「気がおかしくなると思った」

ダノンデサイルで3度目のダービー制覇を成し遂げた横山典騎手
ダノンデサイルで3度目のダービー制覇を成し遂げた横山典騎手

「ほとんど狂気だ」

 騎手としての自分について、横山典弘騎手はそうおっしゃっていました。朝起きた時から寝る直前まで、1週間ずっと競馬のことばかり。どうやったら勝てるか? そればかりを何十年も考えてきたんだと言います。

「俺はゴルフが趣味だけど、そういう競馬でないことをする時間をあえてつくらなければ、気がおかしくなると思った。意識的にやらないと、競馬のことしか考えられない」

 それは私のような凡人からすれば「天職」だと思えました。しかし、その〝思考〟の中で生きている横山騎手にとっては、たしかに「狂気」だとしか言えないくらいの苦しみも、喜びもあったのだろうと…。きっとほんの一部の想像しかできていないのでしょうが、少し恐ろしく思えるくらいの世界がそこにある気がしたんです。

「俺はジョッキーになった時、みんな目指す先は一緒だと思っていた。それが山の頂だとしたら、登っていく山道こそ違えど、到達したい場所は一緒のはずだって。でも、やっていくうちにそうじゃない騎手だっていっぱいいるんだと思った。なんで馬に対してこうやってやらねえんだと腹が立つこともあった。それからは正直、孤独も感じていた」

 馬に対しての思い。騎手としてこうあるべきだという意識。今まで理解されないこともたくさんあったといいます。

「俺が思うことを言うから、それが気に入らなくて離れて行った人もたくさんいる。俺は馬のことを第一に思って言っているつもりだけど、感覚を理解してもらうのは難しかったりする。それでも離れていかず、ずっと乗せ続けてくれるオーナー、調教師もまだいるんだ。騎手としてうれしいことだ」

理想が現実になったダービー

今年のダービーでは独自の哲学を体現してみせた
今年のダービーでは独自の哲学を体現してみせた

 横山騎手は「競馬は点じゃない、線だ。レースだけ見るな。一頭の馬を追い掛け続けたら、記者にだって分かることはあるはずだ」とおっしゃっていました。だからこそ自分も、一頭の馬に乗り続け、厩舎と協力してつくり上げていくような仕事がしたいんだ、と。

 第91回日本ダービーのダノンデサイルの勝利。その瞬間と、ウイニングランを終えた横山騎手の表情を見て、以前お聞きしていた全てのエピソードが心にあふれかえりました。

 横山典弘騎手の理想が実現したのが今年のダービーだった。本当におめでとうございます。

著者:赤城 真理子