「少年ジャンプ+」で累計閲覧数2億超えの大人気野球漫画『忘却バッテリー』。剛腕投手・清峰葉流火(きよみねはるか)と、知将捕手・要圭(かなめけい)の中学球界における”怪物バッテリー”が、なぜか野球名門校のスカウトを蹴って無名の都立高校へ進学するというエキセントリックな展開で始まる物語です。

 主人公が野球のことを含め全てを忘れてしまった”記憶喪失”という奇抜な設定が本作の特徴の1つ。何もかも忘れてしまい知将としての見る影もない要圭と、そんな圭と一緒に野球がしたい葉流火を中心に描かれる、ギャグとシリアスのバランスが癖になる作品です。

 漫画家・みかわ絵子氏の原作の圧倒的な面白さはもちろん、『呪術廻戦』や『進撃の巨人』など数々のヒット作を手掛け、そのハイクオリティな作画や演出により国内外から高い評価を受けるMAPPAが制作を担当したこともあり、春アニメの中でも注目の1作となっています。今回はそんなTVアニメ『忘却バッテリー』をレビューしようと思います。

●『忘却バッテリー』のレビュー:絵心という厳しい父親にしごかれる『ブルーロック』

 『忘却バッテリー』を考える際、『ブルーロック』と比較することで少し面白いことが見えてきます。いずれも等身の高いカッコイイ青年が活躍するスポーツもので、女性から高い人気を獲得しているという点では共通しています。

 ただし“父性”の『ブルーロック』、“母性”の『忘却バッテリー』という観点から見ると、両者はさまざまな点でちょうど逆位置にある作品だということが分かります。

 まず『ブルーロック』では、全国から集められた将来有望な300人の高校生フォワードが、日本代表のエースストライカーの座を巡って熾烈な競争を繰り広げる姿が描かれています。これまでの“チーム”を優先したサーカーではなく“個”を重視する価値観をベースに、サッカー生命を掛けたデスゲームが行われます。

 「ブルーロック(青い監獄)プロジェクト」を主宰する絵心(えご)は課題やヒントを提示するものの、肝心の答えは教えず選手自らが気づくように仕向け、敗北した者への優しさを示すことは基本的にありません。優しさを消し厳しい課題を与え、選手たちをさらなる高みへ導いていく絵心の態度はまさに父性そのものに見えます。

 つまり、『ブルーロック』は絵心という厳しい”父親”によって”競争原理”の中で生き残る”個”の強さが引き出される作品と言えるかもしれません。

●『忘却バッテリー』のレビュー:トラウマを克服する”リハビリ”としての『忘却バッテリー』

 一方、『忘却バッテリー』では、最初は野球部さえ存在しない、競争原理から外れた都立高校を舞台にしています。野球のことをすっかり忘れてしまった圭に放った葉流火のセリフが象徴的ですが、基本的には”野球の楽しさを思い出す物語”です。

 同じ高校で偶然再会した藤堂や千早、山田は中学時代、怪物バッテリーに心を折られて、トラウマや心の傷を抱えたキャラクターたち。個の努力では超えられなかった壁を知っている彼らですが、同じ野球愛好会で一緒に野球をするうちに、新たな仲間に支えられながら壁を乗り越えていきます。

 時には厳しいことを言われることもありますが、敗北という悲劇の共有をきっかけに、弱さへの理解、敗北への共感、トラウマの共有が行われ、励まし合いながら一緒に”リハビリ”していく姿が描かれています。失敗や敗北、弱さを受け入れる優しさがベースになっていることが分かるでしょう。

 このようにチームの存在自体が、結果がすべての厳しい競争原理から離れた、やや母性的なものとして機能しているように見えます。つまり『忘却バッテリー』は挫折を受け止める優しい“母性的”な関係の中で、”チーム”みんなで支え合うことにより野球の情熱を取り戻していく作品と言えるかもしれません。

 上記のように『ブルーロック』と『忘却バッテリー』は、競争とリハビリ、個とチーム、父性と母性という点で、ちょうど逆位置にある作品であることが分かります。

 「『ブルーロック』は面白いけどちょっと疲れたな…」という時に、『忘却バッテリー』で仲間と共にトラウマから立ち直るキャラを優しく見守り、逆に「もう少しシビアな戦いが見たい」という時は『ブルーロック』に戻るなど、両作は対照的であるがゆえに補完的に楽しめるのです。

