長野県、渋温泉にある「金具屋」は、昭和初期のレトロな佇まいが人気の老舗温泉旅館です。その建物が「有名アニメ作品に登場しているのでは」とも噂されていますが、はたして本当なのでしょうか。今回は、金具屋の歴史とともにその魅力を紹介します。

●昭和初期の和洋をおり混ぜた建築様式が渋い!

 格子の窓、土壁、渡り廊下の手すり、長野県の渋温泉街では、こうした古い木造の旅館が軒をつらねています。建物は大正や昭和初期から増改築をくり返しており、そのなかで細い路地を歩くとタイムスリップの感覚が味わえます。

 渋温泉は1300年前から湯治場として親しまれてきましたが、掘ればすぐにお湯が出るという、源泉が多い地域でもあります。

 そんな歴史ある温泉街のまん中で、誰もが見上げてしまう堂々とした木造4階の建物があります。温泉旅館「金具屋」の宿泊棟である「斉月楼(さいげつろう)」です。

 金具屋は、江戸時代中期(1758年)に温泉宿を創業した老舗旅館です。温泉宿の前には鍛冶屋を営んでおり、「金具屋」はそれにちなんだ屋号です。

 創業時は温泉街道を通る配達人や旅人のための宿として、後に温泉街が成長するなか、明治や大正時代は湯治客を中心に営業していました。

 現在のように観光客が中心となるのは昭和初期から。当時の長野鉄道が延線されるのを機に観光旅行の時代を予想し、療養宿ではなく観光旅館を目指しました。

 そこで、絢爛豪華な木造高層建築の実現に踏み出し、昭和11年に完成したのが木造4階建ての「斉月楼」でした。このとき同時に、「大広間」も完成させています。

 この建築計画について、「金具屋」の担当者は次のように語ります。

「日本各地の観光旅館にも負けないような建物を目玉にしようと建設したのが、現在登録有形文化財となっている『斉月楼』『大広間』です。主に善光寺の参拝旅行のお客様をターゲットにしていました」

「斉月楼」「大広間」も、当時流行していた、西洋の技術と日本の宮大工の技術を組み合わせた工法で建てられています。こうした擬洋風建築の残るところは少なく、現在では文化的な建築資料として貴重な存在でもあります。

 たとえば、「斉月楼」は、15mもある杉の通し柱が13本で建物を支えています。

 しかもその内部には、単に客室が設けられているのではありません。客室を独立した家屋と見立て、それぞれに玄関と土間、本間、次の間、さらに縁側が設けられています。

 したがって4階建てにわずか7室しかなく、贅沢な空間が作り出されているのです。

 宴会場である「大広間」は、大広間は座敷部分だけでも130畳、周辺の廊下なども含めると200畳を超える広さがあります。こうしたことも、擬洋風建築で柱がないため実現できているといいます。

「斉月楼」と「大広間」は2003年に登録有形文化財に認定されました。

 木造4階建ては現在の建築基準法には適合しませんが、「斉月楼」は4階部分の宿泊に営業許可がおりています。こうした例は日本ではほとんどないといいます。

●あのアニメ作品のモデルなのか?

 それでは、「斉月楼」も含め、金具屋の客室はどのようなものでしょうか。

 客室は合計で28室あり、どれも歴史が古く、明治から昭和にかけて、流行を反映しながら職人がすべて異なる造りで仕上げたといいます。

 上級ランク「特室」のなかには、明治41年の客室や宮大工がつくったもの、大人数で泊まれる部屋があります。襖や障子の細工、床の間、廊下など内装に細かな細工があり、和洋をとりまぜた趣が独特です。

 さらに、天然温泉風呂がつくような「ゆったり和室」ランクの客室や、シンプルな「一般和室」の客室もあります。

外観夜景

 金具屋にベッドの部屋はなく、すべて和室です。また、渋温泉の商店街を保存するためにも、売店や自動販売機、バー、レストラン、ランドリー、有料テレビ、DVD貸し出し、マッサージのサービスは提供されません。

 一方で、金具屋は源泉掛け流しの温泉も特長です。専用の源泉を4つ所有し、さらに渋温泉の共同源泉からひいた湯も加えることで、3つの源泉が用意されています。

 その見た目も、触れる感じも違う温泉を、3つの大浴場と5つの貸切風呂の合計8か所でたのしめます。なお、貸切風呂は無料で利用できます。

 こうした金具屋の外観や内装は独特です。そして、「斉月楼」の屋根のつくりやライトアップされている様子、渋い朱色の館内、柱のない大広間といった部分が、有名アニメ作品『千と千尋の神隠し​​』の舞台なのではとも言われています。

 実際に、モデルにしたいといった打診はあったのでしょうか。作品との関係について、前出の担当者は次のように語ります。

 「映画の舞台やモデルになったということではありません。ただ作品を製作するにあたり、現代の日本で失われたモノの世界を構築していく際に『擬洋風建築』の資料が必要となり、金具屋の写真等が使用されたということを伝え聞いています」

 作品に登場する建物が昭和初期の疑洋風建築などをもとに描かれているとするならば、「斉月楼」も同じ時代に建てられた建物なので、似ている部分が多いということのようです。

 また、金具屋ではそうした建築の歴史に触れられるツアーを開催しています。

 ツアーの参加者からは、「当時の宮大工の技術がすばらしいことがわかった」と感心する声や、「建築の発想が面白く、どこを撮っても絵になる」といった感想が寄せられているといいます。

 また、なかには昭和初期の家を思い出し、「ぜひ残していってもらいたい」という人もいるようです。

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 金具屋は、昭和初期の温泉宿の風情を楽しめる旅館です。

 客室料金はタイプや食事により異なりますが、昔の凝った木造建築に泊まれるプランは、1室2名で2万6400円(税込)からです。