5月19日、オランダリーグの今季最終戦──。フェイエノールトの本拠地「デ・カイプ」は、リバプールへ旅立つアルネ・スロット監督への惜別ムードが漂っていた。

「稀代の戦術家」は就任1年目にUEFAヨーロッパカンファレンスリーグ(ECL)準優勝、2年目にオランダリーグ優勝、そして3年目の今季はオランダリーグ2位(CL出場権獲得)&オランダカップ優勝と、毎シーズンすばらしい成績を収め続けた。

 フェイエノールトを躍進させた立役者・スロット監督のラストゲーム。上田綺世はこの試合で、1年間の成長を確かめるようなプレーをしていた。


最終節後に妻のモデル由布菜月さんと写真を撮る上田綺世 photo by AFLO

 上田の"十八番"は、相手DFラインの背後を突くフリーランニング。しかしフェイエノールトのような強豪チームは相手を一方的に押し込む試合展開になるので、上田の武器が活きるスペースは生まれない。

 この日のエクセルシオール戦もそう。そこで上田は、サイドに逃げることなく敵のゴール正面で相手DFを背負いながらのポストプレーを務め、チームメイトが前向きにプレーできる機会を提供した。また、敵のアンカーの脇に降りて、よりビルドアップに絡もうとした。

 後半18分にはアシストを記録し、チームの快勝(4-0)に貢献。指揮官の期待に応えるまで時間のかかったシーズンだったが、ラスト4試合で3ゴール2アシストと活躍し、オランダ1年目を5ゴール2アシストで終えた。

「戦術的なところになりますけど、相手の中盤のギャップに顔を出してビルドアップに参加することを毎試合(スロット監督から)言われています。味方の中盤の選手が裏に走ったりするスペースを作る意図もある。常に自分のプレーの幅を広げることを意識しています」

 ベタ引きする相手のゴールをこじ開けることは、オランダリーグで優勝争いを演じるフェイエノールトにとっても、アジア予選で戦う日本代表にとっても難しい。今、フェイエノールトで取り組んでいる密集地でのポストプレーは、ワールドカップアジア2次予選(6月6日・ミャンマー戦、6月11日・シリア戦)にも生きるはずだ。

【「ベルギー時代の理不尽」を乗り越えて】

「アジアでの戦いに関してはそうですね。ビルドアップの仕方など、サッカーのスタイルが代表とフェイエノールトとでは違いますから、全部とまでは言いませんが。今シーズン(フェイエノールトで控えが続いて)試合に出られないなかでも、プレーの幅を広げることは意識して取り組んできました。それは違う環境に行った時に、必ず生きてくると思います」

 要はスロット監督によって、上田は"個のチカラ"が伸びたのだ──。私はそう解釈した。なにせスロット監督は、オランダで個のチカラを伸ばすことに定評がある。しかし、上田の考えは違った。

「僕はプロの世界で『個を伸ばす監督は存在しない』と思っている」

 そういう考え方も確かにある。プロは個として出来上がった選手たちの集団。監督はその個のチカラを最大限に引き出すのが役割だ。

「いや、出来上がっているというよりも、選手は監督からプレーの内容と結果を求められるから、その要求に応えられるように練習しないといけないし、トライしないといけない。選手が成長できるかどうか、それは監督から求められることに対しての向き合い方とか、そこへのアプローチで変わってくると思うんです。

 高いことを求められる環境と、そこに対するメンタリティーが備わっていれば、どの選手も自ずと成長せざるを得ない。成長しない選手は結局、置いていかれる。

 これはベルギーの頃から言ってますけど、理不尽だと思うことを監督から求められても『これは無理だ』と、自分のできる範囲内でサボったらそれまで。求められた以上は監督の求めるラインに近づこうと努力することで、自身のプレー強度の向上や選手としての価値向上につながると思うんです」

『ベルギー時代の理不尽』とは、昨季セルクル・ブルージュで2列目での起用など、ストライカー以外のポジションでプレーしたことだろうか?

