47歳を迎えた今季も現役のレーシングドライバーとして、インディカー・シリーズのインディ500に出走する佐藤琢磨。彼は以前から務めるホンダ・レーシングスクール鈴鹿(HRS)のプリンシパル(校長)職に加え、今年からホンダ・レーシング(HRC)のエグゼクティブ・アドバイザーを務めている。

 今後は自らの知見を活かし、HRCの4輪レース活動に関して多岐に渡って助言をしていくことになる佐藤。HRCと同陣営に所属するチーム、ドライバーとの橋渡し役になることも期待されているようだ。

 ホンダはこれまで、HRS(かつてのSRS/鈴鹿サーキット・レーシングスクール)を通して多くの優秀な若手ドライバーを発掘し、世界に挑戦するチャンスを与えてきた。F1での3位表彰台、インディ500での2回の優勝など世界の舞台で輝かしい実績を積んできた佐藤は、その中でも“最高傑作”のひとりと言って差し支えない。

 ただそんな佐藤も、ホンダからのサポートに頼り切ってレース活動をしてきたわけではない。多くのスポンサーからの支援を取り付けたからこそ、ここまで長くレースキャリアを続けられているのだ。例えば、佐藤のインディカー参戦にあたっては、”ホンダがフルバックアップしている”と思われがちだが、実際はそうではない。佐藤も「インディカーはホンダのバッジでやっていますが、完全にインディビジュアル(個別の)プログラムです」と認める。

 つまるところ、世界の最前線で長きに渡って活躍できるドライバーになるためには、メーカーの支援によってチャンスを掴みつつ、いずれは自らの力で道を切り開いていくことも必要だということだ。佐藤は、レーシングドライバーに必要な多くの人々を惹きつける力を“求心力”と表現し、そういった力を人一倍持ったドライバーを求めていると度々発言している。

「今さら言う必要もありませんが、レースはものすごくお金のかかるスポーツです。一般家庭の経済力では絶対できないです」と佐藤は言う。

「だからこそ、日本国内ではトヨタやホンダがスカラシップで応援しています。(メーカーやスポンサーに)支援したい、一緒にやろうよと思ってもらえるものをドライバー本人が作り上げることを求めていて、そういう選手をずっと待っていますね」

 そういった求心力については、「教えるものではない」と語る佐藤。そのきっかけを与えることはあっても、具体的なアドバイスや強制をすることは、HRCとしてもないという。

 ただ佐藤は、その中で鍵になってくるものとして「熱意と積極性」を挙げる。そして、そういったものを持ち合わせているドライバーの好例が岩佐歩夢だと語った。

 岩佐はSRS-Fを2019年に首席を獲得すると異例ながらも直後に渡欧し、フランスF4に参戦。同シリーズでチャンピオンに輝くと、FIA F3を経てFIA F2で2年間活躍。F1参戦に必要なスーパーライセンスの発給条件を満たし、今季は日本のスーパーフォーミュラに参戦している。角田裕毅に続く次なる日本人F1ドライバーの筆頭候補だ。

「歩夢なんかが良い例ですが、彼は積極性もあるし可愛がられるし、自分を表現できる言葉というツールを持っているので、自分を中心としたチームづくりをやってきましたよね」

 佐藤はそう語る。

「歩夢は小さい時からカートをやっていますが、レーシングカートで欧州選手権や世界選手権を目指すような、いわゆるF1ドライバーに行く王道の環境ではありませんでした。経済力という点でそれは無理だったんですね」

「そうやって苦労してきた分、彼は自分の力を発揮するためにたくさんの人のサポートで成り立っていることを分かっていて、性格的にも可愛がられるタイプ。アピール能力も高いです」

「当時のストラクチャーでは、SRS-Fを卒業してHFDPに引き渡してからは、スクール生とは関わりがなかったんですけど、歩夢は毎回レポートを送ってきたり、そういったことをちゃんとやってきた。気持ちも情も入るし、それに応える結果も残してきたので、みんなが応援してくれる。すごく良いモデルケースだと思いますし、彼の下の若い子達は刺激を受けていると思いますよ」

 そういった才能ある若手ドライバーにチャンスを与えるためにも、HRCはHRSのスカラシップ生を海外に送り込み、できるだけ早い段階から日本とは異なる欧州の文化に触れさせようとしている。もちろん若手に限らず多くのドライバーに海外カテゴリー参戦のチャンスを与えてほしいという声もあるが、潤沢なリソースがあるわけではないことも確か。佐藤も、例えばアメリカのHRC USと手を組むにしても、ビジネス的な側面で双方にメリットがあるような形を作らないといけないと語り、そこにも中長期的な視野で取り組んでいきたいとした。

 また、レッドブルのモータースポーツ・アドバイザーであるヘルムート・マルコのような立場になるのかと尋ねられると、佐藤は「ヘルムートにはなりたくない(笑)。絶対ヤダ!」と笑う。そしてスクールの“校長”とHRCの“相談役”というふたつの役割は立場が大きく違うため、ドライバーに対する接し方も難しいと明かした。

 ただその中でも、若手ドライバーには先ほど挙げた積極性を持って、アドバイスを求めに来て欲しいと語った。

「校長くらいの立場の方がよっぽど良いですね。『もっと頑張れよ!』といったことが言えますから」

「でもこれをHRCのバッジをつけて言うと、『じゃあちゃんとサポートしてくださいよ』という話にもなってきます。そういった話になってくるとすごく複雑ですよね。僕もある意味気持ちをニュートラルにしてお付き合いをしていかないといけません」

「とはいえ、校長という側面も持っていますし、現役のドライバーという側面も持っているので、たまにバッジを替えながら……(笑)。さっきも歩夢とデータを見ながら話したりしました。それで『このドライバーはスクールで良い成績をとってるから、えこひいきされてる』と思われるとアレなので気を付けないといけませんが、そういったところも結局は求心力なんですよね」

「だったら、困った時は来れば良いじゃん、連絡してくれば良いじゃん、と思います。ここ(HRC控え室)だって入っちゃダメって言われてないんだから、ノックして来ればいいんです。(スーパーフォーミュラ開幕戦の週末に)誰か来たかと言われたら、大津(弘樹)くらいしか入って来ないんですよね(笑)。そこはもっとオープンに、自らアンテナ張って情報収集して、パフォーマンスに繋げた方がいいと思います。それをこちらからやれと言うことは絶対ありませんが」

 なお佐藤は5月末にインディ500を控えており、本格的に国内レースに出向くことができるのは、色々と落ち着いた夏〜秋ごろになりそうだという。佐藤アドバイザーの存在は、ホンダ陣営にどのような影響を与えていくだろうか。