2023ー24年の期間内(対象:2023年12月〜2024年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。プロレス部門の第3位は、こちら!(初公開日 2023年12月6日/肩書などはすべて当時)。
2023年のマット界で印象的な出来事の一つは、多くの女子選手がデビューしたことだ。これは女子プロレスというジャンルの成長(復興)ぶりを象徴していると言ってもいいだろう。
センダイガールズ主催、キャリア3年までの選手が対象となる「じゃじゃ馬トーナメント」では、参戦8人中7人が今年デビュー。アイスリボンでは、芦田美歩がデビュー2カ月あまりでシングル王座に挑戦した。
業界最大手のスターダムにも“2023年組”が12月25日デビューの2人を含め5人いる。とりわけ目立っているのがHANAKO。身長181cm、先輩のレディ・Cを抜いて日本現役最高身長の女子プロレスラーだ。
3月のデビュー戦の時点から、HANAKOに注目していたというプロレス通もいるだろう。実はデビュー以前から、プロのリングに上がっていたのだ。異例かつ破格のルーキーと言っていい。
中学では吹奏楽部、高校ではバレー部のマネジャー
出身は京都。プロレスを初めて生で見たのは高校時代だった。知り合いに誘われて行った地元のイベント『京都カス野郎プロレス』だ。何度も通ううちに他の団体も見始めた。世の中に学生プロレスというものがあると知ったのもその頃だった。
「いとこが立命館大学で、学祭に行ったらやってたんです」
立命館の学生プロレスといえば、棚橋弘至らを輩出した“名門”だ。HANAKO自身は東京の大学に進学。最初はちょっと怖かったが、夏にインカレの学生プロレスサークルに入った。
「大学ではプロレスの話ができる仲間ができたらいいなって思ってたんです。入ったきっかけはツイッター。合宿の様子を見て楽しそうだなって」
最初はマネジャーなど裏方をやるつもりで、試合をする気はまるでなかったそうだ。でも先輩たちがスパーリングしている姿を見ているうちに、自分もリングに立ちたくなった。長身ということもあり、周りも「絶対やったほうがいいよ」と勧めてくる。
「うまくできるかどうかはともかく、今しかできないことだからやってみようかなって思うようになりました」
コロナ禍で合同練習もままならない時期があり、デビューまでは時間がかかった。中学は吹奏楽部、高校ではバレー部だったがマネジャー中心の活動。運動には自信がなかった。大会数もそれまでに比べると減ったようだ。それでもリングで試合をするのは楽しかった。シリアスな試合もコミカルな試合も、とにかく観客からの反応が嬉しかったという。
「自分がやることで見る人が喜んだり笑ったりしてくれるというのは凄いことだなと」
学生レスラーながらプロのリングに
学プロ特有の文化、サイテーかつ最高にセンスのいいリングネームも先輩からもらった。直球の下ネタなので、ここでは仮に「Fりさ」としておく。女子のトップ選手、世羅りさのパロディだ。
世羅は所属団体をやめ、昨年からユニット「プロミネンス」でさまざまな団体に出場。自主興行も開催してきた。学プロ仲間と撤収などの手伝いに行ったことがきっかけで、Fりさは世羅りさと知り合うことになる。そしてプロミネンス興行出場のオファーがきた。
自分の名前にあやかった学生と縁ができたのだから、試合もしてみようじゃないかと世羅は思った。昨年夏、いきなりのシングル対決だった。
「もう緊張しすぎて何も覚えてないです。楽しかったということだけ記憶に残ってます」
HANAKOはそう振り返る。だが世羅りさによると、なかなかの強心臓だったらしい。
「学生プロレスラーがプロのリングに上がって試合。しかもシングル。ビビって当然だと思うんですけど、いざゴングが鳴ったらまったく遠慮がなかった。こっちが驚きました」
どこまで全力を出していいのか…という悩みも
プロのリングに上がることに戸惑いも不安もあった。「他に力のある学生プロレスラーもいるのに、なんで私?」と。とはいえ定期的に参戦し、男女問わずさまざまな選手と対戦するのは得難い経験としか言いようがなかった。当時のプロミネンスには、現在HANAKOと同じスターダムのトップ戦線で活躍する鈴季すずもいた。
体が大きい人間は、逆に気後れしがちになるところがある。学生時代のHANAKOもそうで、リング上での力の加減、どこまで全力を出していいのかが分からなかった。
そんなHANAKOに「なんにも遠慮しなくていいからね」と言ってくれたのがプロミネンスの面々だった。試合前後など、技術的なアドバイスもしてくれたという。
「親は内定もらった時より喜んでました(笑)」
大学4年生、就職活動に励み、内定をもらった企業もあった。食べたり料理をするのが以前から好きで、食品業界志望だった。けれどどんどんプロレスが好きになっていく。「今しかできない」と学生プロレスラーになったが、学生時代でプロレスを終わりにしたくないと思うようになっていた。
