34年ぶりに東京ドームで開催されたプロボクシング興行は大成功に終わった。メインではスーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(31、大橋)が元2階級制覇王者のルイス・ネリ(29、メキシコ)に1回にダウンを奪われたものの、2回、5回、6回と3度ダウンを奪い返して6回TKO勝利した。セミファイナルでは元K−1王者の武居由樹(25、同)が3−0の判定でWBO世界バンタム級王者のジェイソン・マロニー(33、豪州)からタイトルを奪い日本人100人目の記念すべき新世界王者となり、尚弥の弟のWBA世界バンタム級王者、拓真(28、同)も1回に挑戦者の石田匠(33、井岡)にダウンを奪われたが、立ち直りを見せて3−0判定で勝利し初めて兄弟同時防衛に成功した。独占ライブ配信をしたAmazonプライムビデオの歴代最高の視聴数を記録。ファンの間からは「また東京ドームで井上尚弥の戦いを見たい」との声があがっているが、次の東京ドーム開催はいつになるのだろうか。

 井上尚弥が「陣営はヒヤヒヤしたと思うが、4万人(以上)のすべての方に満足して帰っていただいたと思う。歴史に残る1日だった」と語りプロモーターの大橋秀行会長が「ボクシングの凄さを見れた。満員のドームは、凄い光景だった」と振り返った東京ドーム興行。
無敵のマイク・タイソンが伏兵のジェームス“バスター”ダグラスに敗れる“世紀の番狂わせ”が起きた1990年の興行以来、34年ぶりのイベントには、4万3000人のファンが集まった。
大橋会長は、当初、埋まるかどうか疑心暗鬼で見切り席と外野スタンドをクローズして5万人を超える会場設定にはしなかった。だが、いざ蓋を開けると、当日チケットを求めて長蛇の列が生まれるほどの大人気で全席完売。ドームは上から下までびっしりと埋まった。大橋会長曰く「初めてボクシングを見に来たファンの方がかなりを占めていた」そうだが、井上vsネリでは、ボクシングの醍醐味であるダウンシーンが計4度もあった。台本でもあったかのようにヒーローのオープニングラウンドでのダウンシーンから始まり、井上が2、5ラウンドに左フックでダウンを奪い返し、6ラウンドに右アッパーから右ストレートのコンビネーションで逆転TKO勝利する最高のエンディングだったのだから、観衆全員が立ち上がったのも無理はない。
おそらく観戦した4万3000人のファンのほとんどがまた井上の試合を見たいと思っただろう。独占ライブ配信したAmazonプライムビデオの視聴数は、大谷翔平がマイク・トラウトを三振にとってグラブを投げた昨春のWBC決勝を超えて過去最高を記録した(ちなみにWBC決勝は独占配信ではなく地上波放送もあり)。
ボクシングファンや関係者の間からは「また東京ドーム興行を」との待望論が高まっている。新日本プロレスが毎年1月4日に東京ドーム大会を開催しているように5月6日を「定期的なボクシングの日にできないか」という意見まである。
大橋会長は「またドームで?もちろんある。昨日まで緊張ばかりで寿命は縮まり1回のダウンでま、さらに寿命は縮んだけど、またやるんだという意欲が湧いてきた。他のドームからも話がある」と明かした。
昨年開場したプロ野球の日ハムファイターズが本拠地とする札幌の開閉式スタジアム「エスコンフィールド北海道」からも売り込みがあるそうだが、一方でネリ以外のカードでドームが埋まるのか、との懸念がある。大橋会長も「ネリの存在は大きかった」という。

