日本仕様が発表されたばかりのメルセデスAMGのトップパフォーマンスモデル「GTクーペ」を、モータージャーナリストの藤島知子さんが筑波サーキットで試乗しました。クローズドコースでしか味わえない限界領域での操縦性など、新型「GTクーペ」の真価をご紹介します。

メルセデスAMGが独自開発した最新鋭のスーパーモデル

 メルセデスAMGのトップパフォーマンスモデル「GTクーペ」の新型が先頃上陸。日本発表からわずか数週間後、茨城県の筑波サーキットでその実力をチェックする機会に恵まれました。一般道では試すことができない限界領域での操縦性などを試せる絶好の機会となりました。

「GTクーペ」は2014年に世界初公開されて以降、ヨーロッパを始め、アジアや日本など、世界中のレースシーンを席巻してきた特別なモデルです。

 メルセデスAMGが独自の知見を惜しみなく投じてイチから独自開発した車種は、「SLS AMG」、初代「GT 2ドアクーペ」、「GT 4ドアクーペ」、「SL」などがありますが、新型「GTクーペ」はそれらに次ぐ5番目のモデルとなります。

 ピットに到着した私(藤島知子)の目に飛び込んで来たのは、凄みのあるオーラを全身からみなぎらせる新型「GTクーペ」。まるでどう猛な動物のように鍛え抜かれた体躯(たいく)、筋肉質に盛り上がるフェンダーが、得もいわれぬ頼もしさを感じさせます。

 電動化やデジタル化による先進性を強調するモデルが増えてきている今にあって、「GTクーペ」は最新モデルでありながら、どこか古典的で動物的な雰囲気のスタイリング。気づけばその生命感あふれる姿に引き込まれている自分がいました。

 メルセデスAMGがモータースポーツで得た技術は、美しいスタイリングに違和感なく溶け込んでいます。

 フロントグリルは、ワイドな開口部の中心にスリーポインティッドスターをあしらい、クロームのバーが縦方向に刻まれたもの。バンパー下部のフロントエプロンは空力性能に寄与するもので、低くワイドなたたずまいを強調しています。

 フロントグリルとフロントエプロンのエアインテーク内に採用された2ピースのエアパネルは、モーターを使ってルーバーを開閉することで空気抵抗を減らし、フロントにかかる揚力を低減。一定以上の温度に上昇した場合は、ルーバーを開いて効果的に冷却がおこなわれるそうです。

 高速時の走行安定性を高めるのが、標準装備のアクティブ・エアロダイナミクス・システム。走行モードが「Basic」、または「Advanced」の際、100km/h以上で走行していると、フロントのアンダーボディに配置された超軽量カーボンファイバーパーツが約40mm下降し、車体下部への空気の流れを加速させます。

 これにより、フロントアクスル部分のリフトが250km/h走行時に約50kg低減する効果を得られるそうです。また、高速走行時やコーナリング時の操縦安定性に結びつくだけでなく、ブレーキの冷却効果にも寄与するとのことです。

 リア回りは、フロントの迫力に負けないトップパフォーマンスモデルにふさわしいデザインで構成。ルーフラインはリアエンドに向けて美しく流れ落ち、テールランプは立体的なグラフィックにより、先進感を与えながらも有機的に馴染んでいます。

 特別感を際立たせるのが、電動格納式のリトラクタブルリアスポイラー。普段はボディに収まっていますが、走行時の車速や加速度などに応じ、マイナス11度からプラス22度までの領域で5段階に角度を調整します。ダウンフォースを効果的に発揮することで走行安定性を高め、ドライビングダイナミクスを最大化するそうです。

 ダイナミックな抑揚で張り出したフェンダーの足元に目を向けると、フロント295/30ZR21、リア305/30ZR21のミシュラン「パイロットスポーツS 5」を装着。太いタイヤとベンチレーテッドディスクに噛みつく大きなブレーキキャリパーが、このクルマの凄みを物語っているようでした。

