お話を聞いた⼈のし さやか

1978年、和歌山県生まれ。絵本作品に『どこへいったの? いちごちゃん』「おいしいふくやさん」シリーズ、『あつまれ!わくわく パンまつり』(以上、ひさかたチャイルド)、『まかしとき!』(作・くすのきしげのり/フレーベル館)、『アイスゆうえんち』(ニコモ)などがある。

熟していくバナナを人生に重ねて

――「あらあら、あなた じゅくして きたわね。」「まあ、それは おたがいさまよ。」おばあちゃんがお向かいのバナエさんと話しています。おじいちゃんも「わしらも いい いろに なったなぁ。」と、お隣のバナゾウさんと話しています。ある日、バナナくんが家で遊んでいると、バナナの皮が落ちていて……。完熟したバナナたちが華麗に変身していくのが楽しい、のしさやかさんの絵本『じいちゃんバナナ ばあちゃんバナナ』(ひさかたチャイルド)。作品が誕生したきっかけは、友人宅のキッチンにあったバナナとの出会いだったそう。

 友人の家に遊びにいったら、キッチンカウンターに、バナナが1本ずつ並べてあったんです。「どうしたの?」って聞いたら、「3歳の子どもが熟したバナナしか食べないから、早く熟すように並べてるんだ」って言われて。そういえば、バナナって黄色いときと完熟したときでは味が違うなと。子どもは、そういうことに敏感に反応するんだと気づいたのがきっかけです。改めて、バナナというものに注目してみると、青いバナナが熟していくのと、人間の人生が重なって、お話にしてみようと思いました。

――完熟したじいちゃん、ばあちゃんバナナたちが、皮を脱ぎ捨て、チョコバナナやアイスバナナに変身。歳をとってしみじみ人生を振り返るのではなく、新たな人生を楽しむという展開が意表をついて面白い。

『じいちゃんバナナ ばあちゃんバナナ』(ひさかたチャイルド)より

 完熟しておいしくなって終わりではないというのは、子どもの頃から、私の周りに素敵な人生を送っている先輩がたくさんいたからかもしれません。私の祖父は、ひとりは木工関係の仕事、もうひとりは理容業に就いていました。ふたりとも手に職があり、歳をとればとるほど、熟練する技を身につけていった人たちでした。小さい頃によく遊びにいっていた近所のおばあちゃんも、木目込み人形の内職をしていたし、リタイアのない人生を送っていたり、退職してから大学に入って新しいことにチャレンジしたりする人たちが身近にいたというのが大きいかなと思います。いろんなシニアがいたので、いろんな考え方に触れることもできて、いい経験になっているのかもしれませんね。今年で94歳になる祖母も、年下の友だちとカラオケを楽しむなどして、日に日に元気になっています。年下のお友だちがいるといいですね。

――茶色く完熟していくじいちゃん、ばあちゃんバナナたち。どのバナナたちもおいしそうだが、バナナらしく描くのに苦労したという。

 完熟すると、皮にシュガースポット(茶色い斑点)が出てきますが、バナナによって出かたが違うんです。熟しすぎると甘みが立ちすぎておいしくないので、ほんとにおいしいときのシュガースポットはどのくらいか研究しました。皮をむいたときの、ツルんとはしていない独特の質感を表現するのも難しかったです。

『じいちゃんバナナ ばあちゃんバナナ』(ひさかたチャイルド)より

 昔からバナナは好きで、学生時代にはカバンの中に必ず入っていました。おやつに食べるなど、困ったときはバナナ。ずっと身近にありましたね。バナナを凍らせるなど、アレンジして食べるのも好きなので、本の中でもクレープにしたり、バナナミルクにしたり、いろいろ変身させました。子どもの頃、近所のおばあちゃんに教えてもらった、カットして凍らせたバナナに牛乳をかけて食べるのもおいしいです。バナナに牛乳がコーティングされて、シャーベットみたいになるんですよ。

