東京海上日動火災保険が宇宙旅行者向けの保険の取り扱いを始めると発表した。宇宙時代がそこまで来ており、それを先取りする画期的な商品といえる一方で、多くの人には実感の湧きにくい面もありそうだ。同社は新たに宇宙関連の情報を扱うサイト「SpaceMate」(スペースメイト)を開設し、すそ野の拡大も図る。

50年以上の歴史が…

「宇宙に関する保険マーケットは古く、当社でもすでに50年近い歴史があります」

 こう説明するのは同社航空宇宙・旅行産業部に所属する宇宙保険専門部長、吉井信雄さんだ。これまでの保険は宇宙旅行者向けのものではなく、世界各国の宇宙プロジェクトに関与し、放送・通信衛星など宇宙を舞台にしたものを中心に扱われてきている。

 人工衛星の打ち上げ失敗などによる損害、あるいは部品が宇宙から地上に落下することで第三者への賠償請求が起きることなどを想定し、「ロケットや衛星について、詳細な仕様を開示してもらった上で資料を分析し、それぞれに料率を判断して引受を行ってきた」というのが、これまでの宇宙に関する保険の実情だ。

急速に進み始めた民間宇宙旅行時代

 そうした潮目が変わってきたのは2016年頃から。ヴァージン・ギャラクティックやブルーオリジン、スペースXといった民間企業が、宇宙旅行を目指して事業への参入を模索し始めてからだ。

「人の行くところにリスクあり」との観点から東京海上日動は、「宇宙旅行に関する保険のニーズは必ずある、と研究を続けてきた」(吉井さん)という。

 もっとも、これは突飛な話ではない。東京海上ホールディングスビジネスデザイン部マネージャーの松本洋輔さんは「1914年、まだ日本に車が100台しかない時代に自動車保険をつくったのも、当時の東京海上でした」と説明する。

 今や、自動車を買ったり乗ったりする際に、自賠責保険だけではなく、任意保険に加入するのはごく自然な流れ。海外旅行もそう。コロナ禍による移動制限の時期があったとはいえ、コロナ前も後も多くの人が自国から飛び立ち、あるいは船を使って他国へ赴く。それも100年前を考えれば容易に想像できることではなかった。それだけに「100年後といわず、10〜20年後には相当に宇宙旅行に対する保険が必要とされる時代になると確信めいたものがある」(松本さん)というのが、東京海上グループの考えだ。

数百万から?

 いわゆる一般庶民が気軽に宇宙に足を運ぶのは、もう少し先になりそうだが、気になるのはやはり、宇宙旅行保険の保険料ということになろうか。

 吉井さんは「これまでの宇宙保険の分野で蓄積してきたノウハウなどを活用し、地上から宇宙空間へ、さらには宇宙空間から地上へ移動する際にかかるリスクを分析・評価し、個別の旅行形態などに応じて保険の引き受けを判断する」と説明する。これは、従来の人工衛星などに対する保険においても、仕様や用途が完全に異なるため、個別に保険を設計してきたことと同様だ。「こうした個別の設計のノウハウの蓄積が、宇宙旅行保険の設計にも役に立つといえると思います」と吉井さんは胸を張る。

 宇宙への出発日から地上に帰還する日までに発生した障害により、旅行者が死亡あるいは後遺障害を生じた場合、あるいは海外までの渡航やその帰還も含め、治療が必要なけがや疾病が発生した場合に補償される、というのが基本だ。

「あくまでも個別の判断になりますが、保険料は数百万円から数千万円程度になるでしょうか」と吉井さんは解説する。ヴァージン・ギャラクティックの宇宙旅行についてはすでに「ウェイティング(待機)」状態の人によるコミュニティーができているという。「当然ながら、現段階で宇宙旅行に申し込む人は少なからず裕福な方々であり、当然保険へのニーズもある」として、そのコミュニティーにアプローチするなどしているという。

 米AXA XL社の集計によると、2000年以降のロケットでは、初号機の発射失敗率が3割を超える高い割合となっているのに対し、10号機段階ではこれが10〜15%まで低減されるとのデータもある。成績の良いロケットだけを考慮に入れればリスクはさらに下がっていくとはいえ、飛行機に比べて桁違いに死亡事故率の高い自動車と比べても、比較にならない高さなのが実情で、宇宙旅行保険の保険料がこなれてくるには、まだ時間がかかるかもしれない。

宇宙関連サイトで

 その意味でも、宇宙に関する世間一般の関心を高めていく必要があるが、そうした方向性に導くのが、同社が展開を始めたサイト「スペースメイト」といえる。

「宇宙関連のメディアといえば、これまでは専門家向けのものが多かったが、一般の人に分かりやすいものを」(松本さん)という目的で展開されている。

 サイトトップには「宇宙旅行は“夢”じゃない時代。ワクワクする旅に出かけよう。」との文言が踊る。現状の宇宙旅行の価格に関する解説のほか、気球型宇宙船で行く地表から30キロ圏内の宇宙旅行(一人当たり12万5,000ドル)なども紹介している。

広がっていく宇宙旅行保険

 世界では英ロンドンを中心に宇宙関連の保険を引き受ける保険会社は35社程度しかない。吉井さんの説明では「運用成績が悪くて利益が出ないために、宇宙関連の保険から撤退してきた会社も世界にはある」という。東京海上日動はこれまでの実績で利益を上げており、その引き受けノウハウを今後も生かしながら、国際宇宙ステーション(ISS)まで飛ぶような宇宙旅行や、気球型宇宙船による宇宙旅行など、あらゆる宇宙旅行保険が展開されることになりそう。

 まだまだ扱い始めたばかりの宇宙旅行保険だが、将来を展望すると、さらなる課題も出てくる。

「現在は1日で終わる宇宙旅行が大半ですが、例えばISSへ数日滞在することが普通になってくれば、現状では宇宙空間には病院もないので、疾病を発症した人に対する保険をどうするのか。弊社のメディカルサービスによる遠隔医療を保険につけるのか。あるいは多くの人が行くようになれば、宇宙空間で物を壊すこともありうる。それに対する補償はどうするのか。またそもそも、航空機では日本の航空機なら日本の法律が適用されるが、宇宙旅行の場合はどう考えるのか。宇宙旅行が普通になればなるほど、さまざまなケースが考えられてくるのです」(吉井さん)

 将来的な展望を考えれば、宇宙旅行保険の取り扱い開始は、宇宙旅行時代の始まりの象徴の一つともいえそうだ。

デイリー新潮編集部