野球ファンの皆さんはプロ野球選手の「セカンドキャリア」についてどのようなイメージをお持ちだろうか?

 例えばコーチ、スコアラー、スカウトなどの職種で球団内に残る元プロ野球選手は多い。社会人や独立リーグなどで現役を続行する例も増えているし、近年は「YouTuber」として活躍をしているOBもいる。とはいえ全員が球界内に残れる、希望した仕事に就けるわけではない。さらに球団のコーチ、スタッフは大半が1年契約で、セカンドキャリアでなく「サードキャリア」が人生の大きな岐路になる場合もあるという。

 日本プロ野球選手会は20年以上に渡って、セカンドキャリア問題に取り組んできた。今回は森忠仁事務局長のインタビューを通して、引退後のキャリアに関する取り組みと課題、そして「元プロ野球選手が持つ可能性」をファンの皆様にお伝えしたい。


◆ プロ野球まで行く過程、プロ入り後の努力は、野球界の外でも役に立つ

 プロ野球選手にとって何より大切なこと――。それはプレイヤーとしての能力を出し切る、やり切ることだ。セカンドキャリアはあくまでも「その次」の話になる。森事務局長は日本プロ野球選手会が目指す取り組みについて、こう説明する。

「現役選手にはしっかり野球をしてもらって、悔いを残さずユニフォームを脱いでほしい。やり切って、納得した中で、次のステップに行く環境を作ってあげたい。ただどんな選手もユニフォームは脱ぐときが来ることは理解してもらって、そのときが来たときに選択肢を持てる状態を目指しています」

 キャリアの岐路は秋に訪れる。メジャーリーグを目指す選手、フリーエージェントから移籍をする選手、在籍する球団との契約更改に臨む選手と様々だが、10月に入ると「戦力外通告」が始まっている。

 日本プロ野球選手会は10月に宮崎県で開催されるフェニックスリーグに合わせて、キャリアに関する研修会を行っている。またSBヒューマンキャピタルと提携して、元プロ野球選手向けの再就職情報を掲載するサイトを設けている。

 一般論としてプロ野球選手のセカンドキャリアは、他競技に比べると恵まれている。球団内、野球界で次の仕事を得られる可能性がこれだけ高いプロスポーツは他にないだろう。




 森事務局長はこのように説明する。

「引退したその年の進路の7割、8割は野球関係です。社会人や独立リーグなど(NPBの)外で続ける選手もいます。球団のフロントに入るケースも野球関係に含まれます。ただ残る約3割のOBは一般企業や起業、進学などのキャリアを選択しています」

 当然と言えば当然だが、プロ野球選手は引退後も野球に関わる仕事に就こうとする例が多い。それは自然だし、決して悪いことではない。一方で野球界に「こだわりすぎる」ことは、彼らの可能性を狭める。

「辞めた後『野球しかやってこなかったから』というような言葉を口にする選手が多いです。しかしよく一般企業の方から言われることですが、プロ野球まで行く過程、プロ入り後の努力は、野球界の外でも役に立ちます。元選手にもそういう認識を持ってもらいたいし、『野球しかやってこなかったから、他の世界に行くのは厳しい』みたいな考えは変えてもらいたいのです。『自分が本当にやりたいことか』が大事で、まずは色んな選択肢の中から選んでほしいと願っています」(森事務局長)


 元プロ野球選手は「体力的に恵まれている」「努力をできる」「礼儀が身についている」といったイメージが強い。それが間違いということではないのだが、体力・努力・礼儀だけでは言い尽くせない潜在能力の持ち主も多い。例えば近年は、コンサルタントのような「知識集約型産業」に転身する、そこで活躍する例が増えている。

「ジャイアンツの育成選手だった柴田章吾さんが、2016年にアクセンチュアへ入社しました。大﨑雄太朗さんも2017年に『YCP JAPAN』というコンサル系の企業に進んで、久古(健太郎)さんは2019年にデロイトトーマツコンサルティングへ入りました。DeNAにいた松下(一郎)さんは2017年にセールスフォース・ジャパンに入社しています。ITソリューションの世界的企業ですが、5年ほどでマネージャー(管理職)クラスになりました」(森事務局長)

 柴田氏は明治大、大﨑氏と久古氏は青山学院大、松下氏は関西外国語大の出身だが、プロの超有名選手だったわけではない。それぞれが自分で考え、自ら掴み取ったセカンドキャリアだ。




 企業側の元プロ野球選手に対する評価も、変わってきているという。

「私達が嬉しいのは、選手に対する企業側の評価が変わってきたところです。以前は挨拶ができるとか、根性があるといった評価がほとんどでした。今は『チームビルディングができる』『ソーシャルスキルがついている』『PDCAを回してくれる』といった評価をいただきます」(森事務局長)

 当然ながら野球界も平成、令和と時代が進むにつれて変化しつつある。トレーニングについても、試合に関しても、今は豊富な情報を処理する知性が要求されている。また監督、コーチから選手、先輩から後輩への「一方通行型指導」では結果が出ない時代だ。仮説と検証、データの咀嚼、そして対話といった「知的な裏付けがある努力」が必要だし、その経験は一般企業でも生きる。

 また企業の採用活動は多様化している。新卒でなくても、一般企業のキャリアがなくても、選考の入口には立てる時代だ。そもそも「体育会」は就職活動で評価されるのだから、より高いレベルのプロを経験した人材が評価されるのは不思議でない。かくしてプロ野球選手のセカンドキャリアも進化を遂げつつある。

「セカンドキャリアの開拓者」たちは、選手向けのセミナーなどで、協力もしているようだ。

「アクセンチュアの柴田さんはフェニックスリーグのとき、一般の社会人が持っているスキルを、野球に置き換えて語ってくれていました。『こういうことを考えながら野球をやっていれば、社会に出たても考え方は同じで、実はスキルが身に付いている』と教えてくれました」(森事務局長)


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取材=大島和人
撮影=野口岳彦
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