子どもと同じ目線に立って描けた、私らしい世界

――のしさんが絵本を描きたいと思うようになったのは学生時代のこと。大学の人形劇サークルでの活動がきっかけだった。

 もともと、物語を作ったり絵を描いたりするのは好きで、創作に携わる仕事をしたいなと思っていました。絵本をと考えていたわけではなかったのですが、劇団で小学校や幼稚園をまわっていく中で、まだ人生が始まったばかりの子どもたちに向けてなにかを創るって素敵だなと思うようになりました。大学卒業後、京都のインターナショナルアカデミーで絵本の作り方の基礎を学びましたが、最初はイラストレーターとして仕事を始めました。でも、だんだん自分だけの絵を描きたい、もっと自由になりたいと思って、イギリスの大学に半年間留学したんです。そこで気づいたのは、私には絵とはこういうもの、イラストとはこういうものという考え方がこびりついているんだということ。自由になりたいと思いながら、考えに囚われていたのかもしれません。いろんな国の人やいろんな考え方に出会って、「こうあるべきだ」がなくなりました。

――その後、のしさんは絵本作家として活動を始めたが、大きな転機になったのが本作『じいちゃんバナナ ばあちゃんバナナ』だったという。

 それまでは小さい子どもと接する機会があまりなく、自分の子供時代を思い起こしながら作品を描いていて、子どもたちに伝えたいことや、優しい世界、心に響くようなことなどをテーマに、いわゆる絵本らしい絵本を描かないといけないと思い込んでいました。そんなときに、3歳児のバナナの話を聞いて面白いなと思ったんです。子どもが興味を持っているものに対して、私も面白いなと思えるなら、それをテーマに描いてみようと。そうしたら肩の力が抜けて、私自身も楽しんで描けたんです。理想じゃない現実というか、子どもと同じ目線に立てたという感じで、絵本に対する取り組み方、考え方が一段変わりました。編集部の方にも「いいね」って言ってもらえて、「こういう表現でいいんだ」って思えました。もちろん、それまでの作品も楽しかったんですけど、自分の中でしっくりきたというか、私らしい世界が表現できるようになったのかなと思います。

『じいちゃんバナナ ばあちゃんバナナ』(ひさかたチャイルド)より

子育てで実感した「食べ物は生きる糧」

――のしさんの絵本には、本作以外にも食べ物をテーマにした作品が多い。それには、自身も子育てをするようになったことが影響しているのだそう。

 子どもを見ていると、食への興味がすごくあるんだなと思います。「これが食べたい、絶対これが食べたい!」とか、「ケーキはこれじゃないとダメ」とか。食べ物は生きる糧なんだなと、身に染みてわかったこともあって、今はどうしても興味が食べ物にいってしまいます。私自身も食べることは好きなんですけど、最近、好きな食べ物を聞かれても、パッと出てこなくて。たぶんそれは、子どもといるからじゃないかと。家ではもちろん、外食も子どもが食べられるものが中心なので、うどん、そば、ラーメン、ファストフード……みたいなことになってしまうんです。久しぶりに大人だけで食べに行こうと思っても、「じゃあ、なにが食べたい?」って、ぜんぜん思いつかない(笑)。

――今後も自分自身が楽しいと感じる作品を描いていきたいと言う、のしさん。

 悲しいこと、嫌なことがあって落ち込んでいるときも、絵本をひらけば楽しく読めるといいなと思っています。自分自身も楽しく、しっくりくる作品を描いていきたいです。作っていて、なんかしっくりこないなというときは、きっと読む人も面白くないだろうし、気持ちよくも描けないので。以前は、読んだ後に少しだけ世界が違って見えたり、新しいことに興味を持つきっかけになったりしたらいいなと、思っていました。もちろん、そうなったらうれしいけど、そうならなくても楽しく読んでもらえただけで、うれしいです。絵本は描いているうちは私だけのものですけど、世に出てしまったらみなさんのものなので、捉え方はお任せして、楽しく読んでもらえたらと思います。