太平洋と大西洋をつなぐスエズ・パナマ両運河がトラブルに見舞われるなか、代替のルートとして「北西航路」が注目されています。しかしカナダからするとこの航路は、素直に歓迎できないようです。

「ロシア回り」と正反対の、もう1つの北極海航路

 このところ「北西航路」が、世界の物流業界や軍事関係者の注目を集めています。

 近年、スエズが海賊や紛争、パナマが異常渇水、という具合に、世界の二大運河がトラブルに見舞われ、国際的なサプライチェーン(供給連鎖)も大混乱に陥り、その代替航路として「北西航路」がにわかに期待され始めているのです。

 この航路は、地球温暖化の悪影響ではなく、数少ない“恩恵”の事例で、「北極海航路」の1つでもあります。

 これまで北極海を覆う海氷は、1年中凍ったままというのが常識でした。しかし、21世紀に入る頃から、夏場には大規模に解氷し、北極点から離れた低緯度地点のユーラシア・北米両大陸の沿岸付近では、年間を通して氷結しない状況も出始めています。

 そこで、年中凍結しなかったり、流氷の程度が軽かったりする海域を、太平洋〜大西洋の最短航路として活用する試みが本格化し始めています。

「北極海航路」と言えば、これまで、ユーラシア大陸北部沿岸を回る“ロシアルート”が主流で、「北東航路」と呼ばれています。21世紀に入る頃から、「北東」は注目を集め、ロシアの砕氷船の先導が必要ながらも、貨物船の利用が徐々に増えるかに見えました。

 しかし、2014年のクリミア併合、2022年のウクライナ本土侵攻と、ロシアの侵略行為が激しくなると、西側諸国は同航路の利用を敬遠し、今では太平洋〜大西洋を“通し”で利用する船舶が激減してしまいました。

「北西航路」どれだけ短いのか? 日本起点で比較!

 そこで代替案として、北西航路で、「北東」とは逆に、北米大陸の“真上”を通り、太平洋〜大西洋を直結する、“カナダルート”に関心が集まりだしているというのです。ちなみに、「北西」「北東」は、欧州から見た方角による命名です。

「北西」のルートを、日本を起点にとたどると、太平洋〜ベーリング海峡〜北極海(アラスカ・カナダ北岸)〜パリー海峡(カナダ領北極諸島)〜バフィン湾〜(グリーンランド)〜デービス海峡〜大西洋、となります。

 スエズ・パナマ両運河を経由する現行ルートよりも、航路の長さはかなり短く、単純計算すると航行にかかる「手間・ヒマ・コスト」も大幅に削減できそうです。

 横浜〜ロッテルダム(オランダ)で比べると、「北西」は約1万5700kmで、「北東」の約1万3000kmよりやや長いものの、スエズ経由(南回り)の約2万1700kmよりも約6000km、同じくパナマ経由の約2万3300kmよりも約7600km、それぞれ短縮されます。

米加の“同盟国同士”による、ややこしい「領海紛争」

 北西航路の最初の横断は比較的最近で、1900年初めに、人類初の南極点到達で有名な探検家アムンゼン(ノルウェー)が達成しました。

 第二次大戦後、アメリカが「北西」に関心を寄せ始め、同国の“飛び地”アラスカの資源開発に必要な物流ルートとして、さらに軍事的にも重要と考えました。特に、激化する東西冷戦を背景に、軍艦が太平洋〜大西洋間を素早く移動できる航路として想定したようです。

「北西」の“キモ”は、パリー海峡です。全長約1400km、幅50〜100kmの水路で、北極諸島をほぼ一直線に横断しています。

 1950年代に入ると、米沿岸警備隊の船が「北西」で水深調査を行い、さらに1960年代末には、アメリカの大型石油タンカー「マンハッタン」が、アラスカ産原油の輸送試験を名目に同海峡を往復しました。

「パリー海峡は、歴史的に自由航行が容認されている」との既成事実を狙った動きですが、カナダも牽制のため自国の砕氷船を先導させ、自分の“縄張り”であることをアピールします。

「マンハッタン」の試みは、採算が合わず中止となりますが、これを機に同海峡の通行権をめぐる米加のせめぎ合いが激化していきます。

「同盟国同士の紛争は得策でない」となったが…

 北極海が通年航行できるようになると、沿岸国は周辺海域の管轄権を国際的に表明し、権益を確保しなければなりません。

「マンハッタン」の件以降、カナダ国内では「北極諸島の周辺海域を自国領にすべき」との声が急激に高まります。

 ついに1970年、同国は領海幅を3カイリ(約5.6km)から12カイリ(約22.2km)へと拡大、同時に北極諸島の周囲100カイリ(約185km)以内の海域を「汚染防止海域」に設定。通過する船舶はカナダ政府の許可と、同国の砕氷船の随行を必須とし、違反者は取り締まると宣言しました。

 当然アメリカは反発します。「航行の自由」を国是に掲げ、世界中の海に艦隊を展開できるお国柄だけに、自由な海域が狭まることには敏感です。

 1985年、アメリカは対抗するように、沿岸警備隊の大型砕氷船「ポーラ・シー」を、カナダ側の通航許可を求めることなく、同海峡に出動させました。

 対するカナダは仕方なく、アメリカに一方的に許可を与え、自国の砕氷船を随伴させて、体裁だけは取り繕ったようです。

 この“事件”を踏まえ、カナダは1986年、北極諸島の外周に領海を決める基準線として国際的に認められている「直線基線」を引き、その内側にパリー海峡を包み込み、自国領土とほぼ同じ権限を行使できる「内水」だと宣言します。

 内水は「領海」よりもさらにその国の法律や管轄権が及ぶ海域で、領海において認められる「無害通航権」(沿岸国に脅威・被害を与えなければ、その海域はどの国の船舶でも航行できる権利)も及びません。

 もちろんアメリカはそれに猛反対します。パリー海峡は国際法で定める国際海峡(公海同士を結ぶ海峡で、近くに代替可能な海域がないなどが条件)に相当し、潜水艦の潜行や航空機の上空飛行が認められる「通過通航権」が保証される、と訴えました。

 ただし、同盟国同士の紛争は得策でないとして、1980年代後半に両国は「北極における協力」を締結。同海峡の主権については、一時棚上げにし、アメリカ籍船舶の航行の際は、カナダの許可をもらい、同国の砕氷船も同行すると決めました。

 しかし、近い将来、「北西」の海氷・流氷が通年にわたり完全消失した場合、そもそもカナダの砕氷船が随伴する合理的な理由もなくなります。

 この時、カナダはいかなる手段で、管轄権を暗にアピールするのでしょうか。