大川原化工機株式会社(本社・神奈川県横浜市)の社長ら3人が警視庁に逮捕され、公判直前に起訴が取り消された冤罪事件。同社の顧問弁護士で不正輸出事件や国家賠償請求訴訟を担当している高田剛弁護士(51)に話を聞いた。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

ヤメ検弁護士のアドバイス

 2020年3月、「生物兵器の製造に転用可能な機械を中国へ不正輸出した」という外為法(外国為替及び外国貿易法)違反の容疑で、大川原化工機の大川原正明社長(74)、当時、役員だった島田順司さん(70)、同じく顧問の相嶋静夫さん(享年72)の3人が警視庁公安部に逮捕された。警視庁公安部による任意の取り調べは、逮捕の1年以上も前から続いていた。

 逮捕当日、高田弁護士のもとに警視庁から電話があった。「逮捕だって、まさか」と仰天した。大川原社長らと初回の接見を済ませると、高田弁護士は「喫緊の問題が起きた。すぐ来てほしい」とある男に電話した。元検事の弁護士仲間、いわゆるヤメ検弁護士だ。

 その弁護士は「相手はすぐに自白を取りに来るはずだ。社長らには絶対に一言も喋らせては駄目だ。何を言っても奴らはそれを自分らのいいよう作り変えてしまう。とにかく完黙(完全黙秘)させることが第一だ」と強調した。検察官時代、自らがそうしてきたからなのか、「敵」の手の内を知り尽くしていた。

 翌朝、高田弁護士は大川原社長らと接見し、「完全黙秘」を伝えた。

「(供述してしまいそうで)危なかったのが、(勾留中にがんが発覚し)亡くなった相嶋さんだったんです。検事は(連行後、被疑者が弁解を行う)弁解録取書を作りかけていました。逮捕のショックで心が折れかけ、捜査側に都合の良い供述を取られかけていたと聞きます。タッチの差で完全黙秘することを伝えられました」

常識は通じない

 高田弁護士の対応の迅速さが生きた場面だった。

「ヤメ検弁護士は僕らが考えるよりもずっとシビアに事態を見ていました。普通の人は逮捕されていても性善説で考えやすい。『警察がそこまではしないだろう』とか『ちゃんと話せばわかってくれるだろう』とかですね。でも彼は『それが大間違い。警察や検察にそんな常識は通じない』ということを教えてくれました」

 ひとたび調書を取られれば、内容が虚偽であってもそれを覆すのは至難だ。だからこそ冤罪が生まれ、他方、捜査側は調書を取ることに躍起になる。そもそも被疑者を捕まえて自分の側に囲っている警察が圧倒的に有利だ。高田弁護士が黙秘するようにと伝えなければ、相嶋さんは言いくるめられて「虚偽供述」をし、その調書が作成されてしまっていたかもしれない。

「公判での立証などの段階で弁護士の力量が発揮できるものですが、刑事事件では逮捕からの20日間(起訴・不起訴の判断ができる最大勾留日数)が勝負なのです」

「ここまでやるか」と怒り

 逮捕当日、高田弁護士は大きな怒りが沸いた。

「(警察が)聴取だと言いながら、わざわざ横浜の本社に大川原社長を車で送ったのです。聴取なら直接、警視庁に連れて行けばいいのに、何でそんなことをするのか。不思議でしたが理由がわかりました。会社の外には報道陣がずらりと待機していたのです」

 マスコミに自分たちの「手柄」、つまり逮捕を宣伝してもらう目的だった。結局、大川原社長が車に乗り込み護送される姿に多数のレンズが向けられた。

「容疑の外為法違反は経産大臣に(機械輸出について)申請していなかったという形式的なものでしかありません。許可申請があれば難なく輸出許可されていたものです。それなのに社長を晒し者にして、いかにも極悪人のように一方的に報道させたのです。本当に汚いことをする。ここまでやるのかと怒りが沸きましたね」

東大薬学部の大学院は「出席ゼロ」

 問題となったのは大川原化工機の主力製品「噴霧乾燥機(スプレードライヤ)」で、微生物を生きたまま粉末化できるため生物兵器の製造への転用が懸念されてきた。

 国家賠償請求訴訟の一審を傍聴する中で「弁護士が理科系だったことは大きかった。文科系なら勝てなかったと思う」と見る人がいた。機械や微生物などの科学的な基礎知識があることが弁護にも役立ったのだろう。

 それを高田弁護士に向けると「まあ、サイエンスのバックグラウンドがあったのはよかったかもしれません」と控えめだ。

 高田弁護士は、1972年生まれの51歳。生まれは北海道・函館だが、銀行マンだった父親の頻繁な転勤のために札幌や茨城県・水戸など全国を転々とし、中学からは東京に落ち着く。名門校の開成中学校・開成高等学校で学び、現役で東京大学理科一類に合格する。専門課程になって薬学部に進んだ。

「卒業後は、大学院に進むことになっていましたが、法律にも興味をもっていたため休学して予備校に通い出したら、そっちが面白くなってしまった。薬学部もいいけど、大手製薬会社とか大体の進路が決まってしまっていて、あまり面白くない気がしました。どんどん司法の世界に惹かれていったんです」

