7度のF1ワールドチャンピオンに輝いた偉大なミハエルを父に持ち、叔父のラルフもF1ドライバーとして活躍、『シューマッハー』というモータースポーツ界でもっとも有名な苗字を背負うサラブレッド、ミック・シューマッハー。

 ヨーロピアンF3選手権、FIA-F2を経て、2021年にハースから念願のF1へデビューしたミックは、2シーズンに出場したが、2022年レッドブルリンクでの6位入賞が最高位で、2023年のレギュラーシートを失った。

 しかし、かつて父ミハエルが所属していたメルセデスが手を差し伸べ、リザーブドライバーとして2023年からはF1に帯同している。その一方で、今季はWEC世界耐久選手権へ新たな挑戦を開始。アルピーヌ・エンデュランス・チームで新型LMDh車両『アルピーヌA424』のステアリングを握り、WECの最高峰カテゴリーを戦っている。

 新たなチャレンジとなるスポーツカーレースに真摯に取り組むミックに、WECへの参戦経緯や初めてのル・マン24時間への期待などについて聞いた。

■大黒埠頭訪問の思い出

──少し前にF1の日本グランプリに帯同していましたね。初の4月開催ということで満開の桜の季節の日本はいかがでしたか?

ミック:桜の季節に日本へ行くのは今年が初めてで、そのあまりの美しさに驚いた。イベント出演のために東京でわずか数時間滞在し、とても有名な桜の名所の通りを見せてもらったけど、息を飲むほどに美しく、とても感動した。レース自体はアップダウンがあり必ずしもハッピーといえる結果ではなかったけど、F1グランプリのレースウイークを通しても、短い日本の滞在時間を楽しんだ。

──昨年の来日時には『トップシークレット』を訪問したり、メルセデス・AMGのDTMモデルで東京都内を走ったりという様子をSNSで見ましたが、本当に楽しそうでしたね。今年も東京を自走したのですか?

ミック:日本は僕にとっても特別な国のひとつだと思っている。去年はトップシークレットとスモーキー永田氏を訪問できたし、メルセデスAMGのE190 Evoをドライブして大黒埠頭にも行けたことは、クールでもっとも印象深い思い出のひとつだ。大黒埠頭では2〜3名のファンが偶然見付けてくれ声を掛けてくれたけれど、夜だったこともあり、僕がいたとはほとんど誰も気づかなかったようだ。

 今年はメルセデスのリザーブドライバーとWECのシリーズ参戦を兼ねていて、日本に滞在出来る時間が非常に短く、去年のようなクールな体験ができなくて残念だった。いまもあの時の楽しかったことを思い出すよ。

■ジェントルマンドライバーとの混走に「ドッキリ」

──F1とWECとはいくつか同じサーキットでレースを開催していますが、F1とLMDhとの違いをドライバーの感覚から説明してもらえますか。

ミック:まずF1マシンとハイパーカーでは圧倒的に馬力の差がある。またF1は798㎏でWECのマシンは1040㎏と車重差も大きくあり、もちろんダウンフォースのレベルも違う。ただ、不思議とドライビングのアプローチというところでは、さほど大きな違いを感じていない。とくにハイブリッドのエネルギー・マネジメントという点では、僕にとってはF1もハイパーカーもほぼ同じだ。

 ドライバーとしてのレベルで見ると、F1ももちろん高いが、このWECでも非常に高いレベルだと感じている。WECとF1はいくつか同じコースを走るが、F1のマシンはハイパーカーに比べてダウンフォース量が多いので、コーナリングはハイパーカーに比べてかなり速いし、それに助けられている部分もある。F1経験者としてドライブしたハイパーカーのフィーリングは、それほど大きな差はあまりないと感じるが、マシンの特性上、たとえ同じサーキットを走ったとしても、レコードラインの取り方は多少違う場合もある。

 そして、F1とWECではタイヤの性質にはとても大きな差がある。まず、WECではタイヤウォーマーが禁止されているので、コールドタイヤで走らなければならない。F1のタイヤならば、スタート、もしくはタイヤ交換をしてから数ラップ後には最高レベルに達し、そこからはグリップレベルが劣化していく一方だが、WECのタイヤはロングラン用なのでグリップレベルはF1よりも長くキープできるのが大きな特徴だと思う。


──あなたはいままでシングルシーターのみを戦ってきたドライバーで、WECではドライバー交代やGTカーとの混走を初めて経験しています。とくに、速度差のあるマシンとの混走のレースを走ってみてどんな感想を持ちましたか?