「一度きりの人生だから、挑戦できることはやっておきたい」
そんな気持ちで本物のプロレスラーになることを決意する。入門したのは、業界最大手のスターダム。
「親は内定もらった時より喜んでました(笑)」
プロレスはプロレスでも、学生プロレスと“プロのプロレス”には大きな違いがあった。
「基礎をしっかりやるというところから違いました。学生プロレスでもマット運動だったり受身だったり基礎を大事にしてたんですけど、プロは“基礎を大事にする”のレベルが違うんです。先輩からも“基礎がないと後々ダメになるよ”と言われてます」
シンプルだが迫力がある。まさに“大器”
デビュー戦ではレディ・Cと長身タッグを組み、舞華&ひめかと対戦。こちらも大型選手のチームだ。敗れたHANAKOだが、引退が決まっていたひめかから得意技のJPコースターを譲り受けた。期待の表れだ。
「デカいというのは本当に素晴らしいこと。その素晴らしさに誇りをもって、これからスターダムを盛り上げて」
ひめかからはそんなエールをもらった。さらに試合後のリングではレディ・Cと若手主体興行New Bloodのタッグ王座に挑戦表明。デビュー直後のタイトルマッチ決定は異例だ。
学プロ時代から得意にしていたブーツ(フロントハイキック)に加えアルゼンチン・バックブリーカー、ブレーンバスターなど体格を活かした攻撃が目立つ。走り込んで勢いよく放つショルダータックルも、シンプルだが迫力がある。まさに“大器”といった雰囲気だ。
タイトルマッチはギブアップ負けだったが…
夏のシングルリーグ戦への出場は叶わなかったものの、秋に開催されたタッグリーグには飯田沙耶と組んでエントリー。また11月にはNew Blood大阪大会で新人王座フューチャー・オブ・スターダムに挑戦した。
大阪でのNew Blood初開催にあたり、チャンピオンの吏南が関西出身の挑戦者を求めたのだ。若手の中で関西出身は天咲光由とHANAKOの2人(ともに京都生まれ)。いち早く名乗りをあげたのがHANAKOだった。リング上での挑戦アピールは勢いがありすぎて、今ひとつ観客に届かなかった。
「リングを降りたら“マイクはゆっくり、区切りながらしゃべらないと聞き取りにくいよ”って先輩に教わりました」
それもまた経験だ。タイトルマッチではギブアップ負け。ただメインイベントでシングルのタイトルマッチができたことはキャリアの中で大きな出来事だったはずだ。
「新人の中でも一つ抜けて引っ張れる存在に」
タイトル挑戦は自分のためだけではなかった。現在、同期がケガでリングから遠ざかっている。フューチャー王座挑戦の日にもう1人の新人・弓月がデビューしたが、それまでは巡業になると新人が1人という状況。だからこそ「自分がやらなければ」という気持ちになった。
「ベルトを巻いて、同期に“頑張ってるよ”っていうところを見せたかったですし、新人の中でも一つ抜けて引っ張れる存在になれたらと思ってたんですけど。勢いで挑戦しても通用しなかった。もっと力をつけなきゃいけないですね。具体的には、やっぱり技の精度だと思います」
デビュー戦でもらったJPコースターという大事な技がある。なのになかなか勝利につながらない。自分にもどかしさを感じるとも語っていた。欠場者が増えてもなお層が厚いスターダムでは、新人はそう簡単に活躍させてもらえない。けれども現状に甘んじているわけにもいかない。
「デカいだけじゃない選手になりたい」
タッグリーグでは、プロミネンスの世羅りさ&柊くるみとの“再会”もあった。この試合での敗戦はとりわけショックだったという。さすがにそんなはずはないのだが「自分は何も成長していないんじゃないか」という思いにさせられた。
学生時代、プロミネンスの興行に出させてもらった試合と、プロ同士として当たった今回とでは何もかもが違った。世羅とくるみはスターダムに乗り込んできた立場だ。すでにHANAKOは“敵”だったのだろう。
「プロミネンス興行では、闘いながら自分がやることを受け止めてもらってたんだなと思います。でも今回はそうじゃなかったですね。最初からボコボコにされて削られて、技が何も決まらなかった」
それにしたって不思議な経験ではないか。学生として対戦したプロ選手と、自分がプロになってまた闘う。そのことでプロの厳しさをあらためて知る。HANAKOにしかできない経験だったのは間違いない。
「デカさを活かしながら、デカいだけじゃない選手になりたいです」
学生プロレスラー時代から言っていた。今はそうなるための助走期間のようなものだ。デビュー初年度、まだ何も成し遂げていない。
けれどHANAKOは、普通の新人がどれだけ望んでも得られない独自の背景を持っている。“デビュー前の学生時代からプロのリングに上がっていたルーキー”は、これからその背景にどんな物語を書き加えていくのだろうか。
文=橋本宗洋
photograph by Norihiro Hashimoto