「楽しみですね」

 故郷の秋田で5月8日に行われる2年ぶりの凱旋試合を、吉田輝星は心待ちにしていた。

「久しぶりに秋田に行けるので、知り合いの人に会ったり、そういう楽しみもあります。今季はいい場面でマウンドに行かせてもらっているので、マウンドに上がったら勝手に気持ちは入りますけど、そこはやっぱり(秋田では)いつもよりバチッと入ってくるとは思うので、その入ったスイッチ通りに投げられればいいかなと思います」

ヒーローの凱旋

 6年前の夏、金足農高のエースとして甲子園準優勝の原動力となり、日本中に“金農旋風”を巻き起こした。同じ秋田県出身の小木田敦也が「秋田県民で知らない人はいない」と言う存在だ。

 前回の凱旋登板は、日本ハムにいた2022年6月21日。この時は先発だった。

「あの時はまだ3回目の先発で。4回まで完璧なピッチングしてたんですけど、5イニング目に打たれた。今年は完全にリリーフなので、対戦する3人に短期集中というか。とりあえず抑えられれば」

 言葉にはどことなく自信が漂う。一歩一歩、その根拠となる登板を重ねてきたからだ。

キャンプからの取り組み

 昨年はわずか3試合の登板に終わり、オフに黒木優太とのトレードでオリックスに移籍した。キャンプ中から中垣征一郎巡回ヘッドコーチやブルペン担当の厚澤和幸投手コーチのもと、体の使い方やフォームを見直し、オープン戦で好投を続けて開幕一軍入り。開幕後も結果を積み重ね、勝ち試合でのリリーフを任されることが多くなった。

 吉田の代名詞である伸びのあるストレートが復活しつつあり、制球力も向上している。

「まっすぐの状態はまだ納得いくところまでは来ていないですけど、質は変わったかなと思います。例年より球速は遅くても、三振や空振りが多い。バッターの反応は去年までと違うなと感じます。厳しいところにいったら見逃してくれるし、今までだったら気持ちよくスイングされていた場面でも、振り切れずに、差し込んだファールになったり」

 変化球の感覚もよくなっている。

「カーブは久しぶりに投げ始めたんですけど、例年よりとんでもなくストライク率が高いし、困った時にシュートで刺したり、選択肢が増えているのはすごくいいかなと思います。その活かし方を、自分でもう一回理解しきらないといけないんですけどね。スライダーとかフォーク、チェンジアップ、ツーシームといった球種もコントロールはよくなっていると思う。キャンプで覚えたばかりのフォームなのでまだ波もある中、修正方法を最近少しずつわかってきたような気がします」

伸び代は「まだまだある」

 日本ハム時代の吉田も知る厚澤コーチは「天井はまだ見えていない」と話す。

「今すでに戦力として戦ってくれていて、勝ちのところの6、7回とかにも行っているけど、まだまだ伸びしろがあると思わせてくれるピッチャー。抑えて、あ、十分だなと思うこともあるんですが、彼独特の『まだ完成していないな』というところがあります。

 何より、根っからの“野球小僧”なんですよね。投げるの大好き、野球大好きというのが一番にある。野球なので打たれることは絶対あって、ずっと0ということはないんですけど、やられても、次の試合は絶対抑えている。失点した次の試合ですごい力を発揮するタイプ。そういう、“根性”とはあまり言いたくないけども、“反骨心”というのかな。非常に強いものを持っています」

 一方で、ある課題が見えてきた。日本ハムとの対戦である。

苦しんだ古巣との対戦

 古巣との初対戦は、京セラドーム大阪で行われた4月13日の試合。それまでは5試合に登板し被安打、失点ともにわずかに1だった。しかしその日は5点リードの9回表にマウンドに上がると、石井一成に二塁打を打たれ、2死から伏見寅威のタイムリーで1点を返された。郡司裕也にもヒットを許したところで平野佳寿に交代となった。

