高円寺は、キャラの濃い中央線沿線のなかでもひときわサイケで芳(こう)ばしい街だ。 杉並区の北東に位置し、JR高円寺駅から、北は早稲田通り、南は青梅街道までがメインのエリア。中野と阿佐ケ谷に挟まれた東京屈指のサブカルタウンであり、“中央線カルチャー”の代表格とされることも多い。 この街を語るときに欠かせないキーワードといえば、ロック、酒、古着、インド……挙げ始めればきりがない。しかし、色とりどりのカオスな中にも、暑苦しい寛容さというか、年季の入った青臭さのようなものが共通している。

縦横無尽に広がる商店街

高円寺には中心がない。というのも、高円寺駅周辺に大型の商業施設はなく、代わりに大小合わせると約20もの商店街が存在するのだ。

北口には、「純情商店街」の愛称で親しまれている高円寺銀座商店会、早稲田通り沿いに広がる大場通り、国際色豊かな飲食店が軒を連ねる中通り、衣食住がそろう高円寺庚申通り商店街。南口にはアーケードのかかった高円寺パル商店街に、古着屋の多いルック商店街(新高円寺通商店街)が勢いよくのびており、下町や東急線沿線とはひと味違う商店街天国散歩が楽しめる。

ぶらぶらと歩くと、八百屋、肉屋、魚屋の威勢のいい声。突き当たる道には、ライブハウスや楽器店も並ぶ。

どの商店街にも“助け合いの精神”が根付いていて、“この街自体が家”と評する声もあるほど。なけなしの金を握りしめて上京した若者でもどうにかこうにか生きていけそうな空気に満ちている。

2024年の阿波踊りは8月24、25日!

また、この街がいっそう活気づくのが「阿波おどり」の日だろう。1950年代、南口の商店街店主たちが「阿佐ケ谷の七夕に負けない催しをしよう」と編み出したものだ。

最初のころは商店の奉公人や子供たちがデタラメに踊っていたというが、東京在住の徳島出身者による“本場の阿波おどり”を見て一同発奮し、教えを受けてのめりこんでいったという歴史がある。今や都内髄一の規模を誇り、「東京三大夏祭り」のひとつだ。

2024年の開催は8月24日(土)25日(日)、両日とも17時〜20時。中央演舞場、ひがし演舞場、純情演舞場、パル演舞場、桃園演舞場、みなみ演舞場、ルック第1演舞場、ルック第2演舞場の8会場で、計156連が踊りまくる。

 

 

 

高円寺阿波踊り。中央演舞場(JR高円寺駅前)にて。
高円寺阿波踊り。中央演舞場(JR高円寺駅前)にて。

ロックなハコと人が集う

商店街を行き交う人の中には、ギターケースを抱えたミュージシャンと思しき姿もちらほら……。そう、高円寺は言わずと知れた音楽の街でもある。

『名曲喫茶ネルケン』に『ルネッサンス』といったクラシック喫茶の名店もあるが、街のイメージといったらやはりロックだろう。

高田渡、友部正人、Char、大槻ケンヂなど数々のミュージシャンの活動を支えた老舗ライブハウス『JIROKICHI』に始まり、パンクロッカーを中心に轟音好きが集まる『東高円寺二万電圧』、アンダーグラウンド・ロックの総本山『U.F.O. CLUB』、『喫茶・軽食 グリーンアップル』など、人気バンドを輩出したステージは数多い。また、これらのハコ出演者が愛用する『Sound Studio DOM』は、スタジオ兼イベントスペースとして20年以上高円寺を見守っている。

“ロックの街”のルーツは、1960〜70年代に遡る。当時、このあたりにはロックを専門に聴かせるロック喫茶なるものが多く、そこには過激なヒッピーも集っていたとか。後に、吉田拓郎が「高円寺」を発表し、高円寺=フォーク&ロックの街というイメージが根付いた結果、全国の音楽好き少年を引き寄せたのではないかと言われている。

もちろん、高円寺で音楽に浸れる場所はハコだけではない。『ロスアプソン?』には国やジャンルにとらわれずセレクトしたCDやレコード、カセットがそろっている。『ROCK BAR MAGIC Ⅴ』ではリクエストした曲をLPで聴きながら飲めるし、『高円寺メタルめし』なら店主のメタル愛あふれるメニューにニヤニヤしながらグルメを楽しめる。ロックな店主の店で飲むというのもまた、高円寺の夜の伝統のひとつだ。

『ROCK BAR MAGIC Ⅴ』。
『ROCK BAR MAGIC Ⅴ』。
『高円寺メタルめし』。
『高円寺メタルめし』。

古着屋で“漁る”楽しみ

さらに、この街を歩いていて必ず目に付くのは、なんといっても古着屋だろう。高円寺は、下北沢と並んで都内でも有数の「古着屋の街」でもある。主に南口に集中している店はジャンルもさまざま。しゃれた1点物に出合えるだけではなく、ちょっと奇抜な“普通じゃない”服にもありつけるところが高円寺らしさといえようか。

個性的なショップが入居しているカオスな建物「キタコレビル」に店を構えるのが、『はやとちり』。ワッペンなどでリメイクする服や、デザイナーから直接仕入れる1点物がそろい、高円寺きってのディープな空間だ。また、希少かつマニアックなアイテムがそろうヴィンテージ古着専門店の『Suntrap』が扱うのは1950年代前後の商品がメイン。一方で『ウェブスター』は地域密着型の庶民派店で、200円やら300円やらの格安価格で古着が手に入る。古本屋と併設した『アニマル洋子』もこの街らしい。

