5月初旬、中国の習近平国家主席が、欧州3カ国を歴訪した。5月6日フランス、8日セルビア、9日ハンガリーという日程であった。いずれも、近年の欧州での対中警戒感の高まりにもかかわらず、中国と独自の外交スタンスを維持する国々であることが特徴的である。

 例えばフランスは、米国とその同盟国による厳しい対中政策とは一線を画し、独自の実利外交を展開している。昨年4月にはマクロン大統領が訪中して厚遇を受け、今回の訪仏招待はその答礼も兼ねていた。そしてセルビアとハンガリーの現政権は、中露の権威主義・専制主義との親和性が顕著で、中国の巨額投資を喉から手が出るほど欲し、習近平を大歓待した。

 すなわち端的に言えば、今回の訪欧では、習近平が訪問して心地が良い国のみが選ばれたのであった。裏を返せば、現在の欧州連合(EU)加盟国を中心とした欧州では、以前に蔓延していた親中的・容中的雰囲気が一変し、特に経済安全保障面の懸念から、対中姿勢が急速に変化しているという現実がある。

フランスを訪問し、マクロン大統領(右)と会談した中国の習近平国家主席。その内容には、互いの戦略が見え隠れした(Christian Liewig - Corbis / gettyimages)

 習近平は訪仏時、フォン・デア・ライエン欧州委員長とも会見したが、習近平は「中国の過剰生産問題など存在しない」と言い放ち、一方のフォン・デア・ライエンは、経済安全保障のためには「厳しい決断もためらうことはない」との直截的発言を突き付けたことは、双方の溝が深いことを露呈している。

 このため今回の習近平の訪欧では、米国との世界規模での競合に対抗する上でも、EUを撹乱する意味でも、EU加盟有力国であると同時に、対中姿勢では米国と決して歩調を合わせないフランスと、特殊な友好関係にあることを強調し、これを懐柔する戦略であった。そこで中国は、自国電気自動車(EV)産業向け補助金に関するEU調査への対抗を装いつつ、実質的にはフランスを直撃するブランデーの一種であるコニャックへの関税引き上げ案をちらつかせた上で、訪仏中に習近平がその再考を示唆する芝居に出た。また、フランス国内への産業投資を表明するなど、巧妙な切り崩しに腐心し、フランス側もこれを見透かして実利を得ようとした。

EU・中国間の関係悪化

 長年にわたって親密な関係を構築してきたEUと中国の関係は、近年急速にこじれつつある。その背景には、第一に中国外交の姿勢変化がある。

 中国は表面的な国力隆盛を背景に、「中国の夢」「中華民族の偉大な復興」を掲げる習近平の意向に沿うべく、2010年代後半からは外交面でも自己主張を前面に押し出していった。この、いわゆる「戦狼外交」と称される攻撃的な外交姿勢は欧州でも発揮され、特に人権問題で敏感な意識を持つEU加盟国の一部と摩擦が起きた。この反動もあり、19年頃にはEU側が中国を「システミック・ライバル」と表現したように、対立の芽が生じはじめた。