障がい者雇用支援の一つとして注目されている、貸し農園で働いている障がい者の約8割が「農園で働き続けたい」「現在の仕事に満足している」などと答えていることが分かった。総合人材サービスのエスプール(東証プライム市場2471)のグループ会社で、障がい者雇用の支援事業を展開するエスプールプラス(東京、和田一紀社長執行役員)が昨年、自社が運営する「わーくはぴねす農園」に勤務する障がい者にアンケートを実施した。

 エスプールプラスは、「一人でも多くの障がい者雇用を創出し、社会に貢献する」との企業理念を掲げ、知的障がい者の一般就労を可能とする、企業向けの貸し農園事業を2010年から開始。今年6月に東京都立川市に50番目の農園をスタートさせ、現在計約4000人の障がい者が働いている。

 障がい者の雇用支援をめぐっては、さまざまな意見があるものの、就労している障がい者本人の意識が明らかになるのは珍しいという。同社の貸し農園事業に利用しているサービス事業社の担当者は「予想以上に(障がい者の人たちが)やりがいを持って働いていることが分かり、安心した」と感想を述べている。

▽「運営に改善すべき点がある」

 アンケートは2023年6月5〜12日、エスプールプラスの貸し農園で働いている知的障がい者2884人を対象にウェブまたは書面でアンケートを実施、2166人が回答した(回答率75.1%)。

 それによると、「農園で働き続けたいですか?」との問いに、「はい」が1704人で78.7%を占めた。これに対し、「いいえ」は116人で5.4%だった。「はい」と答えた障がい者からは、「今の仕事が自分に合っていると思います。定年まで働けたらいいなと思います」「同僚と仲良くなれたのがすごく良かった。末永く農園で働いていきたいと思う」「会社の方に『野菜おいしいよ』とほめられたことがうれしかったです。病気に負けないようにしてこのままずっと農園で頑張りたいです」などのコメントが寄せられた。

 一方、「いいえ」と回答した116人に対し、「これからどうしたいですか」(複数回答)と尋ねたところ、「農園で働くことを辞めて、ほかの仕事を探したい」や「今働いている会社で、農園以外のほかの仕事にチャレンジしたい」などの意向が示された。

 また、「農園で働くことに満足しているか」では、77.1%が「はい」と回答。「いいえ」は5.4%。自由コメント欄には、「野菜が育っていくのを見て、頑張った成果が実感できることがうれしい」「(自分が所属する企業の)本社へ1カ月に1回行って野菜の販売会で配ると、みんな喜んでくれる」などとのコメントがあり、仕事に満足している様子がうかがえた。

 貸し農園で働く前の就労経験を聞くと(複数回答)、「福祉施設に通っていた」(就労移行支援事業所、A型事業所、B型事業所など)が63.5%を占める一方で、「一般企業に勤めていた」は26.0%にとどまる結果だった。農園での仕事が一般就労の大きな選択肢になっているといえるだろう。「この農園で働こうと最後に選んだのはだれか」の問いに対しては、81.9%が「自分」と答えた。

 今回のアンケート結果について和田社長は「多くの方が農園での就労に満足していると回答いただき、うれしく思います。ただ、『働き続けたくない』と回答された方も一部におられ、当社としても農園の運営に関し改善すべき点があると考えています。今回、寄せられた貴重な意見を基に、日々改善、精進していきたい」とコメントしている。

▽50番目の農園オープン

 「障がい者向けの職種や職場を用意できない」という企業と、「働きたい」という障がい者をマッチングさせる事業が増えている。一つのソリューションとして、エスプールプラスが展開している貸し農園による障がい者雇用支援事業「わーくはぴねす農園」がある。

 同社が農園や施設を準備して企業に貸し出すとともに、企業担当者と障がい者を面接する場所を提供して、両社の合意によって雇用契約を結んでもらう。企業は賃金や福利厚生などの労働条件を示した上で、障がい者を直接雇用することが特徴だ。