うずたかく積まれたシャツの山に手を突っ込んで宝探しをしていると、レコード屋で目当ての盤を漁っているときのような気分になる。

喫茶、カレー、酒場、古書店……個性派がそろう

『サルトリイバラ喫茶室』。
『サルトリイバラ喫茶室』。

喫茶なら『アール座読書館』や国内紅茶専門の『サルトリイバラ喫茶室』に『珈琲亭 七つ森』などの個性派がそろい、エスニックな香りの源『ピピネラ』に『妄想インドカレー ネグラ』そして『高円寺 舌笑(ごち)』などのカレー店もレベルが高い。

また、酒場も負けず劣らずキャラが濃い。讃岐うどんと酒場を組み合わせた『うどん酒場 でべそ』や、作家志望のマスターがシェイカーを振るうバー『人間失格』など、新旧問わず、カウンターカルチャーの魂を持つ店が目立つ。

古書店も多いが、『Amleteron』『えほんやるすばんばんするかいしゃ』『コクテイル書房』など、一筋縄でいかないのは高円寺ならでは。

『高円寺 舌笑(ごち)』。
『高円寺 舌笑(ごち)』。

高円寺でよく見かけるのはこんな人

この街を歩いていてすれ違うのは、個性的な若者たち。破れたデニムから膝小僧が丸見えの男に、パンクなファッションで揃えたカップル、ペイズリー柄のロングスカートを着こなす女の子……奇抜とまでは行かずとも、どこかアグレッシブな服装に身を包み、商店街や路地裏を歩いていく。

髪も金髪のみならず、赤に緑に紫とハードなカラー。ギターケースを背負ったバンドマンらしき青年も、やはり高円寺ではよく映える。

若者だけではない。この日はスカジャンに雪駄に銀髪ロン毛のカッチョいいおじさんが、ポケットに手をつっこみ、手ぶらで路地裏へ消えていった。

鬼越トマホーク坂井、空気階段もぐらほか「高円寺芸人」の活躍

コロナ禍以降、急に脚光を浴びているのが「高円寺芸人」なる存在。

1970年代吉田拓郎、80年代みうらじゅんに坂本龍一、90年代和田慎治に峯田和伸、2000年代水道橋博士と、常に時代の寵児を育んできた高円寺の現代形といっていい。

スタートは2020年夏、鬼越トマホーク坂井、ニューヨーク嶋佐、空気階段もぐら、そいつどいつ市川、そして作家なんぶという高円寺を愛する芸人たち5人がコロナで苦しんでいる個人店や街を盛り上げようと立ち上げたYoutube「高円寺チャンネル」だ。自分の行きつけを紹介したり高円寺トークを生配信したりと、超地域密着ぶりがウケていまやチャンネル登録数は3万人に上る。

さらに、2021年6月に放送された『アメトーク〜高円寺芸人』には、三四郎・小宮、アルコ&ピース・平子、マヂカルラブリー村上、ウエストランド井口、パンサー尾形と売れっ子が集まった。極めつけは「キングオブコント2021」の空気階段の優勝だろう。この快挙を受けて純情商店街の入り口アーケードには、「鈴木もぐらさん おめでとう!!」の横断幕まで張られた。ちなみにもぐらさんと言えば「借金」。売れない時代に500万円あり、賞金が入ったりして徐々に返金するも、「まだ150万円ぐらい」残っているというクズなエピソードをラジオ等で披露していたが、高円寺らしいといえばそれまでだ。

「鈴木もぐらさん おめでとう‼」の横断幕。写真提供=高円寺経済新聞
「鈴木もぐらさん おめでとう‼」の横断幕。写真提供=高円寺経済新聞

この記事に関連する書籍

散歩の達人 2022年11月号
散歩の達人 2022年11月号
散歩の達人 2022年11月号

長年、中央線人気を牽引してきたこの一帯は今、変革期を迎えている。中野の駅前は、再開発の真っ只中で日常から隔絶しつつある。高円寺と阿佐ケ谷は、祭やイベントが軒並み中止となり、外から人を呼び込む吸引力が落ち込んだように見えた。しかし、それくらいじゃ萎まないのが、このエリアの面白さだ。コロナ禍を経て、繁華街の外れを中心に、ほどよいマニアックさと住民目線の心地よさが同居する新世代のカルチャーが発芽し始めている。一見、「アクが抜けた?」なんて思うかもしれないが、その実は皆、自分の“好き”に正直で、これまでと変わらず自分の街を愛しているのだ。そんな、混沌の街で拡大する中央線カルチャーの最前線を歩いてみよう!

かつてのヒッピーやロック小僧はすっかり減ったと言われているようだけれど、やはりここは若者の街——正しく言えば、“若者のような者”の居場所であり、夢を追う人がやりたいことをやるための舞台であることには変わりない。怠けたら叱ってくれて、挫折しても追い出さない。年齢を問わず、胸いっぱいの愛と青春の日々を過ごすことのできる街なのだ。

取材・文=中村こより・武田憲人 文責=散歩の達人/さんたつ編集部 イラスト=さとうみゆき
協力=高円寺経済新聞

 

散歩の達人/さんたつ編集部
男女8人
大人のための首都圏散策マガジン「散歩の達人」とWeb「さんたつ」の編集部。雑誌は1996年大塚生まれ。Webは2019年駿河台生まれ。年齢分布は20代〜50代と幅広い。