全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第94回は山口県岩国市にある「imm coffee&roastery」。岩国市というと山口県内でも東端で、隣はもう広島県。当連載では九州編に入ってはいるものの、一般的に中国地方や広島広域都市圏にカテゴライズされるエリアだ。錦帯橋など観光のイメージが強かっただけに店を訪れ、地元のお客でにぎわっている風景を見て、観光地のコーヒーショップというイメージは払拭された。しかも、店頭に並ぶコーヒー豆はどれも特徴的なものばかり。生豆の仕入れからこだわっていることがうかがえる。店を営むのは地元で生まれ育った津田将央さん。オープンから約7年を経て、地域で親しまれ、新たなチャレンジにも積極的な「imm coffee&roastery」の魅力に迫る。

Profile|津田将央(つだ・まさお)
山口県岩国市出身。高校卒業後、料理人になるために関西の調理師専門学校へ。卒業後、フレンチレストランで料理人として働く中で、エスプレッソマシンに触れ、コーヒーの魅力にハマる。手網焙煎を始め、本格的にコーヒーの仕事がしたいと、2017年(平成29年)、「imm coffee&roastery」を開業。

■観光地にあって地元の人からも親しまれる
「imm coffee&roastery」がある山口県岩国市といえば、日本を代表する木造橋である錦帯橋が有名。店があるのも錦帯橋の目と鼻の先だが、山上に岩国城がある西側と錦帯橋が架かる錦川を挟んだ東側では、町の雰囲気が若干異なる。西側は日本の歴史公園100選にも選ばれている吉香公園など風光明媚な観光地然としている一方、東側は家々が多く建ち並ぶ閑静な住宅街。「imm coffee&roastery」があるのは東側で、錦帯橋のそばではあるものの観光客だけが利用する店というわけではない。むしろ、取材で訪れた際も近隣に暮らす学生たちや岩国米軍基地関係のアメリカ人など、地元の人たちが日常的に通う姿が多く見られたのが、まず印象的だった。

店主の津田さんも「もちろん観光で錦帯橋を訪れたお客さまにご利用いただくことも多いですが、平日などは地元のお客さまの比率は高いですね。それは大変ありがたいこと」と話す。

■裏側に流れるストーリーを語れることの大切さ
「imm coffee&roastery」の開業は2017年(平成29年)。もともとフレンチの料理人だった津田さんが、コーヒーに興味を抱いたのはふとしたことがきっかけだった。

「その当時、働いていた店にエスプレッソマシンがあって、ラテアートに初めて触れて、純粋におもしろさを感じました。それまでもコーヒーは飲んでいましたが、知識や技術を身につけていくと、次第に味作りを左右する焙煎に興味のベクトルが向いて。自宅で手網焙煎を始めたことで、コーヒー屋をやってみたいと考えるようになりました。僕が手網焙煎したコーヒーを周囲の人たちがおいしいと言ってくださって、完全に気をよくしましたね」と笑う津田さん。

焙煎を始めたことで、原料の生豆も産地や品種、生産処理で味わいが異なることを体感し、さらにニュージーランド発のオールプレス・エスプレッソやOBSCURA COFFEE ROASTERSなど、有名ロースタリーが焙煎したコーヒーを飲んで、スペシャルティコーヒーがもたらす新しい味わい体験を地元・岩国にも広めたいと考えた津田さん。そんな流れから開業当初からこだわったのはスペシャルティコーヒー専門というスタイルだ。

現在もその点は不変だが、扱う豆は年々確実に「imm coffee&roastery」のカラーが滲み出てきている。生豆はいわゆる多くの産地の品を取り扱う大手商社から仕入れるのではなく、ダイレクトトレードをサポートしてくれるグループだったり、生産者と直接繋がっているインポーターを経由したり、どのコーヒーも生産の背景、環境、こだわりなどを思わず話したくなるストーリーがあるものばかり。日本では2000年代初頭からスペシャルティコーヒーが流通し、今ではそのクラスの豆が当たり前という風潮になっているだけに、しっかりと原料である生豆から差別化しているのは「imm coffee&roastery」ならではだと強く感じた。