●『忘却バッテリー』のレビュー:カッコよさより”可愛さ重視”の日常シーンが癖になる

 本作に登場する葉流火や圭、藤堂、千早などの主要キャラは全員イケメン男子なのですが、カッコよさよりも”可愛さ”を強調されているのが印象的です。特に日常描写では男子高校生のしょうもないやり取りが繰り広げられ、女子がほぼ不在の中、男子だけの緩い会話劇が展開されます。

 まるで年上のお姉さんが、年下のおバカで可愛い男子たちを眺めるような温かい目線で描かれている作品という印象を受けます。おバカキャラの圭がしつこいくらい「パイ毛!」のギャグを披露し、チームメンバーの間で口論になるとすぐに「うんこ」のワードが出てきたり、交渉手段としてAVをちらつかせたりと、しょうもない下ネタが連発されます。

 ただ、そのしょうもないやり取りをバカにするというよりは、可愛い対象を見守るような優しい視点で表現されています。幼馴染である葉流火と圭のお互いを思い合っている関係性も印象的で、見ようによってはほんのりBLの匂いを感じるところも楽しめるポイントかもしれません。

 葉流火が野球の超名門校を蹴って都立へ進学したのも、すべては圭と一緒に野球をしたいからで、葉流火は事あるごとに「圭と一緒ならいい」とドストレートなやや告白じみた発言をすることも。圭もまんざらではない様子で、2人だけのゆるキュンBL空間が発生します……。

 千早や藤堂など他のキャラとの絡みも、基本的にはライバル同士なので、露骨に好意を伝え合うことはありませんが、互いに悪態を吐きながら実は認め合っているという不器用な愛情表現が繰り広げられます。

 その他ギャグシーンになるとほっぺたを膨らませ『クレヨンしんちゃん』をオマージュしたような可愛らしい作画になるなど、日常描写はとにかく”尊さ”にあふれており、癒されること間違いなしです。

●『忘却バッテリー』のレビュー:『クレヨンしんちゃん』と同じ構造? ギャグとシリアスの振れ幅がえぐい…

 このように尊さ抜群の『忘却バッテリー』ですが、奇しくも先ほど触れた『クレヨンしんちゃん』と似たストーリー構造を持っている作品でもあります。

 「クレしん」と言えば「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」や「嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」など劇場版のクオリティが高いことで有名ですが、これらの名作はいずれも前半が超絶おバカ&下ネタ展開で、後半にそんなおバカなしんのすけが大真面目に頑張るという構成で話が進みます。

 ギャグとシリアスの振れ幅を大きくすることで、観客の心を揺さぶり感動させる手法が取られているのです。また『忘却バッテリー』と同じく、数々のパロディギャグで物議をかもした『銀魂』も基本的には前半のギャグパートを徹底的におバカ&お下品に描き、後半のシリアスパートを圧倒的にかっこよく真面目に表現することで大感動を演出しています。

 そして本作『忘却バッテリー』も前半でおバカ(あるいはパロディ)&お下品なギャグパートを設け、後半に印象がガラッと変わるシリアスパートを用意しており『クレヨンしんちゃん』や『銀魂』と同じストーリー構造を採用していることが分かります。

 ギャグからシリアスへの分岐点となるのが、アニメの第6話です。藤堂の中学時代のトラウマがピックアップされるのですが、それまでの緩さを吹き飛ばす程の深刻なシーンが続きます。

 シリーズ前半で緩いギャグシーンが徹底的に描かれているからこそ、後半のシリアスパートとの凄まじい高低差に感情が揺さぶられ、心がグッと掴まれてしまいます。

 「ギャグがちょっときついな…」と思う方もいるかもしれませんが、6話そして7話には心にしみる大感動が待っているので、できれば6話まで我慢していただきたい…。私も小説や脚本を書いている物書きの端くれなので「6話まで待てなんて、なに甘いこと言ってるんだ」と思う気持ちも分かりますが、それでも6話まで見ることをおすすめします。

 そこまで見れば藤堂の何気ないセリフが伏線だったことも分かりますし、好きなことがトラウマになったり、何かを諦めそうになったり、やり場のない鬱屈を抱えていたりする時には、心に響く内容となっています。今からでもまだ追っかけで見られるので、ぜひチェックしてみてください。