●最新鋭マシンを操る実感を与える先進的コックピット

 ヘルメットとグローブを装着し、いよいよドライバーズシートに乗り込みます。

 迫力あるスタイルを古典的に表現した外観とは対照的に、インテリアは最新鋭のマシンを操る実感を与えてくれる先進的なコックピットに仕立てられています。

 シートやステアリングにはナッパレザーを始めとした高品質な素材をあしらい、クラフトマンシップによるラグジュアリーな仕上がりに。左右対称に翼を伸ばしたかのようなデザインのダッシュボードは航空機から着想を得たもので、エアコンのエアアウトレットもタービンノズルを彷彿とさせます。

 ドライバーの正面には12.3インチの液晶メーター、インパネ中央には11.9インチの縦型メディアディスプレイがはめ込まれています。それぞれのモニターには、スポーツドライビングを楽しむ上で最適なサーキットのコースレイアウト、ラップタイムなどを表示。あらかじめ登録されている鈴鹿サーキットや富士スピードウェイでは区間タイムも表示できるそうです。

 タッチパネルに触れて驚いたのは、競技用グローブを装着していても操作できたこと。静電センサー式のタッチパネルは直接、指で触れないと反応しないケースが多いのですが、これはサーキットを走って情報を確認するときなどに、使い手の気持ちを先回りしたうれしい配慮だと思いました。

 今回試乗したのは、「GT 63 4マチック+ クーペ」にAMGパフォーマンスパッケージを追加した車両。オプションのAMGパフォーマンスシートが装着されています。

 フロントシートはヘッドレスト一体型で、大きく張り出したサイドボルスターが体をしっかりと支えてくれるもの。シートヒーターのほかにベンチレーションもついているため、涼しく過ごせるのはうれしいところです。

 それにしても、今回の試乗車はシルバーのボディにツヤやかなレッドのレザーシートのコンビネーションがとても華やか。組みあわせ次第でスーパースポーツカーらしさを表現するのも粋な演出です。

AMGらしい豪快な走りはもちろんのこと、優れた安全性や実用性など全方位的性能も身につけたメルセデスAMG「GTクーペ」

 フロントに搭載されているのは、最高出力585ps、最大トルク800Nmを発揮する4リッターのV8ツインターボエンジンです。「Sクラス」や「Gクラス」の“AMG 63モデル”に搭載されているのと同じエンジンですが、「GTクーペ」へ搭載するに当たって、オイルパンやインタークーラーなどを最適配置。高負荷なサーキット走行においても、ドライブトレインを常に最適な温度に保つよう設計されているそうです。

 慣れないクルマでサーキットを攻める場合、緊張感を伴うケースもありますが、2ペダルで操作できる9速のトランスミッション、AMGスピードシフトMCTはハンドル操作に集中して走れるため、初試乗でもリラックスした状態で手足のように操れる点が素晴らしいところです。

 手動で変速をおこなうパドルは、ドライバーが変速を必要とするタイミングで操作すればレスポンスよく反応。ただし、クルマ任せでもブレーキやアクセルの踏み込みに応じて最適なギアを即座に選択してくれるため、もはやパドル操作は不要ではないか、と思えるほどの秀逸さです。

 ダイナミックセレクトを「コンフォート」モードすると、なめらかな変速とともにゆったりとおだやかに流すことが可能。ストイックなスポーツモデルを走らせていることを忘れさせてしまうほど体の揺すられ感が少なく、スムーズで快適に移動することができます。

 ところが、「スポーツ+」モードや「レース」モードなど、よりストイックなモードへと切り替えるに連れ、加速度もエキゾースト音もよりダイナミックに変貌。トラクションを得るためには「ガツン」とつながる変速ショックもいとわない、といった具合で、持ちうるパワーを惜しみなく発揮してみせます。その様子は、まるで内に秘めた闘争心をむき出しにしているかのようです。

「レース」モードでドライブすると、筑波サーキットのコース2000でのラップタイムは1分4秒台までペースアップします。

 フル加速の状態から1コーナーの手前でブレーキを強く踏み込み、ステアリングを切り込んでターンイン。パワステはわずかな操作に対してなめらかかつ、正確に反応してくれるので、コーナーに差しかかるとブレーキング後にノーズを沈めた姿勢をしっかりとキープしながら、安定した挙動を味方につけてコーナーの出口へ向かって姿勢を変えて立ち上がっていきます。