 結局、大学院は「出席ゼロ」に終わった。

 1度目の司法試験は不合格。1997年に2度目の受験で合格した。司法研修を終了する際、「自分はあまり組織に合うようなタイプではなく、裁判官や検察官は向かない。最初から弁護士になろうと思いました」と話す。

印象深い事件になった

 司法研修を終了すると、東京の鳥飼総合法律事務所に所属する「イソ弁(法律事務所に勤務する弁護士)」として、そのキャリアをスタートさせた。16年間の実地経験を踏んだ後、2016年に独立し、現在の和田倉門法律事務所を10人の仲間と立ち上げた。今は17人の大所帯の代表だが、依頼される仕事のほとんどは民事案件だ。

「顧問先の社長がちょっとした事件に巻き込まれたとか、社員が事件を起こしたとかでたまに担当することはありましたが、基本的に刑事事件はほとんどやっていませんでした」

 たまたま顧問弁護士を務めていた大川原化工機で「不正輸出」事件が起こり、刑事事件に関わるようになる。

「経済的な規模ならもっと大きな案件も扱っていました。でも、社会的にこれだけ大きくなり、印象深い事件は、大川原事件が初めてでした」

 記者会見をするのも、この事件が初めてだった。

「まあ、こちら側が正義であり、会見で頭を下げるわけではないので、そんなに苦労しませんでした。顧問を務める他の会社では、謝罪会見の文案づくりとかの裏方はやっていました。そっちのほうがしんどいですよ」

識者コメントの捏造も問題

 控訴へ向けて内容を分かりやすく記者に説明する「事前レク」もした。

「大川原化工機の事件はサイエンスの専門的な部分とか難しいことも多いのですが、東京の司法記者会の記者さんたちはみんな優秀で、よく理解してくれていましたね」

 国賠訴訟の1審の東京地裁判決では、都と国に計約1億6000万円の賠償が命じられた。控訴審は、6月から東京高裁で始まる。

 警視庁公安部は、大川原化工機の機械が輸出規制に該当するか否かについて複数の学者らに意見を求めた。しかし、誤った内容の報告書が作成されていたという。

「四ノ宮(成祥)さん(当時、防衛医科大学校前学校長)以外の先生たちは少し様子見をしていたようですが、昨年の(一審の)勝訴判決で風向きが変わったようです。言ってないことが書かれていることを明確に証言してくれています。一審は四ノ宮さんだけだったせいか、判決は識者コメントの捏造には触れませんでしたが、控訴審では裁判所もそうはいかないのでは」

長髪がトレードマーク

 大川原化工機で事件後、銀行やメディア応対などに腐心してきた初沢悟取締役は「文章を書くのがあんなに速い人を見たことがない。何を頼んでも仕事の切れがよく、的確で滅茶苦茶に速い。どういう頭脳をしているんだろうかと思いますよ」と、高田弁護士について評価する。

 当の高田弁護士は「僕は基本的に朝型なんですよ。深夜まで仕事をしたりはしません。午後7時ごろには仕事を終えてしまいます。あとは妻の料理を楽しんだり、一緒にフランス料理とか美味しいものをレストランに食べに行ったりするのが好きですね」と笑う。

 趣味は音楽で「弁護士や元プロのミュージシャン、サラリーマンなどとロックバンドを組んでギターを弾いたり歌ったりします。去年12月に久しぶりに仲間と演奏しました。久しぶりでしたね」と言う。長髪がトレードマークで、「弁護士になりたての頃はもっと髪を長くして、後ろで結んでいたりしました。ちょっとそれでは弁護士稼業がやりにくくなって、今程度の長さに……」と言う。

塚部貴子検事への「同情」

 大川原化工機事件を担当し、逮捕・起訴にゴーサインを出した東京地検の塚部貴子検事と高田弁護士は司法修習の同期だが、これまで話したことはなかったそうだ。

 昨年の証人尋問で「自分の判断は間違っていなかった」などと語っていた彼女を目の当たりにした感想を問うと「やはり組織内で自分の意志では何もできなくなってしまっているのでは。しんどい思いをして無理しているんだなあと、可愛そうになる部分はありましたね」と明かす。

「みんな最初は日本をもっとよくしたいとか理想に燃えて司法界に入ったはずです。それが次第に良くも悪くも組織に染まっていってしまう。一人の人間として考える余裕がなくなってしまっているのでは」

 一般に司法修習の同期は結びつきが強いと言われる。

「今年は名古屋で同期の同窓会があるんです。塚部検事が来るかどうかは知らないけど、検察官や裁判官も来てしまう。大川原化工機の事件が完全に終わるまでは参加したくてもちょっと参加できないんですよね」と残念そうだ。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「『サハリンに残されて」』(三一書房)、「『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」』(ワック)、「『検察に、殺される」』(ベスト新書)、「『ルポ 原発難民」』(潮出版社)、「『アスベスト禍」』(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部