1994年のサンマリノ・グランプリは、F1史上最悪の週末として、今なお多くの人々の記憶に刻まれている。
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 4月30日に行なわれた予選2日目、シムテックのオーストリア人ベテランルーキー、ローランド・ラッツェンバーガーがアクアミネラリのシケイン(当時)で縁石に乗り上げてフロントウィングにダメージを負ったもののアタックを続けた結果、高速で走行中にウィングが脱落したことでコントロールを失い、310kmでヴィルヌーブ・カーブを直進してウォールに激突。トサ・コーナーまで惰性で転がっていった車はモノコックが裂け、露出した全身に致命的なダメージを負っていた彼は、ほぼ即死の状態だったという。
  それでも翌日にレースは強行され、スタート時の接触事故によってセーフティーカーが出動し、レースが再開された後の7周目、先頭を走るウィリアムズのアイルトン・セナが高速コーナー(当時)のタンブレロでコースアウトしてコンクリートウォールに直進。大破した「FW16」の中で一瞬、頭が動いたことで見る者に期待を持たせるも、その場で車から下ろされて緊急処置を受けた3度の世界王者は、ヘリコプターでボローニャ市内の病院に運ばれ、のちに頭部の深刻な損傷により、死亡が発表された。

 この2つの悲劇から30年が経ち、セナの命日である5月1日には、悪夢の舞台となったイモラの「アウトドローモ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリ」で追悼式が行なわれ、ともに1960年生まれのドライバー2人に対して黙とうが捧げられ、記念碑に献花がなされている。

 これには、多くのファンの他、F1最高責任者(CEO)のステーファノ・ドメニカリ、イタリアのアントニオ・タイアーニ外務大臣、ブラジルのマウロ・ヴィエイラ外務大臣、オーストリアのアレクサンダー・シャレンベルク外務大臣、そしてセナの甥で元F1ドライバーのブルーノ・セナ、ラッツェンバーガーの両親らも、この式典に出席した。

 タイヤーニ外務大臣は、「彼らはスポーツの、そして彼らが代表する競技の、歴史そのものである」と2人のドライバーに対する敬意を表わし、ドメニカリCEOは「1994年5月1日は悲劇的な瞬間というだけでなく、将来の大きなインスピレーションでもある。あの週末から、F1は変わった。我々がこれを受け入れ、変化の兆候を示すために行動しなければならなかった。F1はセナとラッツェンバーガーの悲劇を1日たりとも忘れることはない」と、この悲劇がF1にとって重要な出来事だったことを強調している。

 セナの事故が起こった時間である14時17分にはイモラに雨が降り始め、「運命のしるしかもしれない」とドメニカリCEOと語ったが、この日はブラジルでも、セナの故郷であるサンパウロで、彼の眠るモルンビーの墓地や、サンパウロGPが開催されるインテルラゴスのサーキットなどで追悼のイベントが行なわれており、改めて世界中の人々が今は亡き英雄に思いを寄せたのだった。
  30年目という節目であることもあり、例年以上に各国メディアも関係者の証言をまじえて新たなエピソード等を紹介するなど、セナ、ラッツェンバーガーの両ドライバーに改めて脚光を当てている。前者については、数々の伝説を作り上げたこともあり、その神業といわれたドライビングを改めて称賛し、イタリアのスポーツ紙『Gazzetta dello Sport』は、改めてセナの「ベストレース十傑」を選定した(1位は、雨の中でスタートからの4台抜きでトップに立ち、混沌のレースを制した1993年ヨーロッパGP)。
  一方、セナというあまりに偉大な存在の前に、どうしても陰に隠れてしまいがちなラッツェンバーガーについて、ドイツのレース専門サイト『OVERTAKE』は「彼の死は、レース界、特にサーキット関係者に大きな衝撃を与えたが、翌日の大きな出来事によって、オーストリア人ドライバーのことはほとんど忘れ去られてしまった。しかし今でもラッツェンバーガーは、セナと同じくらい、イモラの町の代名詞となっている」と報じている。

 また、シムテックでラッツェンバーガーのチームメイトだった、セナと同様に3度の世界王者であるジャック・ブラバムの三男、デイビッド・ブラバムは、オランダのF1専門サイト『RN365』で、ラッツェンバーガーのレースに対するストイックな姿勢や事故の際の状況を改めて明かすと同時に、セナとの取り上げられ方の差にも言及した。

「確かにローランドはセナの陰に隠れており、2人のことが話題になるとすれば、セナがその90%を占め、ローランドは10%程度だろう。しかし、彼らの死が同時期だったことで、ローランドにも注目が集まるのも事実であり、それは悪いことではない。現実問題として、ローランドが亡くなるまで、多くの人は彼について何も知らなかっただろう」

 こうした差が2人の間にあるとしても、彼らの死がF1の安全性の追求に大きな影響を与えたのは間違いない事実であり、大手スポーツ専門チャンネルのスポーツ専門サイト『FOX SPORTS』のオーストラリア版などは、この悪夢の週末から、ピットレーンでのスピード制限、コース改修、コクピットの構造改善、HANS導入など、具体的に安全改革の経緯を振り返っている。つまりは、彼らの死は無駄にはなっていないということだ。

構成●THE DIGEST編集部

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