高層マンションやオフィス、商業施設に欠かせないエレベーター。だが、そこに潜むマナーや暗黙のルールに、密かに怯えている人は少なくないようだ。エレベーターが苦手という人たちに、そのきっかけとなったエピソードを聞いた。

 わずかな時間とは言え、見知らぬ人と狭い密室に閉じ込められる空間を怖いと感じる人はいるだろう。実際、「エレベーターで見知らぬ男性と2人きりになって怖かった」という女性の声を聞くこともあるが、そう感じるのは女性だけではない。

 都心の企業で働く30代男性・Aさんが語る。

「勤め先のオフィスビルには複数の企業が入っていますが、全体的に女性従業員の割合が高い。タイミングによって満員状態の12人乗りのエレベーターに男性が自分1人ということもあり、通勤時に駆け込みで乗り合わせた時などうっかり『女性専用車両』に乗ってしまったような気まずい空気を感じます。言葉には出さなくとも『混んでるんだから1本はずせ』的な視線を感じますね(苦笑)」

 同様のパターンは集合マンションでもあるようだ。都内在住の40代男性・Bさんが明かす。

「7階建て約40戸が入居するうちのマンションでは過去、エレベーター内でわいせつ事件が起きたことが発端で『1階からエレベーターに乗る場合、女性と男性が2人きりになるのを避ける』という“暗黙のルール”が生まれました」

 Bさんがその“ルール”を知ったのは、引っ越してすぐのことだ。

「もちろん、管理規約に明文化されているわけではありません。ところがある日、住人の女性に続きエレベーターに乗ろうとしたら、鬼のような形相で睨みつけられました。当時は引っ越したばかりでマンション独自のルールを知らなかったのですが、以来、エレベーターホールに女性がいる時は一度やり過ごすか、7階の自宅まで非常階段を使うようになりました」(Bさん)

間違えて「閉」ボタンを押して会長をギロチン状態に…

 マンションによってはこんな不文律も。今春から、横浜市内の賃貸マンションで新生活をスタートした20代女性・Cさんが言う。

「15階建てマンションに2基あるエレベーターの1つは10階以上の高層階専用。9階までのエレベーターは“各駅停車”で、通勤など混雑時は殺伐とした雰囲気でした。3階から乗り込もうとすると、突き刺さるような視線を感じる。どうやら『2階、3階の住人はラッシュ時の下りエレベーター利用を控える』という不文律があるらしく、無用なトラブルを恐れ利用を避けるようになりました」

 オフィスならではのエレベーターの苦労もある。50代男性・Dさんが語る。

「狭いエレベーター内の特有の“気まずさ”は誰でも経験があると思います。操作盤の前に立つ人が『ドアの開け閉めをやれ』という空気感、降りる際の『お先にどうぞ』的なポーズ……。わずか数十秒から1分足らずの上下の移動で、通勤ラッシュなみの気遣いを強いられるのがエレベーターという乗り物です」

 Dさんが続ける。

「役員や社長、会長と同じタイミングで乗り合わせた際の気まずさや緊張感は、半端ではありません。『挨拶だけでなく、何か話しかけたほうが良いか』などと、余計なことを考えてしまいます。

 一度、会長が同じエレベーターに駆け込んで来た際、咄嗟に『<>(開)』ボタンを押したつもりが『><(閉)』ボタンを押し会長を“ギロチン”状態にしたことがあった。毎日のように使っていても、開閉ボタンの操作はどうも慣れなません。いっそのこと「○」「×」表記にしてもらいたい」

 以来、Dさんは「エレベーター恐怖症になってしまいました(苦笑)」という。

 電車やバスなど公共交通機関以上に、密室のエレベーターは「マナー」と「気遣い」が求められる乗り物なのかもしれない。