アタマジラミの発生は「不潔・不衛生とは無関係」「保育所や小学校で集団発生することがある」と様々な自治体も発信しているが…(写真はイメージ/gettyimages)

 アタマジラミ症が、増加に転じている。主に子どもたちがかかる皮膚病で、頭髪に寄生したアタマジラミが吸血し、頭部にかゆみが出る。保護者の誤解や虫嫌いから、差別やいじめにつながることも少なくない。

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「アタマジラミの大きな問題は、子どもたちの仲を引き裂いてしまうこと。差別やいじめも相当あった。たかが『虫』で人生が変わってしまうのです」

 そう、豊島区池袋保健所(東京都)の矢口昇さんは訴える。

 矢口さんは2004年、全国に先駆けて保育士や教員向けの「アタマジラミ対応マニュアル」を作成した。アタマジラミの生態だけでなく、子どもや保護者への対応には十分な配慮が必要だと記した。すると、こんな電話を受けたのだ。

■一家全員が「村八分」に

「これがあと1年早くできていれば」。そう涙ながらに語った電話の主は、関西の小学校教員だった。

 その小学校でアタマジラミ症が発生すると、「あの子が原因だ」と、うわさが広まった。

 アタマジラミ症は、不潔だから発生したり、うつったりするわけではない。どんな人の毛髪にもアタマジラミはつく可能性がある。

 だが、当時は、アタマジラミは不潔な状態だからわく、飛んだり跳ねたりしてくっつく、手で触ってもうつる、不衛生な子には近寄ってはいけないなど、誤った情報が信じられていた。

 結局、その地域では、感染源とされた子どもだけでなく、「一家全員が“村八分”にされてしまった」という。

「子どもには誰も近寄らず、いつもひとりぼっちだったそうです。学校に行っても無視される。とてもつらかったと思います。その家族も、地域の人たちとの交流が一切なくなった。あいさつしても返ってこないし、回覧板も回ってこない」と、矢口さんは語る。

 教員は心を痛め、なんとか誤解をとこうと、学校業務が終わってから毎晩、保護者の家を一軒一軒訪ねた。しかし、アタマジラミへの誤解はなかなかとけず、問題が解決するまで1年を要したという。

多数認められるアタマジラミの卵=兵庫医科大学皮膚科学 夏秋優医師提供

■虫嫌いの母が子どもに近寄れず

 アタマジラミは体長2〜3ミリ。カニのような爪で髪の毛にしがみつくように寄生する。被害者は小学生以下の子どもがほとんどで、基本は毛髪の直接的な接触で感染する。長髪の女子に多い傾向がある。仲が良ければ接触も多いためうつりやすく、帽子やマフラーの共用でうつることもある。

 矢口さんは「アタマジラミごときで、子どもを引き離してはならない」、と訴える。感染が心配なら、髪の毛が接触しないように束ねて遊べばいいという。

「幸い、アタマジラミは不衛生だからつくわけでないということは知られるようになりました。ところが、虫嫌いの保護者も多いせいか、『あの子と遊ぶな』『近寄っちゃダメ』と子どもに言うことが少なくない」

 アタマジラミが寄生した自分の子どもに、近寄れなくなってしまう母親もいたという。

「保健所の窓口に子どもを連れて相談に来ても、子どもと離れて話をするんです。虫が苦手という方でした。『アタマジラミは手や衣服を伝わってうつることはないですから、大丈夫ですよ』と説明しても、ダメでした」

吸血中のアタマジラミ=兵庫医科大学皮膚科学 夏秋優医師提供

■発生すると犯人捜しが始まる

 兵庫医科大学の皮膚科学教授、夏秋優医師によると、アタマジラミは成虫が寄生してからかゆみを生じさせるまで1カ月以上かかるという。

「アタマジラミに限らず、吸血する昆虫は全て、血を吸う前に唾液腺物質を注入します。それが繰り返されることでアレルギー反応を獲得して皮膚炎が起こり、かゆみを生じるんです」(夏秋医師)

