チャンピオンズリーグ(CL)準決勝。前日、パリ・サンジェルマン(PSG)を倒し、決勝進出を決めたドルトムントとウェンブリーで対戦するのは、レアル・マドリードかバイエルンか。アリアンツアレーナで行なわれた第1戦の結果は2−2。内容もほぼ互角だった。2戦目をホームで戦うことができる分だけ、レアル・マドリードやや有利。ブックメーカー各社はそう見ているようだった。

 この下馬評というのは当然、両軍の選手、監督の耳に入ってくる。それぞれの立ち位置に否応なく影響することになる。自らをチャレンジャーと称し、無欲を装おうとしても、周囲はそう見ない。スタジアムのムードにそれは表れる。どちらのほうが「絶対に負けられない戦い」を強いられたかといえば、ホームのレアル・マドリードだった。

 だが、実際の戦力差は紙一重だ。攻めざるを得ないレアル・マドリードと、0−0(合計スコア2−2)のままでいる限り平常心でいられるバイエルン。試合が最後までもつれ、劇的な幕切れになった大きな理由のひとつだと思われる。
 

バイエルンに逆転勝利を収め、喜ぶレアル・マドリードの選手たちphoto by Nakashima Daisuke

 もっとも、開始間もない前半13分、ヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴ(ともにブラジル代表)が近距離から連続して放ったシュートを、バイエルンのGKマヌエル・ノイアー(ドイツ代表)が防いでいなければ、別の展開になっていたかもしれない。

 前半27分、バイエルンの左ウイング、セルジュ・ニャブリ(ドイツ代表)が足を痛め、本来は左サイドバック(SB)を務めるアルフォンソ・デイビス(カナダ代表)と交代したことも、試合を複雑にする要因になっていた。バイエルンのトーマス・トゥヘル監督は、デイビスを1列上げて左ウイングとして起用したのだった。

 ピッチ上でその対角線に位置するレアル・マドリードの左ウイングは、前半、ヴィニシウスではなくジュード・ベリンガム(イングランド代表)が務めていた。ヴィニシウスはロドリゴと2トップを張り、やや左寄りでプレーした。先述の前半13分のシーンに加え、ヴィニシウスは15分、40分と惜しいチャンスを作っていたが、そのスゴさはポジションを左ウイングに移した後半、さらに際立つことになった。

【欧州一のプレーを見せたヴィニシウス】

 対峙するバイエルンの右SBヨシュア・キミッヒ(ドイツ代表)に対し、後半1分、4分、7分と立て続け1対1を仕掛けたヴィニシウスは、キミッヒを子ども扱いするように、すべて完勝を収めたのだ。

 後半10分、ヴィニシウスが対峙した相手はセンターバック(CB)のマタイス・デ・リフト(オランダ代表)だった。キミッヒが今日的なSBらしく、マイボールに転じた際に中盤に上がったその背後を突いたシーンだった。CBがサイドにおびき出されれば、中央のマークは手薄になる。ヴィニシウスが大型CBを前にしても苦もなく折り返しを決めると、ゴール前でロドリゴがシュートに及んだ。ボールはポストをかすめるように逸れたが、ヴィニシウスの活躍により、バイエルンが築く防波堤は決壊寸前に見えた。

 バイエルンの左ウイングに入ったデイビスもその間に、ドリブル突破から1本、レアル・マドリードのGKアンドリー・ルニン(ウクライナ代表)を慌てさせるシュートを放っていた。光るプレーに見えたが、さすがにレアル・マドリードの左ウイングと比較すると霞んで見えた。

 その時、舞台はヴィニシウス劇場と化していた。イメージが重なるのはPSGのキリアン・エムバペだ。適性は瓜ふたつ。もしエムバペが来季、レアル・マドリードに移籍してきたらふたりは共存できるのか。心配になるほど似ている。しかし、タッチはヴィニシウスのほうが細やかだ。粘り気があって、いやらしくもある。エムバペが淡泊に見える。欧州ナンバーワン。そう言いたくなるプレーをヴィニシウスは披露した。

 しかし、サッカーは難解なスポーツだ。試合を動かしたのはバイエルンの左ウイングだった。後半23分、ハリー・ケイン(イングランド代表)が左へ展開。デイビスは鼻先でボールを受けると、ダイナミックなアクションから、縦に行くと見せかけ、切り返した。左利きのサイドアタッカーだ。右足シュートはないだろうと、対応したアントニオ・リュディガー(ドイツ代表)は読んだのだろう。しかしデイビスが振り抜いたのは右足で、次の瞬間、レアル・マドリードのゴールに飛び込んでいた。第2戦の先制ゴールが決まった瞬間である。

【レアルは選手交代が大当たり】

 合計スコアはバイエルンの3−2。残り時間22分プラスアディショナルタイム。試合はこのまま終わるのか。動くのか。

 後半26分にはレアル・マドリードのゴールが決まるも、直前に反則がありVARで取り消される。攻めるレアル・マドリード。守るバイエルン。前日のPSG対ドルトムントを彷彿とさせる展開となった。PSGはそのままノーゴールに終わり敗退。念願の初優勝を逃すことになった。

 しかし、チャンピオンズカップ時代を含めて過去14度優勝を飾っているレアル・マドリードがこの試合で見せた終盤の戦いは、一度も欧州一に輝いていないPSGとの違いを見るかのようだった。

 後半38分、リュディガーの縦パスをヴィニシウスが狙う。シュートは僅かに外れたが、ジワジワと何かが押し寄せてきている感じがした。

 後半43分、再びヴィニシウスが登場。ベリンガムからパスを受け、シュートを狙った瞬間、得点の予感はしなかった。GKノイアーの正面を突く優しいシュートに見えた。ところが、ここで「まさか」が起きる。名手ノイアーがファンブルしたのだ。そこに疾風のごとく現れたのが、交代で入ったホセル(スペイン代表)。そのゴールをきれいに流し込み、同点ゴールとした。

 1−1(合計スコア3−3)。レアル・マドリードはここでひと息つかなかった。アディショナルタイムに入った瞬間だった。ヴィニシウスのクロスをナチョ・フェルナンデス(スペイン代表)が拾い、左に開いたリュディガーに展開。決勝ゴールが生まれたのは、そのマイナスの折り返しが決まった瞬間だった。ゴール前でプッシュしたのはホセル。カルロ・アンチェロッティ監督の選手交代が大当たりした。

 アディショナルタイムは9分の表示、実質は14分30秒もあった。しかし、バイエルンはすでに交代カードを使いきっていた。5バックにこそ変更しなかったが、後半31分に左ウイング、レロイ・サネ(ドイツ代表)に代えてCBキム・ミンジェ(韓国代表)を入れるなど、後ろに重たい陣形にしていたことも、追い上げムードに水を差した。一度後ろに重心を下げてしまうと、そこから前掛かりにすることは難しい。バイエルンが悔やむとすれば、トゥヘル監督のこの後ろ向きの采配になるだろう。

 それにしても、レアル・マドリードのしぶとさには恐れ入る。終盤になるほど、チーム力は上がる。ヴィニシウスがその原動力になっていることは言うまでもない。優勝すれば立派なバロンドール候補に躍り出るだろう。

著者:杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki