「言葉が先行するような選手にはなりたくなかった」

 現役ラストマッチを終えた後、シント=トロイデン(STVV)の岡崎慎司はそんなことを口にしていた。ベテランとしての役割を担うことを了承しながらも、言葉だけで伝える存在になるつもりはなかった。

 23年10月、シント=トロイデンのカフェでゆっくりと話をさせてもらう機会があった。昨シーズンはインサイドハーフとしてフル稼働。今季はまたストライカーとして勝負をしたいと話をしていた。チーム内での立場は理解している。監督からの若手選手への手本というニュアンスで期待されているものがあることもわかっている。

「自分がベテランになってから思いますけど、ベテランにしかできないことは絶対あると思うんですよね。ただ一つ見逃しちゃいけないのは、チームを僕のリズムに持っていくのではなくて、このチームにあるリズムの中で自分が回していくっていうのが鍵だと」
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 ベテラン選手が監督から中心軸に置かれて、そこからチームを構築していくやり方もある。だが、それだと若い選手が生き生きしないのではないか、と。若手が生き生きとサッカーをする中にベテランがいるというチームをイメージしていた。

「ここは若い選手たちを育てながらのチーム。自分を中心にされてやるより、今の流れに自分が入る方がいい。入ればやれるとは思うんです。いかにそこに入っていくかっていうのが自分の今の調整で今年の挑戦」

 若い選手中心のチームには勢いがある。前への圧倒的な意欲がある。しかし、あらゆる変化に対応しきれるだけの経験がない。難しい状況でも盲目に前ばかりを目指してしまう。そんなチームに適度な落ち着きをもたらし、交通整理ができる選手がいると、スムーズに攻守が回りだす。

「そうですね。いいところでパスを受けて、ボールを落として、それからゴール前に入っていく。シンプルかもしれないけど、何気ない守備のポジションとかは自分にしかできないことでもある。練習のミニゲームでも、俺のチームの方が勢いが出ていいプレーがでていると思うんです。声かけでもポジティブな声掛けとか、そういうのを駆使していってますから。『あいつのチーム、いつもみんな生き生きしてるな』みたいなふうになれば、自分の価値が生まれるかなって」

 ボールがないところでの動きや選手の能力を引き出す関わり合いというのは、なかなか観察されづらいものではある。統計として数字でも出てこない。だが、それがないとチームは回らない。

 膝の具合がよくなってきたら、きっとそうした《味のある》プレーでチームをうまく循環させてくれていたに違いない。でもそれができないジレンマもあっただろう。
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 ラストマッチ、最大限の準備をして、最大限のプレーをした。岡崎らしい走り込みやキープ、ゴール前への飛び込みもあった。献身的な守備は当たり前。立ち位置の調整で相手DFが中盤選手にパスを出せないようにしていくポジショニングには熟練の妙を感じさせる。

 51分間のプレーで、少しは最後に満足のいくプレーができたのだろうか? そんなことを尋ねてみた。

「本当に最低限のプレーしかできなかったなと思う。こうしとけばよかったなとかっていうプレーもいっぱいあるし、こう動けばよかったなとか、その連続でずっとやってきたんで。今日も試合に入っちゃえばそれの連続で。

 ただ、最後の最後にこうやって日本の選手が周りにいて、わかり合える選手たちの中でやれたんで嬉しかったですね。プレスのタイミングとかもそうだし、一緒にやれてる感はあった。自分が1トップに入って、そういう選手たちを引っ張って自分が点を量産してっていうのが理想だったなと思います」
 
 そして、こうも話していた。

「今回、シント=トロイデンで若い選手たちと一緒にやりながら、こういう選手たちをプレーで引っ張れない悔しさをめちゃくちゃ感じつつ、自分の引退を決意させる一つの要因ではあった。逆にやっぱこういう選手たちにはもっと上に行ってほしいなっていう思いがある。そういう選手たちと一緒にこうやって最後迎えたっていうのは何か運命なのかなっていうふうに思いますし、本当にそれも含めていい終わり方だった」

いろんな思いを胸に、岡崎は最後のピッチを後にした。


取材・文●中野吉之伴

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