日立がクラス395の開発・製造に取り組んでいた2007年、総事業費1兆円という巨大案件が英国に登場した。「都市間高速鉄道車両置き換え計画(IEP)」と呼ばれる866両の製造案件。27年間にわたる車両の保守もセットだ。規模の大きさだけではない。日本では車両の保守はJRなどの鉄道事業者が行うため、日立は未経験。

当時、日立本社の会長を務めていた庄山悦彦氏は「リスクが大きすぎる」と難色を示したが、ドーマー氏ら現地スタッフの熱意にほだされ入札参加へのゴーサインを出した。英国国内に車両工場や保守基地を建設し雇用が生まれるというPR戦略も奏功し2012年、受注にこぎつけた。案件の規模からいってシーメンスなどの大手が受注するとみられていただけに、「誰もが驚きましたね」。

その一方で平然と受け止めた人もいた。当時の社長だった中西宏明氏。受注の成功を報告したところ、「すごいね。それで、次は?」とせかされたという。鉄道事業には大きな成長余地があると見抜いていたのだ。

IEP向けの車両「クラス800」は高い評価を受け、英国国内の他路線も次々と採用。この成功によってドーマー氏は鉄道現地法人のトップに就いた。

日立 ニュートン・エイクリフ工場 英国に開設したニュートン・エイクリフ工場で製造中のIEP向け車両(記者撮影)

イタリア企業買収で欧州大陸進出

次の照準は欧州大陸に定めた。2010年代に入りイタリアのハイテク関連企業フィンメカニカ(現レオナルド)が傘下の大手鉄道システムメーカー・アンサルドSTSと鉄道車両メーカーのアンサルドブレダをセットで売却する方針を固め、日立に買収を打診。日立が欲しいのはSTSが持つ技術力と世界的に広がる販売網。一方、ブレダはトラブル続きで業績が悪化していた。

ドーマー氏は2012年にイタリアにあるブレダの車両工場を視察した際、買収には値しないと判断した。「工場が十分に活用されていないので固定比率が高い。品質も十分ではない」。

その後、新たに就任したフィンメカニカのCEOはドーマー氏の助言を受けブレダの業績改善に力を注いだ。ドーマー氏が2014年に再訪すると、「品質を高めようという意欲が感じられた」。日立は方針を改めてSTSとブレダの両方を買収することに決め、2015年に実現した。その年、ドーマー氏は執行役常務として日立本体の経営陣に名を連ね、2019年には副社長に昇格した。