 二度目の対戦はエスコンフィールドでの初登板となった4月27日。0-5とリードされていた8回裏に登板し、4点を奪われた。古巣と対戦する難しさが表れた結果。一度目で半信半疑だった首脳陣も、二度目の登板で確信した。

「もう投げさせんよ(苦笑)」と厚澤コーチ。

 それは冗談だが、こう続けた。

「古巣に対してピッチャーは力を発揮するタイプと、あまり発揮しないタイプに分かれるんです。(昨オフ日本ハムを戦力外となりオリックスに加入した)井口和朋は発揮するタイプ。吉田輝星は、今のところ発揮していない。その再確認をしました。調子はいいですよ。ハム戦の失点を省いた防御率、出してみてください」

「トレードで来た子は必ず通る道」

 4月27日の4失点で防御率は6.75に跳ね上がったが、日本ハム戦を除いた防御率は1点台だ。

「優しすぎるんです、吉田輝星。他の球団に投げている時のピッチングスタイルじゃなくなっているから。それは、インコースに(打者に)当たってもいいボールを投げろとか、そういう意味じゃない。いつも他のチームに対しては、バッターをやっつけること、打ち取ることだけに集中してやっているんだけど、そこが(日本ハム戦は)できていないように見える。

 でもそれは輝星だけじゃないし、輝星が悪いというわけではなくて、言わないだけで得意苦手はみんなあって、我々はそういうのを踏まえて組み立てています。でもやられて損するのは輝星なので、そこを克服できるように、僕らもいろいろ策を練って背中を押そうと思っています。トレードで来た子は必ず通る道なので」

 吉田自身は、古巣相手のやりづらさや特別な意識は「まったくない」と言う。

 4月27日の試合では、同い年で同期入団の万波中正、田宮裕涼(ゆあ)と移籍後初めて対戦した。

万波、田宮との対戦

 万波に対しては、最初にカーブを2球続けて追い込んだが、その後フルカウントとなり、最後は外角のカーブが外れて四球。2死満塁となり、4番アリエル・マルティネスに2点適時打を許した。

 5番田宮に対しては、7球ストレートを続けた後、変化球を捉えられて左中間に運ばれ2点を追加された。

 吉田は2人との対戦をこう振り返った。

「マンチュウ(万波)との対戦は、うーん……いや、楽しかったですよ。2人とも楽しかったです。でも状態がよければ(万波への)最後の球はまっすぐとかで行ったと思います。ユアのは、もうあいつの超ホットゾーンに球が行ってしまったので。

 でも(自分の)調子よくないなと思っていたけど、あんなに調子がよくて、全部弾けているユアでも(ストレートが)ファールになっていたので、そこは僕の感覚とのギャップも多少あったのかなと。あの試合に関しては自分が『調子悪い』と思ってしまって、自分で自分を追い込んでいるような感じでした」

「優しすぎる」との指摘に…

 現状は吉田自身も理解している。

「ファイターズ以外(防御率が)1点台ですからね。そこはやっぱり心の持ち方とか、変えていかないといけない。まったく意識してないですけど、逆に意識したほうがいいのかもしれないし……」

 厚澤コーチからは直接「優しすぎる」と言われた。

「よく言われるんですけど、そんなことないっす。僕はマンチュウにデッドボール当てても、勝負だからしょうがないと思ってるので。当てちゃまずいなとか、インコース行きづらいなとかは、まったくないですね。そこは勝負なんで。相手も、打つのかわいそうだなとか、そんなんありえないんで。

 逆にここからは、ファイターズ防御率だけ一番いいっていうふうに、絶対抑えこんでやります。それは前にいたチームだからじゃなくて、1回ガツンとやられたんで、しっかりやり返したいなと」

 表情が変わった。

 生粋の“野球小僧”に、火がついたようだ。

文=米虫紀子

photograph by Hideki Sugiyama