2023ー24年の期間内(対象:2023年12月〜2024年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。プロレス部門の第5位は、こちら!(初公開日 2024年2月19日/肩書などはすべて当時)。

 昨年3月にデビューしたChi Chi(チーチー)は“ジャイアント馬場の流れを汲む”女子プロレスラーだ。

 所属団体はEvolution。全日本プロレスの諏訪魔と石川修司(今年1月で退団しEvolutionのGMに就任)がプロデュース、コーチを担当する。練習するのは全日本プロレスの道場だ。

「基本、特に受身を重視したプロレスを目指したい」と語っていたのは石川。「馬場さんはご先祖様みたいな存在」と言うChi Chiは「強さを軸にしたプロレスを教わってきました。華やかだったり笑わせたり、いろんなパフォーマンスは後からでもできる。まず強くなることが大事だと」。

 Evolutionは新団体で、Chi Chiはその1期生。全日本直系のプロレスを2人のコーチからみっちり教わった。ボディスラムで投げられる実戦的な受身の練習も、投げ手は諏訪魔と石川。諏訪魔は188cm・120kg、石川は195cm・130kgである。女子の試合ではまずありえない高さとパワーで投げられることで培った“受け”の力は、デビュー戦から発揮された。

デビュー戦で対戦相手が感じたガッツ

 デビュー戦は団体の旗揚げ戦でもあり、新人3人がそれぞれ女子プロレスのトップ選手と対戦。Chi Chiはメインに抜擢され優宇に挑んだ。結果は敗戦。玉砕と言ってよかった。ただ試合後の優宇は、こう言ってデビュー戦の新人を讃えている。

「とにかくガッツがありました。キャリアも体格も差があるのに、最後まで心が折れなかったですから。全日本プロレスの人たちに教わっただけのことはあるのかなと。これからいろんな団体、いろんな相手とやることになると思うんですけど、今持ってるもの、最初に教わったことを大事にしてほしいですね」

 気持ちの強さは本人も「誰にも負けない」と言うほど。Sareeeの自主興行に呼ばれたのも、負けん気が評価されてのことだった。Sareee曰く「タッグを組んでいると、相手に一発やり返してからじゃないとタッチにこないんですよ」。Chi Chiに聞くと、意識してやっているわけではないそうだ。

「自然にというか……だって悔しくないですか、やられっぱなしでタッチするの」

 得意技は諏訪魔に教わった「ルー・テーズ」とChi Chi。ルー・テーズ式の“ヘソで投げる”ひねりを効かせたバックドロップだ。この技で、同期のZONES(ゾネス)に初めて勝利した。系譜でいえばジャンボ鶴田、諏訪魔が使ってきた技をChi Chiが受け継いだことになる。

「私がZONESに勝った全日本プロレスの藤沢大会では、メインで諏訪魔さんもルー・テーズ式バックドロップで勝っていて。諏訪魔さんと比べられるかもしれないからこそ、もっとキレイに投げられるようになりたいです」

張り手の打ち合い「歯ぁ食いしばれ」

 2023年は各団体で多くの新人がデビュー。意識する“同期”がたくさんいる。プロレスリングWAVEの田中きずなはライバルでありタッグパートナーであり「プロレス界で唯一の友だち」だ。

 センダイガールズに乗り込んで同年デビューの丸森レア&YUNAと闘った時には、勝利した後もパートナーのZONESともども殺気立っていた。もっとボコボコにしたかった、ということらしい。

「ドロップキックを受けても倒れないつもりでいたのに、尻もちをついてしまって。情けないし自分に腹が立ちました」

 Sareee興行では田中きずなと組みジャガー横田&アジャコングと対戦。完敗を喫したが「明日にでも闘ってやり返したい」と、ここでも負けん気を見せた。

 同じEvolutionのサニーは引退してレフェリーに転向したが、ZONESとの切磋琢磨は続いている。昨年末はセンダイガールズの新人トーナメント準決勝でも当たり、敗れたものの激しい攻防を展開した。張り手の打ち合いの中でChi Chiが「歯ぁ食いしばれ」と言い放った場面は試合のハイライト。意地と殺気はそれこそ新人レベルではなかった。ビジュアルとのギャップがあるから、余計に「怖っ!」となる。

 3月27日のEvolution1周年記念大会ではChi ChiとZONESのライバル対決が決定(レフェリーはサニーが務める)。重要な一戦だが「ZONESはビビってるはず。練習も一緒だからこそ、見ていて力が分かるはずなので。本当はやりたくないんじゃないかな」と、Chi Chiはあくまで強気だ。

「バービー人形になりたいんです」

 ブロンドの髪やピンクのコスチュームはバービー人形をモチーフにしたもの。レスラーとしての目標はと聞くと「バービー人形になりたいんです」と言う。バービー人形のように、というだけでなく具体的に人形になることが目標だ。

「世界的に活躍した人をバービー人形にする“ロールモデル”というシリーズがあるんです。エリザベス女王やマライア・キャリー、テニスの大坂なおみ選手も。プロレスを始めたのは知り合いのツテで誘われたのがきっかけなんですけど“活躍したらバービーになれるかも”という気持ちもありました。バービーを販売しているマテル社はWWEのフィギュアも出してるんですけど、私はそっちじゃなくてバービーになりたい(笑)」

 子供の頃、親に初めて買ってもらった人形がバービーだった。10代後半になると、その魅力が“かわいさ”だけでないことに気づく。

「思春期になってバービーを買わなくなった時期もあったんですよ。大人ぶりたいというか(笑)。洋服も、本当はピンクが好きなのに水色のものを着たり。でもずっとバービーが好きな人が世界中にいることを知って。バービーが好きすぎてアメリカに移住して、バービーのグッズに囲まれて暮らしてるアズサバービーさんというYouTuberもいるんです。

 そういう人たちを見て“大人になってもバービーが好きでいいんだ、ピンクが好きでいいんだ”って。16歳の頃ですね。バービーのテーマは“YOU CAN BE ANYTHING”。あなたは何にでもなれるし、何かになろうとするのに遅すぎることはないっていうメッセージが凄く好きですね。私もプロレスラーになろうと思って、実際なれました」

プロレス入門前は通訳をしていた過去も

 バービーに背中を押されてプロレスラーになったのは彼女くらいかもしれない。Evolutionに入門する前は、ある団体競技の世界で外国人選手の通訳やエージェントをしていた。ワーキングホリデーで英語を学んでいる時に縁ができたという。

「チーム付の通訳もエージェントも会社員ではないので不安定ではあるんですよ。どっちにしろ実力本位でチャレンジする人生だから、プロレスラーを目指す気になったのかもしれないです。選手ではないけどトップアスリートの世界を見てきたので、プロレスの練習生になってからも“痛いのは当たり前、厳しいのは当たり前”という感覚でしたね」

 他競技と比べてプロレス界はどう見えるか。そう聞くと「ちょっと古い感じがします」とChi Chi。

「たとえば、プロレス団体にはフィジカル担当の専任コーチがいないのかなって。マッサージやリハビリ担当のメディカルスタッフも。団体によるんですかね。こんなに体を酷使するジャンルはないのに不思議ですよね」

“闘うバービー人形”が向き合うもの

 まだキャリアは浅いが、自分が気づいたことは発言しようと思っているという。

「プロレス界がそんなに縦社会だとは思わないですけど、私は“横社会”が好きなので(笑)。キャリアが浅いと発言権すらないの? という疑問もあります」

 チームスポーツではルーキーがチームの中心として活躍することもあるし、Chi Chiが関わったチームではミーティングでも積極的な発言が求められていた。チームのためになる意見にキャリアは関係ないというわけだ。他競技の世界を知るChi Chiが試合以外でも目立ち、影響力を持つことはプロレス界にとって重要なことだろう。

 “闘うバービー人形”がプロレスデビューした2023年には、奇しくも映画『バービー』が大ヒットした。バービーという架空の存在を通して、男性社会の問題点や人間らしさとは何かを考えさせる傑作だ。あくまでカラフルにチャーミングに古さが残る世界と向き合う。そういう意味では、プロレス界におけるChi Chiの存在自体がバービーのようだと言えるのかもしれない。

文=橋本宗洋

photograph by Norihiro Hashimoto