ウクライナの戦場でアメリカから供与されたM1戦車が撤退している――AP通信の記者によるSNS投稿です。ウクライナの国営報道機関は否定していますが、憶測が広がっています。ただ、旧ソ連流教義のまま西側兵器を扱うのは無理があるようです。

モスクワで見せ物になっている西側戦車

 5月9日はロシアの対独戦勝記念日です。2024年で79周年となります。この日は国威発揚のため様々なイベントが行われますが、モスクワ西区のポクロンナヤの丘の勝利広場には、鹵獲されたウクライナ軍の装備品が展示され、ロシア国防省によれば5月3日だけで8万3000人以上が訪れたそうです。「目玉」はドイツ製のレオパルト2A6やアメリカ製のM1A1エイブラムス戦車です。
 
 ウクライナ戦争では、期待された西側の主力戦車の働きが見えてきません。西側との協調関係を誇示するようなウクライナの宣伝にさえ登場しないのです。逆にモスクワで展示されている有様は皮肉でさえあります。

 4月26日にAP通信の記者が、ロシア軍のドローン(無人機)攻撃を理由にM1戦車が前線から撤退しているとSNSに投稿しました。アメリカ陸軍の高官も、ウクライナの戦場ではドローンにより「見つからずに車両が横断できるような空地は無い」と述べています。

 逃げる敵を追いかけて自爆するドローンの映像が連日SNSに投稿されています。ドローンからの一人称視点(First Person View:ファースト・パーソン・ビュー)により、オペレーターは特別な訓練を積まなくても簡単に目標を追尾することができます。小さな隙間にも入り込めるFPV自爆ドローンはまさにSF的であり、一度狙われたら逃げられない悪魔的兵器でもあります。電波妨害という弱点はあるものの、安価で扱いやすく数も多いため、戦場の低空域を支配しているといっても過言ではありません。

ウクライナ軍は西側兵器をどう思っている?

 戦車はまさにドローンが狙う恰好の高価値目標です。狙われる戦車も、日傘や金網などを追加して防御を補完していますが、FPV自爆ドローンは小さな弱点を見つけてぶつかってくるので始末に負えません。ロシア軍は戦車の「威厳」を放棄して鋼板で車体をすっぽりと覆う、亀の子のような戦車を投入しています。

 M1が最初に戦場に投入されたと明らかにされたのは2月23日で、26日にはドローンによるとされる最初の損害が出ています。5月1日現在で供与された31両のうち5両が失われています。アメリカ陸軍の高官は「M1は強力だが無敵ではなく、長く戦場にいれば損害が出るのは当然で想定内のことだ」と述べています。

 ウクライナの国営報道機関ウクルインフォルムは、M1が前線から撤退したという報道を否定しましたが、同時に軍がどのような目的で、どこに何を移転するのかについては公にはコメントしないとも伝えています。そのうえで検証された情報のみを信頼するように呼び掛けています。

 西側戦車に対するウクライナ軍の公式に出された評価はありませんが、漏れてくる話をまとめると、

(1)重すぎる車体ゆえ悪路でも大馬力で無理やり動く。しかし動ける経路は限定され、損傷して動けなくなると回収も困難で結局減耗することになる。
(2)射撃性能は良い。「スナイパー」並み。
(3)対戦車戦闘用に造られているので、歩兵支援に使いにくい。「重くて嵩張るだけの対戦車自走砲」。
(4)部品供給が少なく整備が難しい。

とされています。

浸み込んだ旧ソ連教義が扱いの足枷に

 視点を変えると、西側戦車が目立たない理由は2点考えられます。1点目はドローンを恐れてというより、春から夏にかけて予想されるロシア軍の攻勢に備え、後方で再編成と戦術の立て直しをしているということです。アメリカのバイデン政権による支援予算の遅れも影響しています。

 2点目は、長くウクライナ軍に染み付いた旧ソ連軍系教義の呪縛です。西側機甲関係者のあいだでは、ウクライナ軍の運用のまずさが指摘されています。

 アメリカのシンクタンクであるフォーキャスト・インターナショナル・ウェポンズ・グループは、ハードのスペックだけが現代の機甲戦の鍵ではないことを強調しています。どの国でも兵器と運用、教義は整合されるべきもので、西側戦車は西側の機甲理論に基づいて造られており、ウクライナ軍の指揮官や乗員が旧ソ連流の教義に従って西側兵器システムを使用しても効果は期待できず、最悪悲惨なことにもなりかねないと指摘しています。

 M1A1戦車やM2A2歩兵戦闘車など西側装備品で編成されたウクライナ陸軍第47機械化旅団は、3月上旬にアヴディウカとベルディシ周辺の戦闘に参加しましたが、3月下旬までに4両のM1A1、4両のM2A2、2両の装甲工兵車両を失いました。ウクライナに供与されたM1の12.9%が1回の戦闘で失われたことになります。

 この結果はウクライナ軍が依然としてロシア軍と同じ旧ソ連流教義のままであり、西側の機甲理論が受け入れられていないことを示しています。主砲の口径が何ミリであろうと複合装甲が何であろうと、カタログスペックはそのまま戦闘力を意味しません。M1やレオパルト2のスペックを最大限発揮するには、旧ソ連流教義から西側教義に切り替えなければなりませんが、長年浸み込んだ教義を切り替えるのは簡単なことではありません。

 鹵獲されたM1やレオパルト2は恰好の収蔵品として、クビンカ戦車博物館に送られることになりそうです。我々が見物できる日はあるのでしょうか。