 ハイスピード領域からのブレーキングでコーナリングをする際、本来であれば、少し姿勢が落ち着くのを待たないとタイヤのグリップを得られにくく、加速する態勢に持ち込みにくいものですが、「GTクーペ」のつくり込まれたボディとシャシーは外乱に躍らされず、挙動は終始安定。厳しい状況などまるでなかったことのように、スマートになめらかなラインをたどって次の動きにつなげていくのです。

 先代の「GTクーペ」は後輪駆動でしたが、新型は4輪駆動のAMG 4マチック+が搭載されていることも大きなトピックです。前後のトルク配分は50:50〜0:100で連続的に可変するもので、ハンドリングの気持ちよさを満喫できるFRの状態からトラクション重視の4WD状態まで、インテリジェントな制御システムが走行状況に応じて自動的にコントロールしてくれます。

 ドライバーが意識しないレベルで、クルマ側が走行環境とドライバーの意思を察して、さりげなく制御がおこなわれている印象。シビアな環境になるほどに安心感を得られることになりそうです。

 さらに新型「GTクーペ」は、リアアクスルステアリングと呼ばれる後輪操舵も標準装備。100km/h以上では後輪の切れ角が約0.7度となり、安定した走行を見せてくれますが、100km/h未満の車速では2.5度まで切り込むことで、小回りが効く状態になります。「スポーツ+」に切り替えると、タイトなヘアピンを通過する際はクルリと向きが変わり、立ち上がり姿勢へ持ち込みやすいようフォローしてくれました。

●日常の使い勝手にも配慮した2+2仕様も設定

 初試乗がサーキットとなり、めくるめく体験に圧倒されたメルセデスAMG新型「GTクーペ」。

 その走りは単にスポーツ性を突き詰めたものではなく、メルセデスの安全哲学、快適性、ラグジュアリー性を担保した上で、その対極にある非日常的なスリルを体感させてくれる凄い出来栄えでした。

 そんなハイパフォーマンスモデルでありながら、優れた実用性を備えることも新型の大きな進化。ポルシェ「911」にはない懐の深い芸当といえるかもしれません。

 先代は2シーター専用モデルでしたが、新型「GTクーペ」はスポーツモデルにも実用性を求めるユーザーへ向け、4名乗車が可能な2+2仕様のリアシートをオプション設定。リアシートの表皮にはフロントシート同様、ナッパレザーを用いており、さらにキルティング加工が施された上質な仕上がりとなっています。

 ただし、リアシートの足元はそれほど広いとはいえず、リアウインドウが傾斜して頭上が狭いため、身長150cmまでの乗員が座れるものとなります。

 さらに2+2仕様は、リアシートにカバンや荷物を置けるほか、リアシートの背もたれを倒してアレンジすれば、最大675リットルの荷室空間が現れます(2シーターは321リットル)。9.5インチのゴルフバッグをふたつほど積載できるようになったことは、ドライブ旅を楽しむ人やゴルフ愛好家の皆さんには朗報といえるでしょう。

 先代モデルはトランスアクスル方式を採用していたため、トランスミッション部が荷室に張り出しており、構造的にリアシートや荷室容量を確保するのが難しかったそうです。

 しかし、新しいアーキテクチャーを採用した新型「GTクーペ」は、軽量なアルミニウム複合シャシーの採用によって優れた剛性と実用的な空間を確保。2+2のレイアウトと多種多様な駆動システムに対応しながら、AMGにふさわしい走りを実現し、安全性と快適性をも満たす設計が施されています。

 重心を可能な限り低く設計した新型「GTクーペ」は、ボディシェルのねじれ剛性が18%、横軸剛性が50%、縦軸剛性が40%向上しています。これらはAMGが理想とする走りを妥協なく追求してきたことを象徴するエピソードといえそうです。

初試乗でも抜群の走行性能を手足のように操れる凄さ

 シートポジションを整えて、いよいよ15分間のサーキット走行がスタートします。