朝ドラ「虎に翼」の評判がいい。男性が圧倒的に優位だった時期の日本を舞台に、初の女性弁護士を目指す主人公たちが差別と闘い、それまでの社会のタブーを打ち破る物語。伊藤沙莉が爽やかに演じる猪爪寅子の姿は、視聴者に朝から元気を与えてくれる。そんな本作は朝ドラの“タブー”もさりげなく打ち破っている。

 それは「生理」である。その描写には、“朝から血!”“朝ドラなのに…”といった反応も散見されるが、これまでの朝ドラの歴史を変える、画期的な作品であることは間違いない。【水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授】

「お月のもの」

 第3週では、寅子ら法律の基礎を学ぶ名律大学女子部の学生の中で、ただ一人男装で周囲と交わろうとしない山田よね(土居志央梨)の事情が明かされた。よねは地方の貧農の出身で、貧しい女性が生きていくためには性産業で働くしかなかった時代だった。幼い頃から優しくしてくれた姉が身を売られ、同じような目にあう寸前に、よねは髪を短く切って都会に逃げだしてきた。カフェでボーイとして働き、学費や生活費を稼ぎながら孤独に学ぶよねからすれば、家族に支えられている寅子たちは「生ぬるい」「甘やかされた」存在だった。

 この週、寅子が体の調子が悪く寝込んでしまう場面が出てくる。授業を4日も休んでしまう。腰にどんよりしたものを抱える様子で寝込む場面で、尾野真千子による語りが入る。

「寅子はお月のもの、つまり月経が少々人より重めでした」

 1961年から続く朝ドラの歴史の中で、「生理」が強調される描写は初めてのことだ。

「生理」が登場するのはごく自然なこと

「虎に翼」は、男性優位の日本社会で、女性が法曹(裁判官や検察官、弁護士などの法律家)として働く先陣を切る寅子たちの姿を通じ、女性が乗り越えてきた苦難の歴史を描こうとしている。その描写に「生理」が登場するのは、考えてみればごく自然なことだ。古い時代から、「生理」は女性を「けがれた存在」として扱う理由にされてきた。近年になっても、重い生理痛などで男性と対等に働くことができない女性を軽視する口実だった。

貧しくて生理用品を買えない「生理の貧困」もNHKが火付け役に

 本作に限らず、NHKはメディアの中では「生理」の問題を率先して扱い、無理解な日本社会に一石を投じてきた存在だ。

 たとえば、2021年には、経済的な理由などから生理用品を入手することができない若者たちが6人に1人いるという「生理の貧困」を社会に問いかけた。筆者は大学での教え子にメディア志望の女子学生が多く、こういったジェンダーの視点から問題提起する報道関係者を授業に招き、話を聞かせてもらっている。「生理」の問題は、「おはよう日本」「あさイチ」「クローズアップ現代」などでNHKがたびたびトピックにしてきた。女性の社会参加が進むためには、もっと社会の意識を変えていく必要性があると訴えている。

 この「生理の貧困」の報道によって、大学や区役所など公共的な施設のトイレに、生理用品を無償で置く取り組みが一気に進んだ。トイレといえば、「虎に翼」でも、女子学生たちが女子トイレの増設を求める待遇改善を大学側と交渉するシーンが出てくる。トイレの問題もまた、今も昔も、学んだり働いたりする女性たちにとっては切実なテーマなのだ。

生理が縮めた距離感

 孤立していたよねだったが、後に寅子たちとの距離が少し縮まっていく。その場面の話題が「生理」だった。

 寅子がよねに問いかける。

「一日も大学を休んでいないと言っていたけど、お月のものがきた時はどうしてるの?」

(よね)「別のどうもしない。血さえ漏れなきゃいいんだ」
(寅子)「頭やお腹は痛くならないの?」
(よね)「別に…」

 寅子は目を丸くして驚いた表情を見せる。

「そうなの? いいなあ。私はお月のものが始まると4日は寝込んでしまうの。始まる前から身体が重くて、頭が痛くて…」

 この寅子の話に他の女子たちも同調し、「私もです。肌も荒れますし…」などと“生理談義”に花が咲いた。

 第3週は法廷劇「毒まんじゅう」事件の“まんじゅう作り”を学生たちが寅子の自宅で再現する場面もあった。それぞれが抱える弱音や怒りを打ち明け合い、お互いの距離が近づいていった。

 その後の教室では、よねがいきなり寅子の足もとにひざまずき、そのアキレス腱のあたりを指で触る場面がある。

「三陰交。店のお姉さんたちに教えてもらった。月のものの痛みに効くツボらしい。多少は楽になるだろう」

 破顔一笑した寅子が叫ぶ。

「みなさん、お月のものの痛みに効くツボですって!」

 どのあたり?もう一度、私にも教えて、と周りに他の女子学生たちも集まってきた。

 心温まる「生理」をテーマにしたエピソードだ。

 このドラマの作者で脚本を手がけている吉田恵里香、プロデューサーの石澤かおる、演出の橋本万葉の各氏は、昨年、「生理おじさんとその娘」という単発ドラマでチームを組んでいた。男性が生理についてどこまで理解を表すべきなのか、男性が口にしてもいいのか。そんな意識改革を視聴者に迫るドラマだった。「生理」の問題を描くことを意識し、社会に一石を投じようとしていて、やはり大学の授業の題材としてドラマを扱わせてもらった。その描き方に、Z世代の女子学生たちがすごく共感していたのが印象に残っている。

「虎に翼」は、若い世代でも共感するようなポイントをさりげなく埋め込んでいる。そのひとつが「生理」。これまでタブーとされがちだった、女性ならではの苦難をどう描いていくのか。この点にも注目していきたい。

水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授

デイリー新潮編集部