある者は「青い髪の女の子が、真夜中にマイクで喋(しゃべ)っていた」と話し、またある者たちは「軍服姿の凛々(りり)しい少年を見た」「おばあさんの姿が急に消えた」「光る球が、クルクルと踊るように動いていた」――などと、それぞれ違うことを語る。

 証言は様々だが、不可思議な目撃談に共通しているのは、いずれも『満月の夜』の出来事だという点である。

 噂は次第に広がり、人々は好奇の眼でラジオ局を眺めるようになった。中には、事の真偽を番組宛てにメールで問い合わせるリスナーも現れたが、パーソナリティーたちは「そんな怪奇現象、ある訳ないじゃないですか」と鼻で笑った。中には「空中から現れるイケメンの幽霊がいるなら、私も会いたいです」と嘆く女性MCもいた。

 駅前広場に向けて設置された外部スピーカーからは、今日も早朝から深夜まで、ラジオ番組が楽しげに流れている。

 ありふれた日常を、当たり前の日々を、何度も何度も繰り返し――やがてまた、満月の夜がやって来るのだ。