 貸し農園には、屋外型と屋内型があり、障がい者3人とサポート役の農場長が一つのチームを編成し、近隣の農家などのアドバイスを受けたりしながら、トマトやブロッコリー、小松菜、ラディッシュなどの野菜類の植え付け、水・肥料の補充、収穫に取り組んでいる。

 2010年10月に開園した「わーくはぴねす農園市原」(千葉県)を皮切りに、現在、首都圏を中心に愛知県や大阪府など50施設で運営され、約4000人の障がい者が働いている。

 屋内型は、台風などの自然災害を受けにくく、室内の温度調整ができるため体温コントロールが難しいとされる障がい者にも向いている。施設の多くが都市部にあることから、交通アクセスが比較的良く、通勤もしやすいという。

 今年6月3日、東京都立川市に50番目となる農園「ソーシャルファーム わーくはぴねす農園Plus東京立川」がオープン。最大で54社の参画、162人の障がい者雇用を見込んでいる。

 一方で、法定雇用率を達成できない企業を対象とする支援事業については、「未達成企業の抜け道になる障がい者ビジネスになっており、障がい者の成長や自立につながっていない」などとの声も聞かれる。

 厚生労働省の調べによると、2023年12月時点で、エスプールプラスと同様な事業を展開している事業者は32社、利用する企業は約1200社、そこで働く障がい者は計約7300人だという。

 社会的認知が進むことを背景に、エスプールプラスは「わーくはぴねす農園」事業の運営指針をまとめた。①利用する企業に適切な雇用管理・労務管理や、障害者雇用促進法の趣旨などに反することがないよう必要な周知を図ること②農園利用企業に対し農園で働く障がい者の能力開発・向上のための周知を行うこと③農園利用企業に対しそれぞれの企業の意向を踏まえつつ、収穫された生産物の効果的な活用方策について助言を行うこと−などを掲げている。同社は「障がい者の働く選択肢を増やし、一人でも多くの障がい者が就労できるよう支援事業で社会に貢献していく」としている。

【一口メモ】=働く障がい者の現状

 働く障がい者が増えている。5年ごとに行われている「障害者雇用実態調査」の2023年度調査結果によると、従業員5人以上の事業所に雇用されている障がい者は110万7000人で、前回調査と比べ25万6000人増えた(増加率30.1%)。

 障害別でみると、身体障がい者が52万6000人で10万3000人増、知的障がい者27万5000人で8万6000人増、精神障がい者21万5000人で1万5000人増、発達障がい者約9万1000人で5万2000人増だった。

 この5年間で約30%も働く障がい者が増えたのは、障がい者雇用の取り組みの面で福祉先進国に大きな後れを取っていた日本政府が、行政機関や企業に障がい者雇用を法的に義務付けたこと(法定雇用率)が最大の要因だ。

 企業の間でも障がい者への理解が進んでいることは確かだが、厚労省の調査では、2023年に、従業員43.5人以上の事業所に義務付けられている障がい者雇用率「2.3%以上」を達成できた企業は50.1%にとどまっているという。

 今年4月から法定雇用率については「2.5%以上」に引き上げられ、適用される事業所は従業員40人以上に拡大された。さらに2年後の2026年7月には「2.7%以上」に引き上げられることが決まっている。

 法定雇用率をクリアできない企業はどうなるのか─。障がい者雇用納付金制度によって、ペナルティーとして、不足する障がい者数に応じて月額5万円の納付金を納めなければならない(常用労働者100人超の事業所のケース)。また雇用率の低い企業には行政指導や企業の公表などが課せられる。

 一方、障がい者雇用率を超えて雇用した場合には、不足人数に応じて毎月、報奨金などが交付される。3年前に行政指導を受けて雇用率を達成したというIT関連会社の執行役員は「障がい者を雇用できない職場なのに違反だと指摘された」と振り返った。厚労省の担当職員は「未達成の企業の多くが受け皿になる職種がないと答えている」と説明しており、障がい者の雇用をめぐる問題解決の難しさを示している。