モータージャーナリストの金子浩久さんがエンジン大試乗会で試乗した5台のガイ車がこれ! アウディQ8スポーツバック 55eトロン、キャデラック・エスカレード、フィアット・ドブロ、メルセデスAMG S63 Eパフォーマンス、ロールス・ロイス・ゴーストに乗った本音とは?


価値や世界観を更新する

5台はどれも魅力的だったが、元気をたくさん授かったのはエスカレードだった。筆者は旧型に乗ったことがあり、同乗したKさんのアメリカ車体験は数十年前のシボレー・カマロ。乗る前はその大きさにおののくばかりだったが、乗り込んで一変し、走り出しては二変していった。車内は全面的に刷新され、モダン・アメリカン・ラグジュアリーを体現していた。ただ広いだけでなく、利便性や余裕も。走り出しては旧型や大昔のカマロを思い出させる大味なところが一切なくなり、運転操作に忠実に反応し、穏やかな挙動を示していた。「もっと小さなクルマに乗っているように感じます」というKさんの助手席からの感想に大いに同感。大きさが生み出す余裕や上質感などをキャデラックが追求し続け、みごと現代的に結実させた。自らの価値と世界観をアップデートし続けることの大切さをガイシャは教えてくれる。




アウディQ8スポーツバック 55eトロン・クワトロSライン「加速は強烈」

アウディの大型クーペスタイルBEV「e-tron」に各種のマイナーチェンジが施されて、「Q8 スポーツバック e-tron」となった。内外装の改編のほか、バッテリー容量が大型化された。この「55」では、114kWhと増えて、航続距離が78km伸びて501kmとなった。フロントに1モーター、リアに2モーターが組み込まれ、300kW(408ps)のシステム最高出力によって4輪を駆動する。もはや驚くことではないのかもしれないが、加速は強烈だ。コンフォートモードで走っても、その印象は変わらない。欲を言えば、コンフォートモードでは路面からの細かなショックを柔らかく包み込んでもらいたい。西湘バイパスの舗装のつなぎ目や細かな段差などからのコツコツといったショックとノイズを車内に明確に伝えてきてしまっていた。また、回生を強めた時の効き方がギクシャクしていた。滑らかに回生するといいのだが。操作系統のインターフェイスも以前からのままで、馴染みがあって使いやすいが新鮮味に欠けている。他社のBEVが日進月歩なので、Q8 e-tronの次の進化を期待している。




キャデラック・エスカレード「大きさを感じさせない」

昨年に続いて、ENGINE PREMIUM CLUBのメンバーとの同乗試乗の1台目はエスカレード。お一人目は、休日にはGRヤリスとポルシェ・718ケイマンなどでサーキット走行を楽しまれているKさん。ありがたいことに、Kさんは筆者の「10年10万kmストーリー」の長年の読者で単行本も全巻お持ちだとのこと。読者と出会えて試乗前から感謝感激。エスカレードは、まずその大きさに圧倒された。全長5400ミリ全幅2065ミリ。乗り込むと、別の驚きが待っていた。湾曲した大きなモニターとメーターパネルが大小ふたつ重なり合い、それぞれの周囲をレザーがトリミングするという凝りっぷり。センター・コンソールやステアリングホイールなどの操作各部分の造形も良く考えられ、使いやすく現代的な高級感も醸し出している。走り出すと、6.2リッターV8エンジンの生み出す大トルクの余裕と10段ATのスムーズな変速に驚かされた。箱根ターンパイクのコーナーでもキビキビ、そしてしっとりと曲がっていった。「ボディの大きさを感じませんね」とKさんも走りの質の高さに驚いていた。




フィアット・ドブロ「アクティブに使いこなそう!」

箱型ボディは荷物をたくさん積むことを主な目的としていて、ヨーロッパでは商用、業務用として使われることも多い。バンパーなどの外装の樹脂パーツだけでなく、車内もブラック基調のプロ仕様といった感じ。シフトセレクターがミニマルなダイヤル式であることだけでなく、操作系統はシンプルなダイヤルやレバーなどが多用されている。しかし、左右独立調整式オートエアコンやアップル・カー・プレイ/アンドロイド・オートなどに対応したモニター画面、USBソケットなど必要なものは装備されている。ADASもACCだけでなく車線逸脱警告も標準装備。現代のクルマとして必要な安全性と利便性が担保されていて心強い。1.5リッター4気筒ディーゼルで前輪を駆動する走りっぷりも用途や見た目をうれしく裏切って快適だ。危惧した箱型ボディの共鳴もなく西湘バイパスを往復した。後席の3つのシートが独立していて、ホールド性も良好。助手席背もたれも倒せて長いものも積める。クルマをアクティブに使いこなすための1台で、今日の4台の超高級車とはまた違った世界が広がっていた。




メルセデスAMG S63 Eパフォーマンス「特別な1台」

同乗試乗の2台目はメルセデスAMG S63。乗車する前からただならぬ妖気のようなものを発しているのを2人目のEPC会員さんと一緒に感じ取った。乗る前から、すでにボディ・カラーにやられた。「カラハリゴールド」と名付けられた、メタリックを含む金色なのだが、深みと艶が他の金色と明らかに違っている。遠くからでも存在感は抜群なのだが、近づいて見ても引き込まれてしまう。各部分のエッジにはクロムメッキが施されていて、それも普通のクロム色ではなく、やや金色掛かって見えた。「こんなところも特別仕立てですよ」とEPC会員さんが見付けたのは、トランクフード右側に貼り付けられた「S 63」のエンブレム。表面はクロム色だが、黒いはずの側面が赤。そうした特別仕立ては内外にいくつもあった。4リッターツインターボエンジン(450kW)にモーター(140kW)が組み合わされたPHEVで、一瞬だけアクセルペダルを深く踏み込んでみた加速は超強烈だったが、荒々しさは皆無。乗り心地も洗練の極致。PHEVの電気パワーを、エコよりも走行性能にフル活用したAMGセダン。




ロールス・ロイス・ゴースト「空間芸術作品」

鮮やかな“トゥカナ・パープル”というボディ・カラーに細いライム・グリーンのコーチラインが入ったゴーストの観音開きドアを開けると、車内でも眼を奪われる。黒の革シートと白のドア・ハンドルとセンター・アームレストを基調としながらも、ダッシュボードの庇部分にはコーチラインのライム・グリーンを反復させている。星空のように無数の細かな光が天井で煌めいている。他のクルマで同じことをしたら派手になり過ぎてしまうのだけれども、ロールス・ロイスでは上品そのものだ。全長5546mm、全幅2148mm、重量2.5tを超えるにもかかわらず、走り出せば巨大さを感じない。571馬力を発生するV12エンジンはジェントルそのもので、工事中の荒れた路面とは思えないほど西湘バイパスを滑らかに走っていった。柔らかく穏やかな乗り心地が快適そのものだが、抑制も効いているところが現代的だ。意匠や素材遣いなどだけでなく、きっと他にもさまざまな凝った技巧が備わっているのだろう。これはもう自動車の範疇を超えた、1つの空間芸術作品だ。

文=金子 浩久

(ENGINE2024年4月号)