競馬の祭典「第91回日本ダービー」(東京芝2400メートル、G1)は26日に行われ、9番人気の”伏兵”ダノンデサイル(牡3、安田)が直線インから鮮やかに抜け出し、2分24秒3のタイムで番狂わせを演じた。鞍上の横山典弘騎手は3度目の制覇となり、56歳でのダービー勝利は武豊騎手(55)の53歳を抜く最年長記録。初挑戦だった安田翔伍調教師(41)は最年少ダービートレーナーとなった。無敗の2冠を狙った1番人気のジャスティンミラノ(牡3、友道)は2馬身差の2着だった。皐月賞では競走除外となったダノンデサイルは、なぜダービー史に残る“番狂わせ”を起こせたのか。

 狙いすましたイン強襲で世代の頂点へ

 ベテランジョッキーの読みと技が大舞台でさえわたった。横山騎手はダノンデサイルをインの好位置に待機させた。経済コースを通って力を温存すると直線残り400メートルでは迷うことなく内ラチ沿いへ。狭い場所をこじ開け、ダノンデサイルを3歳世代のサラブレッド7906頭の頂点に導いた。
「展開は行く馬がいなくなったので普通か、遅くなると思っていた。スタートさえうまく決められれば、行ってもいいくらいの気持ち。ちょうどいいポケットに入れて、直線までじっとできたので、最後はよく弾けてくれました」
ダービーに挑むこと27回。2009年のロジユニヴァース、2014年のワンアンドオンリー以来となる3度目の栄光を静かに噛みしめた。
戦前の予想では逃げ濃厚とみられていたメイショウタバルがザ石により出走を取り消しに。どの馬が逃げるか分からない中、どの馬が行くにしてもスローの流れは予想されていた。結局、ハナを主張したのは岩田康誠騎乗のエコロヴァルツ。この直後に武豊騎乗のシュガークンがつけた。そこでダノンデサイルは3枠5番という内の好枠をいかし、先行策に出た。
「やっぱりベテランは前での競馬。考えることは一緒ですね」
横山騎手の過去2度のダービー制覇もすべて先行策だった。
3角すぎからサンライズアースが一気にまくり、連れて皐月賞2着のコスモキュランダも早めに仕掛けてきたが、すべてお見通しだった。
「スローならたぶん、動いてくる人はいると予測はしていた。ジャスティンミラノは全然意識していない。いつもそうですが、いかに馬とケンカせず、仲良く走るかが大事だから」

 すべては馬のために最善を尽くすーー。
レース後に横山騎手は名言を残した。
「馬は大事にしたら返してくれる。ダービーを勝ったこともうれしいけれど、皐月賞の判断は間違っていなかったかなと。馬に感謝です。調教師と話して調教を組み立ててきました」
ダノンデサイルが人気を下げた理由は、4月の皐月賞での競争除外。「右前肢跛行」のためゲートイン直前で出走を取りやめたのだ。京成杯を歴代トップクラスの勝ち方をしており、野心を持って臨んだが、横山騎手はゲート入り直前の輪乗りの段階で歩様の違和感を察知して異変があると申告したのだ。爪をぶつけて返し馬の段階で痛みが現れていた。
皐月賞でゲートまで付き添っていた担当の原口政也厩務員にそのときの状況を聞くと、ジョッキーから進言を受け、戸惑ったという。
原口厩務員といえば、20世紀末に皐月賞、有馬記念、天皇賞春・秋、ジャパンカップなどGⅠ7勝したテイエムオペラオーを担当していた腕利き。「見た目では分かりませんでした。乗っている人にしか分からない感覚でしょう」と説明した。
陣営は横山騎手の意見を聞き入れ“勇気ある撤退”を決断した。
もし走っていれば、大きな故障になっていたかもしれない。その半面、異常がないとなれば、その判断に疑問を持たれ、批判を浴びても不思議ないところだった。
だが、結果、翌日に栗東トレーニングセンターで検査して打撲痛が認められた。このとき安田調教師は「大事にいたる前に僅かな変化に気づいていただいたことを感謝します」とコメントしている。
横山騎手は感性のジョッキーと言われ、しばしばポツンと最後方からレースを進め、ときになにもしないままレースを終えることがあるため、一部のファンから批判されることも少なくないが、これは、馬ファーストを貫き、馬の声を聞こうとしているため。この繊細な感性こそが、この騎手の凄さでもある。これはおそらく若き日にドバイの地で故障を発症し、そこで散ったホクトベガを思う気持ちからくるものだろう。

 皐月賞をスキップした陣営はダービー1本に絞った。
そこからの6週間。騎手、調教師、厩舎スタッフが総力を挙げて仕上げ、馬も耐えた。
1週前には横山騎手が騎乗してCウッドコースで併せ、6ハロン79秒6、ラスト1ハロン11秒0の猛時計。最終追いは安田調教師が乗って、4ハロン855秒5、ラスト1ハロン213秒3と絶妙なさじ加減でソフトに仕上げた。
そして何よりダノンデサイルには「大事にしてくれた」陣営の恩義に答えるだけの能力が備わっていた。この馬の凄さを物語るエピソードのひとつが京成杯での”脱糞事件”だ。
なんとレース中の2コーナー付近で“ボロ”を漏らしたとしてSNSでも話題になった。安田翔伍調教師も、これには苦笑い。実は微妙なフォームの違いに横山騎手も気づいていたという。便意をもよおすのは生理現象だが、それだけ緊張状態ではなかったという証。メンタルも含めて、ダノンデサイルは大物だった。無敗の皐月賞馬ジャスティンミラノに2馬身差をつける完勝は決してフロックではない。
G1初制覇となった安田調教師の父の安田隆行氏は騎手としてトウカイテーオーでダービーを制覇しているが、調教師としては勝てないまま息子に厩舎の責任者を譲った。父の果たせなかった悲願を成し遂げる勝利でもあった。また今回のダービーでは産駒の父子3代制覇が話題になっていたが、ダノンデサイルの父エピファネイア、その父シンボリクリスエスはともにダービー2着馬だった。さらにダノンキングリー2着、ダノンベルーガ4着と、ダービーには縁のなかったダノックスの野田順弘オーナーや3着に終わったテイエムオペラオーを担当した原口厩務員にとっても悲願の戴冠となった。
関西に拠点を移して以降、多くの厩舎に信頼され、存在感を高めている横山騎手の2人の息子の和生、武史も騎手の道を進んでいる。横山武は、4番人気のアーバンシックに騎乗していたが11着に沈んだ。まだ2人の息子は誰もダービーを勝っておらず父の威厳を示した。
「ダービーで2勝した後でまだ運が残っていたら息子にやりたいって話したんですけど、まだやりたくないね。第100回ダービーに乗りたい。(武)豊さんと一生懸命、体をこすりながら」
56歳の最年長ダービージョッキーは、そう言って豪快に笑った。