ミック:レースに出る以上、もちろん、誰もが勝ちたいし、速さをアピールしたい。プロドライバー同士ならば、追い越されるにも心得ていて“呼吸”で分かるのだが、ジェントルマンドライバーは、ハイパーカーがすぐ後ろに迫ってきた場合やサイド・バイ・サイドになった時に、どうすれば良いのか混乱しているように見えることもある。そんなハラハラする状況下でも、彼らはモチベーションに溢れているのか、ハイパーカーに挑む姿勢を見せる場面に遭遇するし、それにはこちらもドッキリしてしまうこともあるけど、レースを重ねるごとに僕も慣れてきているので、GTマシンとの混戦をエンジョイしているよ。
■2023年初頭には届いていたWEC参戦オファー

──あなたの最大の目標は、一日でも早くF1へ復帰することでしょう。F1のテスト/リザーブドライバーとして個人のトレーンングにも多忙な日々の中、WECのオファーを受けるかどうか、葛藤のようなものはあったのでしょうか?

ミック:一度でもF1にいたドライバーなら、良くも悪くも名前や顔を誰にでも知られてしまう。そして、元F1ドライバーとしての風評は瞬く間に拡散されてしまう。だから、もしWECに参戦したらどんなことになってしまうのか、そんなことも考えてしまった……。

 じつはWECへのオファーはかなり早い段階で入ってきていた。2023年の1月末か2月の頃だったと思う。その頃にはF1へ戻れるのか、それとも他に何をすべきなのか、自分でも思い悩んでいる時期でもあった。WECについてもいろいろと自分自身で考えたし、調べてみた。

 とくに今季のハイパーカークラスは、このように非常に大きなフィールドで素晴らしい世界選手権になることは分かっていたし、そして僕のドライバーとしての進歩のためにも、このオファーを思い切って受けてみようと決心したんだ。もしかしたら、その時は小さな妥協という気持ちもあったかもしれないが、実際にこのシリーズに参戦してみて正しい判断だったと思っている。

──以前ゲルハルト・ベルガーにインタビューをした際に「若い才能あるドライバーこそ、F1やシングルシーターに拘らず、さまざまなカテゴリーにチャレンジすべきだ。その経験はすべて必ず彼らの糧となる」とおっしゃっていました。かつてあなたの父ミハエルもDTMやグループCにも参戦していましたね。

ミック:僕はいつもさらに上を目指してドライバーとしてのスキルを発展中だし、ベルガーの言っていることは非常に正しいと思う。今季のWECでチャンスをもらったからには、この経験を今後のドライバー人生の中で活かせるようにしたいし、自分にとってもチャレンジのシーズンだと思っている。

──あなたの好きなコースでもあるスパを経て、初めてとなる24時間レース、ル・マンという大舞台が控えていますね。

ミック:いまからル・マンのことを考えると、とてもエキサイトしている。難関コースでもあり、ドライバーとしてチャレンジすべきレースのひとつにル・マンが挙げられているし、僕もその日がいまから待ち遠しくて仕方がない。

 3名のドライバーで24時間をどう乗り切るのか、精神的にも体力的にもタフであることが求められるだろうし、(リザーブドライバーのジュール・グーノンを含めた)7名のドライバーが力を合わせてゴールを目指す。ル・マンを控えたスパは、セットアップ等のリハーサルや準備の意味も込めて、どのチームも今季もっとも重要視しているレースだと思う。

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 WECのピットウォークのサイン会や、ホスピタリティ前も出待ちのファンでごった返すなど、人気者のミック。幼少期から多くのマスコミや父のファンから好奇の目を向け続けられているだけに、自身の気配をなるべく消そうとしている印象が見受けられるが、非常に育ちの良さを感じさせる、礼儀正しい青年だ。

 まだアルピーヌA424が発展途上ということもあり、必ずしもポテンシャルが発揮できているとは言い難いが、ミックはチームメイトであるニコラ・ラピエールら耐久レース界の先輩から学びながら、自身の研鑽に努めている。