実際に、津田さんにおすすめされたインドネシア フリンザエステイト ハニープロセス テンペ菌発酵を飲んでみると、一口目は独特の発酵由来の個性的なフレーバー、時間を経て温度が下がってくると果実感も出てきて、非常にユニークな味わい。テンペ菌発酵のインドネシアは店の豆のラインナップの中では個性的な豆の一つだと説明を受けていたが、この味わい体験をすると、日常的に飲んでも飽きがこないように焙煎しているというほかの豆にも期待が膨らむというもの。きっと、尖りすぎずとも何かしらの個性は表現していそうだ。そんな風に「imm coffee&roastery」は岩国エリアにおいて、コーヒーファンを増やしてきた。

■前例にならわない方が楽しい
現在の焙煎機はGIESEN社のもの。開業から2年ほどして導入したそうで、津田さんは同社の焙煎機を選んだ理由をこう話す。
「当時、まだGIESENの焙煎機を使っている店は多くなく、山口県内ではおそらくなかったと思います。ただ、九州を中心にいろいろなロースタリーさんのコーヒーを飲んでみて、一番GIESENの焙煎機で焼いたコーヒーが好みでした。調べてみると、コーヒーを焙煎する上で機能も素晴らしかったのでこの焙煎機を選びました」

そんな焙煎機にまつわるエピソードや前述した生豆選びについて話を聞くにつれ、津田さんは他人と同じことは、できればしたくないと考えているのかもしれないと感じた。一般的に前例があるなら、それに沿って物事を進めた方が楽だったり、失敗が少ないことは言わずもがなだが、津田さんはおそらく性格的にあえてその道を選ばないタイプなのだろう。そうやって自分ならではのコーヒーとの向き合い方を模索し続けているからこそ、「imm coffee&roastery」独自のコーヒーの提案を実践できている。

■地域を盛り上げるためにできること
そんな「imm coffee&roastery」は2020年にキッチンカー「imm coffee caravan」の運用も新たにスタート。これは岩国の店舗でただ待つだけじゃなく、自ら動いて、店のコーヒーを広めるために作ったものだ。ただ、「ちょうどコロナ禍になり、イベントは軒並み中止に…。正直そのときは『やっちまった…』と思いましたね(笑)」と当時を振り返って苦笑いの津田さん。もちろん今はイベント出店のオファーも多くなり、「imm coffee caravan」も絶賛稼働中だ。

2022年には吉香公園そばに系列店「喫茶 ソース」を開業。もともと津田さんが料理人だったことから、ランチや弁当、スイーツ、パフェといったフードをメインとした店で、あえてコーヒー推しではないスタイルをとっているのも「imm coffee&roastery」らしい展開の仕方。同じことを続けるのではなく、常に新しいことを模索し、実践していく姿勢というのはワクワク感に溢れている。
最後に津田さんに今後の目標、展望を聞いてみた。

「おかげさまで開業からおよそ7年を経て、多くの地元の方たちにこの店のことを知っていただくことができました。次に僕たちがやらなきゃいけないことは、よりこの地域を盛り上げる一助になること。岩国市は広島に隣接していることもあり、観光客の方々にとっては通過点になっています。要は錦帯橋や岩国城といった観光名所だけを見て、次の目的地へ向かう人がほとんどで、滞在時間が短い。滞在してみないとわからない岩国の魅力はたくさんあるんですが、それを伝えることができていないんです。そのために僕らが今計画しているのが、そこに泊まりたいという目的地になりうるゲストハウスないし、宿泊施設を手掛けること。コーヒーとはかけ離れているかもしれませんが、次はそんな取り組みに積極的に関わっていきたいと考えています」

■津田さんレコメンドのコーヒーショップは「フジヤマコーヒーロースターズ」
「山口県柳井市にある『フジヤマコーヒーロースターズ』さん。ロースターのご主人、ブリューワーの奥さんともに全国の競技会で優秀な成績を収められていて、コーヒー業界の大先輩です。豆売りをはじめ、カフェとしても人気。このあたりでは珍しい正統派のコーヒーショップですね」(津田さん)

【imm coffee&roasteryのコーヒーデータ】
●焙煎機/GIESEN 6キロ半熱風式
●抽出/ハンドドリップ(ORIGAMI)、エスプレッソマシン(LA MARZOCCO)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム1000円〜、200グラム1800円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)

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