 アタマジラミは成虫でも2〜3ミリと小さく、毛髪の間を泳ぐようにすばやく移動する。そのため、一般の人が目視で見つけるのは困難だ。メスは1日5〜10個、毛髪に産卵する。この卵がまたクセモノで、ぱっと見、「ヘアキャスト」という毛髪の周囲にちくわのようにつくフケとそっくりで、皮膚科医でもルーペで確認しないとフケと見誤ってしまうほどだ。

頭髪の中にひそむアタマジラミ=矢口昇さん提供

 また、アタマジラミが寄生しても数カ月間気がつかないことがよくある。どこでもらってきたのか、誰にもわからない。

 ところが、保育園や幼稚園、小学校でアタマジラミが発生すると、犯人捜しが始まる。

「あの子からうつった」と、うわさが立つ。園や学校に「来させるな」と、声が上がる。

 矢口さんによると、保育園や学校側が保護者から「保育園でアタマジラミがうつったのだから、園の責任で駆除しろ」「治療代を出せ」と要求されることも珍しくないという。

アタマジラミの幼虫=矢口昇さん提供
アタマジラミの卵=矢口昇さん提供

■五分刈りでもシラミで真っ白

 アタマジラミは毛髪に寄生するので、丸刈りにすれば、寄生できなくなる。

「ところが、五分刈りのような短髪にすれば大丈夫だと思ってしまう母親が大勢います。以前、ぼくのところに連れてこられた児童は、5ミリくらいの髪の毛が真っ白だった。アタマジラミの卵や抜け殻がびっしりとついていた」(矢口さん)

 アタマジラミは通常のシャンプーでは死滅せず、洗髪しただけでは頭髪にしがみついている。

卵に類似したヘアキャスト(左)と頭髪に固着したアタマジラミの卵=兵庫医科大学皮膚科学 夏秋優医師提供

 成虫や幼虫、毛髪に固着した卵を除去するには、厚みのある昔ながらのツゲの「すき櫛(ぐし)」を用いるのが有効だという。櫛の目が細かいので、すき櫛が通りやすいように、事前によくブラッシングしておくこと。とった虫体や卵は使わなくなった歯ブラシなどで落とす。もちろん、這い上がってくるようなことはない。いつの間にか櫛を裏返してしまうと、せっかくとった虫体が髪の毛に戻ってしまうので注意が必要だ。

■沖縄では抵抗性のアタマジラミ

 薬物で駆除する方法もある。ピレスロイド系殺虫剤であるフェノトリンを含む「スミスリンパウダー」もしくは「スミスリンシャンプー」を使い、3日に1回を、3、4回繰り返し処置すればアタマジラミは全滅する。毛髪に固着した卵や抜け殻はすき櫛で除去する。しばらく毛髪を観察して新たな卵が見つからなければ、駆除は完了だ。

アタマジラミの除去には昔ながらのツゲのすき櫛が最適という=東京都内、米倉昭仁撮影

 ただし、最近はピレスロイド系殺虫剤でも死なない「抵抗性のアタマジラミ」が世界的に広がりつつある。たとえば、沖縄県では抵抗性のアタマジラミにほぼ置き換わっており、スミスリンパウダーやスミスリンシャンプーが効かない。

 それを受けて、3年前、アース製薬が発売したのが「シラミとりローション」だ。ジメチコンという成分がアタマジラミの気門をふさぎ、窒息死させる。

「沖縄県以外では、今のところ、抵抗性アタマジラミがきわめて少ない状態なので、通常のスミスリン処置で駆除が可能と思われますが、今後は増加が懸念されます」(夏秋医師)

 スミスリン処置で死滅しない場合、抵抗性アタマジラミである可能性がある。

 昭和時代のイメージは誤りだ。シラミは不潔だからわくのではなく、誰にでもつく可能性があるし、正しく処置すれば根絶できる。子どものためにも覚えておきたい。

毛髪に固着する卵の殻=兵庫医科大学皮膚科学 夏秋優医師提供

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)