これまで常勝のメガクラブというわけではなかったレバークーゼンは、なぜブンデスリーガや国内カップ戦、ヨーロッパリーグ(EL)で「51戦連続無敗」という偉業を成し遂げたのか。様々な角度から掘り下げる。(全3回/第1回から)
レバークーゼンはなぜ、アディショナルタイムに驚異的なペースでゴールを決めるのか。
無敗記録を51まで伸ばした今シーズンのレバークーゼンの躍進を振り返るとき、避けては通れない偉業が本稿のテーマだ。その秘密を探ることはすなわち、シャビ・アロンソ監督の長所を理解することになる。
今シーズンのレバークーゼンのアィショナルタイムのゴール数は、公式戦52試合で17ゴール、リーグ戦34試合で8ゴールを記録している。
アディショナルタイムに強い《3つのキーワード》
興味深いのは、リーグ戦でのアディショナルタイムのゴール数がもたらした絶大な効果だ。まず、今シーズンのリーグ戦上位3チームの勝点差を見てもらいたい。
1位 レバークーゼン:勝点90
2位 シュツットガルト:勝点差17(勝点73)
3位 バイエルン:勝点差18(勝点72)
では、もしもアディショナルタイムのゴール(失点含む)をのぞいて90分までのゴールだけで勝ち点を計算したらどうなるのか。
1位 レバークーゼン:勝点81
2位 シュツットガルト:勝点差7(勝点74)
3位 バイエルン:勝点差9(勝点72)
レバークーゼンは、シュツットガルトとの勝点を10、バイエルンとは9も引き離す形になった。
これほどまでの成果が出た背景には戦術面での要因もあるが、本稿ではマインド面を軸とした《3つのキーワード》を論じたい。
ディフェンスラインのリーダーのターは、アロンソ就任まではドイツ代表の当落線上にいたが、現在はドイツ代表のキーマンとなっている。彼は終盤での強さをこう話す。
「『メンタリティ』、『チームワーク』、『ハングリー精神』があるから、どんな試合でも僕らはあきらめないのさ」
3つのキーワードを検証していこう。
監督が培った「勝者のメンタリティ」が
まずは1つ目、メンタリティについて。
31歳の新加入選手として、チームの精神的なリーダーとして君臨したジャカ(*詳しくは第1回を参照)は言う。
「人々はきっと、幸運だったからアディショナルタイムにゴールを決められると言うだろう。だけど、これだけ多く決めているんだ、幸運なわけがないよ。試合終了のホイッスルが鳴るまで自分たちを信じ続けているからだし、言語化できないような『メンタリティ』をそういうところで示めそうとしているんだ」
そのジャカと中盤の底でコンビを組むことが多いのが、アンドリッヒだ。
昨シーズンからアロンソの元で成長し、ドイツ代表入りを果たした中盤のダイナモだが、技術的にというよりも、メンタル的に成長させてもらったと証言する。
「シャビは、僕のメンタリティを成長させてくれた。今はピッチで何が起ころうとも、自分を見失わなくなった。僕はかつては感情的になりすぎていた。でも、それをコントロールするために本当に助けてくれたんだ」
そして、彼はそれらの根源にあるのが、アロンソのキャリアにあると考えている。
「監督が培ってきた経験や勝者の『メンタリティ』がもたらされたんじゃないかな」
アロンソがレアル・マドリーで勝者のメンタリティを培ったことに異論の余地はないだろう。
そして、リバプール時代にはCL決勝で「イスタンブールの奇跡」を起こしている。ACミラン相手に前半0−3とされながら、3−3に追いつきPK戦を制して頂点にたった伝説の一戦だ。そうしたアロンソのメンタリティが植えつけられたという意見はドイツメディアの多くが指摘している。
「いくつかのグループ」に分かれていたチームが…
2つ目はチームワーク。FWのシックはこう話す。
「アディショナルタイムのゴールの数々は決して偶然ではない。信じられないレベルにあるチームスピリットのおかげだ」
2020年にチームにやってきた、チェコ人ストライカーはこう話す。
「俺がチームに加わってからの最初の数シーズン、ロッカールームはいくつかのグループに分かれていた。ヨーロッパ出身組、アフリカ出身組、南米出身組という感じでね。それは本当に良くないことだし、そういう状況はピッチにも(悪影響として)表れていた。しかし、今シーズンはそんなことはない。俺が加入してから最高のチームになっているし、それが結果に表れているんだ」
彼の言葉を象徴する出来事はいくつもある。
例えば、ブレーメンに勝ってリーグ優勝を決めたあと、ドイツ人のヴィルツは、アフリカ出身の選手と食事を共にしていた。
ガーナとオランダにルーツを持つフリンポンはチームの架け橋となっている。
アメリカのスポーツでは一般的な優勝記念リングを自費で発注し、リーグ戦最終節後にチームメイトにプレゼントした。優勝を決めた直後にはチームのお目付役である30歳のスイス代表ジャカに対しても「アーセナルから移籍してきて、ついに優勝できたんだぞ!」と手荒な祝福を見せた。さらに、試合前のエスコートキッズのなかにアロンソ監督の娘がいるのを知ると、彼女の緊張を和らげるかのように優しく手を取ってピッチへと出て行った。
今シーズンのレバークーゼンは22カ国の選手たちで構成され、ブンデスリーガで最も多い。たいていの場合はチームがまとまりづらいファクターとなりがちだが、今のレバークーゼンは逆に、リーグで最もまとまっているチームとなった。
僕たちは決してあきらめないんだ
そして3つ目、ハングリー精神だ。
第1回で書いたように「ハングリー精神」をもたらした筆頭が、31歳にして、初タイトルをとったホフマンだが、彼だけではない。
