50代からの夫婦関係を考える特集第7回目は引き続き、精神科医・名越康文さんに心理学の観点から、「向き合えない」夫婦の問題を解決する方法を伺います。名越さんいわく「夫婦の問題はタスクを見直せば、たいていうまくいく」のだそう。

たいていの問題は「ワークタスク」の改善で解決!

相手に関心を持ってほしいなら、まず自分から相手に関心を持つことが大切、ということを前回教えていただきました。しかし、この、目の前に横たわっているさまざまな問題はどうしたらいいのでしょう。

  • 家事を負担してほしい
  • 親やお互いの将来(財産の相続・介護など)への不安がある

 不満を抱いている部分を解決に導きたいけれど、一体どうしたら? 名越さんによれば「一つの考え方として、人間関係を次の3つのタスクで考えてみる、という方法がある」とのこと。
 

ワークタスクの問題

  1. ラブ(タスク)=恋人、夫婦、家族など、人間関係の中でも最も感情的に強く結びつく関係
  2. フレンドシップ(タスク)=ごく基本的な人間関係(友人知人含む)、横の関係
  3. ワーク(タスク)=人間関係においてせねばならないこと・課題や仕事

「『愛情が冷めたのでは?』『夫婦間がうまくいかない』 これらの問題をラブ・タスクだと捉えると、なかなかうまくいきません。というのもラブつまり愛といっても人間は決して無償の愛、といった神様や仏様のようなレベルで愛を捉えているわけではないからです。それが正しいとどこかで知ってはいても、やはり自己愛やエゴイズムが顔を出してしまうのが人間の普通のレベルなのではないでしょうか。ですからラブ・タスクで物事を捉えすぎると、怒りや妬みや憎しみといったネガティブな感情が生まれることが常なんです。

ところがそれをワークタスクの問題としてとらえてみると案外うまく行く。家族の毎日生活を実質的に支えているのがワークタスクなんです。互いにわだかまりがあって夫婦関係がうまくいかない理由も、実はワークタスクに課題がある。だからここから見直してみることなんです。
 
家庭の中の問題の大半は具体的に書き出してみると、ワークタスク(仕事や用事)であることがわかります。例えば家事の分担も、介護もお墓も家のリフォームも、これらはみんなワークタスクです。
 
夫婦で共有している課題を一つずつ解決する。タスクの不均衡が不満なら、バランスをとるように話し合って少しずつでも改善をする。ワークタスクの問題が解決すれば、相手への感情もかなり落ち着いてきて整理されて、ラブタスクも整いやすいんです」
 

夫婦でワークタスクを相談するときのポイントは?

夫婦でワークタスクを相談するときのポイントは?

ワークタスクの相談をするときには「なるべく具体的に」がコツだとか。 
 
「この頃病気がちだったから、健康をちゃんと見直すためにヨガをやりたいなと思っているの。だから、一つお願いがあるんだけど。毎週火曜日は、お夕飯を買ってきていただけるとうれしいんですけれど」

「ちょっと腰がつらくなってきたから、お風呂掃除はあなたの担当にしてもらえるととっても助かるんだれけど」と。

活字で書くと何だか愛想がないように見えるかもしれませんが、相手の立場にも配慮しながら、やさしくお願いするように語りかけることが一つのポイントだそう。
 
「〇〇をしたいからと伝えるとき、ポイントはいかにその〇〇に対して『本気か』っていうことなんです。これからの人生、本気でこれをやりたいの。だから負担をかけるかも知れないけれど協力してほしい、と。自分が本気であれば、相手に対しても、自然に敬意が込めやすくなるものです。自分の本気と相手への敬意、があれば物事は進みやすくなります」(名越さん)

そもそもテーブルにつかない夫の場合はどうすればいい?

そもそもテーブルにつかない夫の場合はどうすればいい?

いろいろ相談したいのに、夫が取り合ってくれない、という声も聞かれました。相談したいことは山ほどあるのに、話し合いに応じてくれない。「無関心」でやり過ごしていきたいけれど、どうしても交渉のテーブルにつきたい場合は、どうしたら?
 
「話し合いに応じようとしないのは、その話にのると自分が損をしそうだと感じているから。これは夫婦の問題や男女に関係ない、もっと単純で普遍的な心理です」
 
今まで全部妻が家事をしていたのに、話し合いにのったら、もしかしたら自分の負担が大きくなる、というデメリットを感じ取っているから回避しようとしてしまうと、名越さんは読み解きます。
 
「ですから相手の側のメリットを考える想像力が必要なのかも知れません。この問題を解決するとあなたにメリットがありますよ、と伝えることができればいいですね」
 
メリット……ですか。
 
「それこそ、相手に関心を持って何が相手にとってメリットになるのかを探る、戦略を立てる。そして、自分が伴侶ならどの線なら納得できそうか、と想像してみる。こうすると自分の心にも関心を持つことにもなります。

『ずっと先延ばしにしてきたけど今決着をつけておくと、こんないいことがあるよ』とか、『この方法ならお互いメリットがあると私は思うけど、これじゃ私ばっかり得しすぎかしら?』とか、伝え方を考えることも良いと思います」
 

イラっとしたら心ではなく身体を動かしてみる

イラっとしたら心ではなく身体を動かしてみる

長年けっこう仲良く連れ添った夫婦なのに、最近互いに短気になってキレやすくなったり、ちょっとしたことで口論になることが多いな? と感じておられる方も少なくないようです。その原因は運動不足にあることも多い、と名越さんは指摘します。
 
「有酸素運動が不足すると、自律神経、特に人の心身をリラックスさせてくれる副交感神経が目立って衰えます。すると感情的に不安定になって、ほんの些細なことで怒りっぽくなる。
 
昔話の『桃太郎』にあるでしょ。『おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に』って。ああいう仲睦まじい夫婦を下支えしていたのが日々の生活の中での運動だったのだと思うのです。現代人は昔に比べてやはり圧倒的に運動不足です。それによって副交感神経がのパワーが衰えてイライラしがちになっている。

体を使うことで自律神経は若々しさを保てますし、心身ともにタフになって、お互いにキレにくくなることは実は大いに期待できることです。特に朝のウォーキングや軽い筋トレはお勧めです。夫婦で山歩きなどの趣味を持つのももちろん素晴らしいです。朝から水分と栄養をとって朝日を浴びて散歩することは、鬱の予防にもなるなど、最高の生活習慣として注目されつつあります」
 
運動して自律神経を整えて、イライラは対処。不満があるなら、ワークタスクの不均衡を整えるように対策するという、夫婦問題の解決策は新しい目線ではないでしょうか。
 
「何度も言いますが、これらを知ったからといって、夫婦の関係にわざわざ波風を立たせるような必要はありません。『世間ではこうだから』とか『夫婦だからこうすべき』という道徳とは切り離して考えるのが、心理学です。“怒りの感情”やテレビや新聞といった他者に“押し付けられた考え方”とは関係なく、どうしたら夫婦で互いにハッピーになれるのか、そしてどんな関係性を求めているのかを考えることが初めの一歩です」
 

名越康文さんのプロフィール

なこし・やすふみ 精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は、思春期精神医学、精神療法。臨床に携わる一方で、コメンテーター、映画評論などさまざまな分野で活躍。メールマガジンや動画チャンネル「シークレットトーク」も配信中。