育児と仕事の両立はさまざまな分野で課題になっているが、政治の世界では対応の遅れが目立つ。議会独特の慣習や選挙運動など「その場にいること」が求められる活動に参加できず、苦慮するケースも多い。少子化対策が急務となっている中、子育て当事者の視点は欠かせない。子育て中の地方議員や候補者からは改革を求める声が高まっている。

1歳1カ月の次女を抱き「出張にオンライン参加の選択肢があるといい」と話す佐藤古都さん=東京都北区で


委員会の日、1歳の娘の体調が…

 5月末の平日の朝、東京都北区議の佐藤古都さん(36)は1歳1カ月の次女の体調が悪いことに気付いた。保育園を休ませたが、自分は午後の議会運営委員会に出席したい。急きょ子育て支援サービスを1時間半頼み、自宅に来た支援員に次女を預け、車で20分の区役所へ。15分で会議は終わり、自宅へ取って返した。

 「オンラインなら自宅で子どもを見ながら参加できるのに」。トップで初当選した昨年4月の統一地方選の期間中に次女を出産。生まれたばかりで保育園に入れない上、夫も仕事があるため、ベビーシッターらの手を借りて自宅保育と議員活動を両立してきた。

1泊2日の視察 生後5カ月の娘も

 昨年10月には長崎、佐賀両県への1泊2日の出張があった。北区は庁舎の建て替えを予定しており、新設された長崎市役所の視察などの予定が組まれていた。

 タイミング悪く、生後5カ月の次女が哺乳瓶を拒むようになり、母子が離れられない状況だった。それでも「1期目の1年目だから、できるだけ多くチャレンジしたい」と、視察に参加。議会事務局と協議の上、宿泊・交通費を自費負担し、次女とベビーシッターが同じ宿に泊まることで乗り切った。

 今、強く望むのは議会のオンライン化や、出張へのオンライン参加の選択肢を設けること。「『子どもがいるから』と機会を逃したり、与えられなかったりするのはおかしい」と考え、自分が道を切り開こうと働きかけている。

オンラインなら参加できたのに

 小さい子どもを育てる議員には、妊娠や出産で本会議や委員会への出席や宿泊を伴う出張を諦めた人もいる。

浜松市議の馬塚彩矢香さん(本人提供)


 浜松市議3期目の馬塚彩矢香(まづか・さやか)さん(36)は、2期目半ばの2022年2月に長女を出産。切迫早産のリスクがあった2021年末の議会の一部と、出産直後の2022年2〜3月の議会を欠席規定を利用して欠席した。「市民の負託をいただいている以上、年4回の定例会には休まず出席したいという思いが強かった」が、体調面でかなわなかった。

 夫は仕事で平日は休めず、今は実家の両親に娘を預けて議員活動をしている。産後5カ月だった2022年7月の愛媛・岡山・兵庫の3県への2泊3日の視察は、参加を見送った。まだ授乳もあり自分の体調面に加え、「同行者や受け入れ先に迷惑をかけてはいけない」と考えたためだ。座学のみの視察もあり、「オンラインが認められていたら参加できたのに」と感じたという。

子育て中だからこその事業改善

 佐藤さんも馬塚さんも、子育ての当事者ならではの視点で区や市の事業改善を提案してきた。

 例えば、0歳児は予防接種を半年間で15回以上も受ける機会があり、北区では保護者がその都度、予診票に住所や氏名などを記入していた。そこで、佐藤さんは毎回手書きしなくても済むようにと訴え、今年4月発送分から、区があらかじめ印字した予診票を各家庭に郵送するよう変わった。

住所や氏名などを毎回手書きする必要があった東京都北区の予防接種の予診票。4月の発送分からは改善された


 馬塚さんも、妊婦が出産予定日を過ぎた後も健診の公費補助を受けられるよう、最大14回だった健診補助を出産までに必要な16回まで拡充させた。自らが予定日後の出産を経験したことで、健診補助の足りない面に気づいたという。

 「不便だと感じても、目の前の子育てで大変な当事者はなかなか声を上げられない」と佐藤さん。「それをすくい取って適切な制度につなげられるのは、同じ当事者だからこそ」と、子育て中の議員の必要性を語る。

つらかった経験は? 地方議員95人の声

 子育て中の議員の苦労を可視化しようと、超党派の地方議員らでつくる「子育て中の議員の活動を考える会」は昨年11月〜今年2月、アンケートを実施した。対象は首都圏1都3県の地方議員のうち、未就学児を育てながら当選した人で、男女95人から回答を得た。

土日・早朝の街頭活動が難しい

 「活動中に感じた困難」としては、当選前後ともに「土日・早朝夜間の街頭活動が難しい」が最多。このほか「泊まりでの視察や会合がある」などの回答が多かった。

 「一番つらかった経験」では「議会が何時に終わるのか分からず、保育園の延長申請が受け入れられなかった」など、切実な訴えが寄せられた。

 中心となって調査を呼びかけた横浜市議1期目の小酒部(おさかべ)さやかさん(47)は2019年、0歳と2歳だった2人を抱えて初めて立候補し、50票差で落選。当時の選挙活動を「子どもが2人とも赤ちゃんで夜に寝ない。私も眠れず、早朝や夜間の街頭活動もできなかった」と振り返る。

子育て中の地方議員へのアンケートを実施した横浜市議の小酒部さやかさん=横浜市で


 昨年4月の選挙で当選し、「あらゆる立場の人が政治に参加できるような制度に」と「考える会」を立ち上げ、調査を企画した。

夜の会合に付き合うのが議員?

 会のメンバーで、共働きの妻とともに小学1年と1歳の子どもを育てる世田谷区議3期目の薗部(そのべ)誠弥さん(34)は「2期目の初めまでは、地域の集まりに顔を出し、夜の会合や飲み会に付き合うのが議員のあるべき姿だと悩んでいた」。だが、今は「区議全員がそれをする必要はない」と割り切り、他の区議が顔を出さないような市民活動の場などを訪ねるようにし、子どもと過ごす時間もつくるように心がけているという。

「土日や早朝夜間の活動が難しい」という、アンケートで多かった声を伝える世田谷区議の薗部誠弥さん=東京都千代田区で


 小酒部さんは「アンケートの回答者の半数は男性。子育て中の議員の苦労は女性の問題と捉えられがちだが、そうではないことが分かった。感情論ではなくデータとして示せたのも大きい」と強調。調査を踏まえて会は今年4月、国による相談窓口の設置や、より柔軟な働き方を可能にするためのガイドライン策定などを求める要望書を岸田文雄首相に手渡した。所管する総務省行政課の担当者は「多様な人材の参画につながるよう、事例の紹介や共有を進めていく」と話す。

制約ある人を排除しないために

 女性議員や候補者の支援団体「Stand by Women(スタンド・バイ・ウィメン)」代表の浜田真里さんも「24時間365日働ける人を想定する従来の『政治家モデル』では、子育てや介護、病気や障害などで時間や働き方に制約がある人が排除されてしまう。そうした人も活躍できる配慮とルールづくりが必要だ」と指摘。視察も含めたオンライン会議の導入や、会議が夜間に及ばないよう複数の日に分けることなどを提案する。「民間は変わってきている。議会文化も変えていかないと」と話す。

「Stand by Women」代表の浜田真里さん(本人提供)


 働き方に制約のある人が議席を得るためには、有権者の意識改革も欠かせない。「街頭演説や地域イベントへの顔出しといった接触回数だけではなく、議会での発言をチェックし、実績や政策で選ぶように投票行動を変える必要がある」と呼びかける。