バイエルンユースの出身ながら、レバークーゼンにレンタル移籍中のDFスタニシッチがその証言者だ。リーグでもELでもアディショナルタイムのゴールで救ってきたスタニシッチは言う。
「優勝を決めたら多くのチームが『これで十分だ』と満足してしまうかもしれない。だけど、僕らにとってはそんなケースは当てはまらない。僕たちは決してあきらめないんだ」
選手たちはみんな、監督のことが好きだよ
また、ジャカもこう語っている。
「1つゴールを決めたら、さらにゴールを決めたいと僕らは思うんだ」
若い選手がハングリーであるのはよくわかる。しかしそれ以上に、クラブに招かれたベテラン選手が「ハングリー精神」にあふれていたというのが、今シーズンの強さの象徴だろう。
上記した3つの要素は、決して目には見えない。戦術ボードで現すことはできないし、練習グラウンドでアロンソが見本を提示することもできない。
では何故、そうしたものを身につけることができたのか。
その答えを知っているのが、スタニシッチだ。来シーズンはバイエルン復帰が既定路線と思われていたが、彼は今レバークーゼンへの残留を望んでいるという。アロンソの指導を受け続けたいと望むスタニシッチの答えに全てがつまっている。
「選手たちはみんな、監督のことが好きだよ。だって、アロンソは常に120%の『情熱』を捧げてくれるんだから!」
愛弟子の語る「情熱」というキーワードにアロンソの本質が隠されているのではないだろうか。
ペップの下でプレーしたいからこそのバイエルン移籍
思い出すのはアロンソが現役時代、最後の移籍を決断したときのエピソードだ。
リバプールやマドリーで数々のタイトルを手にしてきたアロンソが現役最後に選んだのがバイエルンだった。あのペップこと、グアルディオラが指揮していた時期のことだ。
ドイツ人ジャーナリストたちは当時、好き勝手にこんな予想を立てていた。
「ドイツのチームでは思うようなサッカーが実現できないからこそ、スペイン流のパスサッカーができるアロンソの獲得を“ペップが”望んだということだろう」
しかし、これは真実ではない。ペップが3年間で獲得を熱望し、それを実現してもらったのはアルカンタラだけだという。
むしろ、この移籍を望んだのは、アロンソの方だった。
アロンソは現役引退後に、キャリアを締めくくる場所としてペップが指揮するバイエルンを望んだ理由を明かしている。
「グアルディオラは監督として、いつまでも『情熱』を持ち続けているように感じていた。だからこそ、その秘密がどこにあるのかを彼から学びたかったんだ」
スタニシッチによる「アロンソは常に120%の『情熱』を捧げてくれる」という言葉は、アロンソがグアルディオラの情熱を学ぼうとした意義を感じさせる。
アロンソは選手時代の能力が高く、チームの心臓として活躍してきた。だからこそ、戦術眼を武器にした指揮官だと見られがちなところがありう。
ただ、パーソナリティと情熱も秘めた指揮官である。だから、ヨーロッパのトップリーグ最多の51戦無敗という記録を成し遂げたのだ。
EL決勝敗戦のショックを感じさせない今季2冠目
5月25日、ドイツの首都ベルリンでドイツ杯決勝が行われた。相手は2部のカイザースラウテルンだ。簡単な試合になると思われていた。
しかし、3日前のEL決勝の敗戦のショックがあるのか、レバークーゼンは思うような戦いができなかった。16分にジャカによる先制ゴールこそ生まれたものの、前半終了間際にはDFコスヌが退場を命じられてしまう。すると、アロンソはハーフタイムにシックとホフマンという2人のFWに代え、DFスタニシッチとFWアドリを投入した。
「あの交代をするのは困難な瞬間だったし、大きなチャレンジだった。でも、選手たちはそこからとても良い仕事をしてくれた。あれは、今シーズンがいかに上手く進み、選手たちが忍耐力を示してくれた良い例だった思う」
結局、チームは1点を守りきり、泥臭く勝利をつかんだ。ドイツ国内では1年間負けることなく、2冠は達成された。
敵将が「本当に嬉しいことだ」と感謝したワケ
そんな試合後、実は素敵なシーンがあった。
レバークーゼンのサポーターが、2部のチームをドイツ杯決勝にまで導いた、大ベテラン監督であるフンケルへのエールを込めた大きな拍手を歌ったのだ。
そのときは気がつかなかったというフンケルは、レバークーゼンサポーターからのエースについて試合後の記者会見で聞かされると、敗戦の将にはにつかわしくない笑顔を見せたという。
「ピッチでは聞き取れなかったんだけど、それは本当に嬉しいことだ。予想すらしていなかったからこそ、普通で考えられないくらい素晴らしいことだね。その話は私が決勝までこられた喜びを、一層大きなものにしてくれたよ」
ドイツ杯優勝は、他の2つのコンペティションと比べて、注目度は低かったかもしれない。しかし、アロンソ監督が作り上げたチームによる素晴らしいシーズンの最後をしめくくるのにふさわしい出来事にあふれていた。
アロンソたちが作り上げた補強の新方針の象徴であるジャカが決勝ゴールを決めた。
圧倒的な攻撃力ではなく、アロンソの求める忍耐力で最後を締めくくった。
そして、たびたび評価されてきたアロンソのパーソナリティが乗り移ったかのようなサポーターたちの振る舞いがあった。
後世に残るような数々の記録を打ち立てたシーズン締めくくったのは、後世まで記憶に残るような試合だった。
文=ミムラユウスケ
photograph by Alexander Hassenstein/Getty Images