「いや、全部ですよ。だって、日本で積み重ねてきたことがなくなってしまう。鹿島で2年活躍してからJのクラブに移籍したら、『上田綺世』という名前があって、どんな選手なのかも知っていて、リスペクトされてプレーできる。しかし欧州に来たら、ほぼ無名の存在からもう1回スタートして、自分の能力や特徴を認められて、やっと試合に出られる。

【プロは監督の求めることに応えること】

 欧州では、監督から『形』を求められてしまう。『自分がやりたいプレー』より『監督のイメージすること』をまずやって、そのうえに自分の武器、自分のクオリティーが乗っかっていく。

 日本では『攻撃はアイデア』みたいに臨機応変な感覚ですが、欧州では『こういうボールを受けろ』『ここで中に出せ』と言われて、そこから前を向いてシュートを打って決められるのか、ボールを受けるところまで行くのか、もはやボールを受けることすらできないのか──と求められることのなかで、個のクオリティーの差が出る。

『90分間、全部スプリントして動け』と言われたら『いや、無理だろ』と思っても、スプリントすることに挑戦しないといけない。だって、そこに挑戦している選手がいたら、その選手のほうが成長できるし、価値があって試合に出られる。結局、割りきって受け入れて、そこに近づく挑戦をしないと成長もできない。だから日本から欧州の環境に来て、結果を残すのは難しい」

 セルクル・ブルージュの経験があったから、フェイエノールトでスロット監督から求められた要求を理不尽と捉えることなく、上田は課題として取り組むことができた。そして監督の要求に応える努力をすることで、上田の個のチカラが引き上げられていった。

「アルネ(スロット監督)から高いことを求められても、自分が努力しなければ置いていかれてしまい、彼から必要とされなくなってしまうし、フェイエノールトに居続けるレベルの選手でなくなる。アルネの要求に達してなければ危機感を感じ、筋トレ・強度・技術なのか人によって違うと思いますが、自分で取り組む。

 フェイエノールトには、成長をサポートしてくれるスタッフがいる。だから『監督が個を伸ばす』というよりも、監督が求めることを選手がどういうふうに捉えて、どういうふうにアプローチするかで個が伸びる。

 高体連でもユースでも、選手を人間として成長させるのが『育成』だと思うんです。しかし、プロはあくまで監督の求めることに応えることで、選手が成長してクラブに利益を与えることが求められ、それが選手の価値になると思います。

【体の預け方、駆け引き、山ほど失敗してきた】

 アルネは、そういう高いレベルでの戦術クオリティーが非常に優れているからこそ、認められてリバプールに行くんだと思います。環境とクオリティーが比例していれば、戦術もさらにハイレベルになる。リバプールに行けば選手のレベルがさらに上がり、アルネの求める戦術レベルもより高いものになる。しかし、アルネが求めることをリバプールの選手ができなければ、結果は出ないでしょう。

 そこは監督のさじ加減にもよりますが、監督と選手はお互いに結果を残すために、求め、求められてやっていくもの。だからアルネが『個を成長させる監督』なのではなく、アルネが求めるのであれば選手はやらなきゃいけないし、そこで成長できなければ終わっていくだけだと思います」

 オランダに来るまで"十八番"のランニングで相手の背後を突いてきた背番号9は、エクセルシオール戦でトラップからのターンで敵の背後を突いた。

「ボールの受け方とか、相手の体への預け方とか、駆け引きとか、山ほど失敗してきました。今シーズン、チャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグ、そのほか......サンティ(レギュラーCFのサンティアゴ・ヒメネス)がケガしている時にちょっと出たりとかしても、全然ダメでしたけど、この4、5試合、少しずつ自分の形になってきた。練習でいろいろ挑戦したことを試合で繰り返しながら、きっかけを積み重ねて今があると思う。

 来シーズン、厳しい環境のなかで自分を積み上げて、それで結果を残すこと──それで自分の成長を実感できると思う。『1年前、2年前の自分と比べて、どのぐらい自分が成長できているか』。サッカーで一番のやりがいを感じるポイントは、やっぱりそこです。常に成長できる思考と環境が大事。僕はそう思います」

著者:中田徹●取材・文 text by Nakata Toru