逃げ馬不在の機先を制したダノンデサイル

第91代日本ダービー馬ダノンデサイル。安田翔伍調教師はダービー初出走V、横山典弘騎手はダービー3勝目。56歳3カ月4日での勝利は武豊騎手の記録を塗り替えるダービー(JRA・GⅠ)最年長優勝となった。息子二人が騎手として独り立ちした今なお、56歳で頂点に立てる。これもサラブレッドを操って競うという競技の魅力だ。

奇しくもこの日、大相撲夏場所で大の里が所要7場所で幕内最速優勝を飾り、新時代の到来を印象づけたが、その裏のダービーを56歳が勝つ。スポーツが魅せる多様性は興味深い。相撲も競馬も最後は孤独だが、決して自分の力だけではない。競馬でいえば、馬の力、関係者の力が混ざり合うチームスポーツの面白さまで詰まっている。だが、ダノンデサイルのダービー制覇には横山典弘騎手は欠かせなかった。

皐月賞除外は難しい決断だったにちがいない。走れないことはない。だが、走らせればその結果がどうなるか分からない。そんなとき、横山典弘騎手は常に安全かつ慎重な道を選ぶ。まず、この決断がなければダービーはなかった。

ダービーはダノンデサイルが除外になった皐月賞で強烈な流れを演出したメイショウタバルが金曜日に出走を取り消した。この時点で、ファンも関係者も展開の想定を大きく練り直すことになった。逃げ馬不在。その候補にはシュガークンなど何頭もの名があがった。各騎手がライバルたちの出方をうかがいながらレースに入るだろう。

そんな状況下で機先を制したのは横山典弘騎手だった。スタート直後にアクションを起こし、前へ行くことを意思表示する。できれば行きたくないシュガークンがそれをみて、さっと外に併せに行くや、典弘騎手は一転して動から静へ。シュガークンを先にやった。さらに外からエコロヴァルツがハナを目指し、1コーナーではエコロヴァルツ、シュガークンの後ろにできたポケットに収まった。外の2番手になったシュガークンは前に壁がなく、2コーナーから向正面にかけて体力を消耗した。


ダービーを知る者たちの駆け引き

岩田康誠騎手、武豊騎手、横山典弘騎手、川田将雅騎手と先行勢の顔ぶれはすべてダービージョッキー。その中にいたのが戸崎圭太騎手とジャスティンミラノ。これだけダービージョッキーが前を固めれば、ペースが速くなるわけがなかった。

前半1000m通過1:02.2は86年以降、良馬場のダービーでは17年レイデオロ(1:03.2)、95年タヤスツヨシ(1:02.8)、86年ダイナガリバー(1:02.5)に次ぐ4位タイの遅さ(同タイムは89年ウィナーズサークル)。レイデオロのダービーは勝ち時計2:26.9であり、今年は2:24.3。後半1000mが11.7-11.3-11.1-11.2-11.5で56.8と速く、スローであっても中身は濃い。

そんな締まった後半を演出したのは、向正面で勝負に出た4着サンライズアースと6着コスモキュランダだった。2コーナー17番手と13番手になった2頭はベテラン勢が前を固める遅い流れにこのままでは勝負にならないと察知した。この2頭に騎乗したのも池添謙一騎手とミルコ・デムーロ騎手のダービージョッキー。ダービーを知る者の嗅覚は鋭く、さらに動いて勝負に出られる度胸もダービージョッキーだからこそ。前を固めるダービージョッキーたちと抗うダービージョッキーたちの駆け引き。これこそダービーの魅力といえる。


敗因なき2着ジャスティンミラノ

残り800〜200mは11秒台前半であり、3コーナーから坂を上がるまで瞬発力を繰り出し続けなければ、勝負にならない。ポジションの重要性が強調されるダービーだった。これを後ろから差し切るのは現実的ではない。5着レガレイラに騎乗するルメール騎手はもちろん、この流れを察知できていたはずだ。

自身が勝ったレイデオロとは違い、動きにくい内のポジションに入ったこともあるが、強気に後方から動かすのはレガレイラに厳しいというジャッジもあったのではないか。この辺の馬の感触は乗り手ならではのもので、外側からはわからない。なぜ動かないのか。そういった声も上がるかもしれないが、おそらく動けなかったというのが真相だろう。

ダノンデサイルの父エピファネイアと2着ジャスティンミラノの父キズナは13年ダービーで激突し、キズナが勝ち、エピファネイアは2着に敗れた。息子の代になり、それを逆転してみせたのも物語を感じる。エピファネイアの父シンボリクリスエスもダービー2着なので、父と祖父の無念をダノンデサイルは晴らしたことになる。ロベルト系ではあるが、エピファネイアは母シーザリオからサンデーサイレンスの瞬発力を譲り受けており、いわばロベルトの進化形だ。

ダノンデサイルの器用な取り口にはシンボリクリスエスも感じとれる。日本近代競馬の縮図のようなダービー馬の誕生はディープインパクト系が大勢を占める現状において、意義深いものがある。サンデーサイレンスに対抗したブライアンズタイムのようにディープインパクト系に対するエピファネイアという図式は今後も続いていくだろう。

2着ジャスティンミラノは遅い流れ、ポジション優位の競馬において、好位をとり、正攻法の競馬を展開した。4コーナーで外に行ったから負けたわけではない。あの形で内に入る選択肢はなく、競馬は完璧だった。しかし、ダービーには通常の競馬における定石とは違うものがある。3コーナー手前で伏兵が動き、流れが厳しくなったのも、普通の競馬ではそう起こらない。ダノンデサイルがラチ沿いを抜け出したのも、そうそうあることではない。あそこを突くのはリスクが高すぎる。しかし、リスクを背負ってでも勝負に出るのがダービーというもの。

完璧に運んだジャスティンミラノに対し、芸術的な勝負に出たダノンデサイルの差は2馬身という着差ほどはない。戸崎圭太騎手にとって3度目の2着は悔しいと表現するしかないだろう。なんのミスもなく、冷静に立ち回った結果だからだ。これで負けるなら、どうすればいいのか。それほど文句のつけようのない競馬であり、ただ着順が2着だっただけだ。その事実が重い。


2024年日本ダービー、レース回顧,ⒸSPAIA


ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。

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