 ネリは、山中慎介氏との2度にわたる因縁の世界戦で、ドーピング疑惑と体重超過を犯しヒール役として確固たる地位を築いていた。その言動も破天荒でプロモーション力もあった。
大橋会長も「現役時代に韓国で試合をしたときにブーイングを浴びたが、私がブーイングを聞くのは、それ以来」というほどだった。
もちろん井上に求心力があるからこそ実現したドーム興行だが、4万人を超えるキャパシティーを埋めるとなると対戦相手のネームバリュー、あるいはアンダーカードの話題性も必要になってくる。
次戦は9月に都内で1万5000人規模の会場が押さえられており、井上と武居のW世界戦になる予定だが、井上の対戦相手はIBF&WBO1位のサム・グッドマン(豪州)。IBFとWBOの両団体の指名試合で4つのベルトを維持するためには避けて通れない試合だ。
グッドマンは18戦(8KO)無敗で、東京ドームでネリが体重を落とせなかった場合の予備選手として第1試合に出場した元IBF世界同級王者のTJ・ドヘニー(アイルランド)や元WBA世界同級暫定王者のライース・アリーム(米国)に判定勝ちしているが、過去に世界ベルトを巻いたことはなく知名度は低い。武居の初防衛戦相手も指名試合で元WBC、WBA世界同級暫定王者のレイマート・ガバリョ(フィリピン)が濃厚。こちら元5階級制覇王者で井上と2度戦ったノニト・ドネア(同)との対戦経験もありボクシングファンの間では知られたボクサーだ。
井上がグッドマンを撃破した次に控えるのは、元WBA&IBF世界同級王者でWBAの指名挑戦者のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)。岩佐亮佑と統一戦を行っているので、コアなファンには名の通ったボクサーだが、ネリほどではない。
ただ12月にはサウジアラビアの井上ファンの王族がオイルマネーを使ってイギリスで開催する大会に招聘する可能性が「半々くらい」(大橋会長)であり、その場合、今回スポンサー料などを含めて10億円を突破したとされる井上のファイトマネーが「倍で、きかない」(大橋会長)ところまで跳ね上がるというから、もし20億円以上のファイトマネーとなれば東京ドーム大会に勝るとも劣らない話題性がある。
だが話を東京ドーム大会の次回開催の可能性に戻すと、実現するにはインパクトのある対戦相手が必要になる。元3階級制覇王者の“問題児”ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)はキャラクターとしては面白いが、凡戦続きでランキング同様に評価を下げた。

 大橋会長は世界ランキングに入っている那須川天心(帝拳)の名前を出した。天心はすでにキック時代の2022年6月にK−1王者の武尊との頂上対決「THE MATCH」で東京ドームを満員にした実績がある。ネリ戦をリングサイドで観戦した天心も、こう野望を口にしている。
「僕も同じボクサーなので、ボクサーとして東京ドームを次埋められるならオレしかいないかなという気はある。次の東京ドームはいつなのか(わからないが)その時は絶対、来ると思いますよ」
7月に予定されている次戦で地域タイトル王者への挑戦が計画されているが、まだ両者の対戦に勝負論はない。しかも天心がターゲットにしているのは、日本人が独占しているバンタム級のベルト。
「全員(世界王者が)日本人になったんで狙いやすい。僕が日本人に勝つとボクシング界がおもしろくなる。ワクワクしている。まだタイトルに絡んだ試合はないが、ピッタリというか、自分のために4つあるんじゃないかというマインドにはいる」
おそらく武居との元キック王者対決の世界戦が先にくるだろう。天心が井上への挑戦資格を得るまでには、何年かかるかわからない。これは現時点ではまったくの夢物語。そこまで東京ドーム大会は、34年とは言わないものの、また長い間“お預け”ということになるのだろうか。
ただ井上は、遠くない未来にフェザー級に階級を上げてくる。大橋会長も「この先、強い選手がどんどん出てくるだろうけど、フェザー級で挑戦者として向かった方がモチベーションは上がる。階級の壁でパンチが効かなくなるとか、言われているが、かえってスピードが生きるから、もっとパンチが効く」という。
井上は適正階級だと感じているスーパーバンタム級にしばらく留まる考えを示しているが、日本人初の5階級制覇への挑戦となれば話題性も緊張感も抜群だろう。しかも現在のフェザー級の4人の王者は全員が、井上の共同プロモーターのトップランク社の契約選手。大橋会長も「マッチメイクも難しくない」という。同社のボブ・アラムCEOも、井上の可能性のある対戦候補としてIBF世界同級王者のルイス・アルベルト・ロペス(メキシコ)の名前を出した。
WBC世界同級王者は、同スーパーバンタム級王者時代に亀田和毅を統一戦で下したレイ・バルガス(メキシコ)。中でも世界的にも人気があるのは、サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)とハイメ・ムンギア(メキシコ)のビッグバウトのアンダーカードで、鮮やかなボディショットでKO勝利したWBC世界同級暫定王者のブランドン・フィゲロア(米国)だ。WBCとWBOの世界スーパーバンタム級王座の統一戦でスティーブン・フルトン(米国)に0−2判定で敗れているが、ネリを井上の前にボディショットで倒した男としても知られる。どの王者に挑戦してもワクワクするマッチメーク。再び東京ドームは埋まるに違いない。
東京ドームの使用予約は1年前に行わねばならないそうだが、井上がフェザー級転級を決意すれば、早ければ来年にも2度目のビッグエッグ興行が見られるかもしれない。