『ZIP!』などの情報番組で活躍する気象予報士の小林正寿さん。大学時代に「会食恐怖症」「外食恐怖症」と呼ばれるパニック障害を発症しました。ところが、当時はまだ心療内科のハードルが高く──  。(全3回中の2回)

教育実習の「給食」は本当につらかった 仕事で茨城県の放送局へ仕事で茨城県の放送局へ

── 過去に「外食恐怖症」に悩んだ経験を公表されています。詳しくお聞きしてもいいですか。

小林さん:大学に入った頃に、「会食恐怖症」「外食恐怖症」といわれるパニック障害の症状が出るようになりました。

当時は、病気だという自覚はありませんでした。最初のうちはレストランなど、外で食事をしようとすると、なんとなく調子が悪くなるという感覚があって。そのうち「吐いたらどうしよう」と強迫観念にかられるようになりました。

症状が重いときは、レストラン以外でも閉鎖的な空間にいることに耐えられなくなりました。急行電車に乗ると空気が吸えなくなるような感覚があって、ドアのすき間に口を近づけていました。

当時は「会食恐怖症」「外食恐怖症」という名称も聞いたことがなかったし、パニック障害という病気もあまり知られていませんでした。実家を離れてひとり暮らしをしていたので、親は知らなかったし、相談もしませんでした。健康保険証を使ったことで親に知られたら心配をかけてしまうと思うと、病院にも行けませんでした。今と違って、精神科や心療内科のハードルが高かったんですよね。

プライベートで茨城へ。いばらき大使としても活躍中プライベートで茨城へ。いばらき大使としても活躍中

── ひとりで悩まれていたのはつらかったですね。

小林さん:それほど悩んでいたわけではないんです。家にひとりでいるときは食べられますし、外で食事ができないことと急行列車で息苦しくなること以外は普通に生活できていました。大学生のうちは、外で食事ができなくてもそれほど困らなかったんですよね。大学には通っていましたが、サークルにも入らなかったし、食事会や飲み会の誘いは断っていました。たまに家族と一緒に食事に行くときは、飲み物だけ頼んだり、テラス席を選んだりしてしのぎました。

いちばん困ったのは、教育実習です。生徒の前で給食を残すわけにはいかないので、料理を必死に飲み込みました。このときはつらくて、「自分には教員は無理かもしれない」と思いました。結局、教員採用試験にも落ちてしまったんですが。

大学4年。教育実習に通っていた頃大学4年。教育実習に通っていた頃

何かきっかけがあったわけでもないし、原因もわかりません。今思えば、ろくに受験勉強をしないでなんとなく大学に入った自分への自己嫌悪が原因だったのかもしれないと思いますが、よくわからないんですよね。

気象予報士・森田正光さんとの食事会に参加したい…

── どのように克服したのですか。

小林さん:病院を受診したのは、気象予報士になってウェザーマップに所属してからです。当時、社内で森田正光さんを囲んで朝からカレーを食べるという会が週に一度開催されていて、僕も誘っていただきました。せっかくの貴重な機会だから参加したいと思ったのですが、自分はその後にテレビ出演を控えていたので、オンエア前に具合が悪くなったら出演できなくなってしまうかもしれません。頑張って勉強して気象予報士になれたのに、「このままでは仕事ができなくなってしまうかもしれない」と追い詰められました。

それでようやく、近所の心療内科を受診することにしました。病院で不安を抑える薬をもらって、外食する前に薬を飲むようにしたら、外でも食べられるようになったんです。それからステップを踏んで、2〜3年をかけて薬を手放していきました。

最初は、症状が出そうなときだけ薬を飲むようにして、そのうちに、薬はお守りとして持っているだけで大丈夫になりました。お酒が好きなので、食事のときにお酒を飲みたいということもモチベーションになりましたね。今ではすっかり症状はありません。

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── ご自身の経験を公表しようと思われたのはどうしてですか。

小林さん:積極的に「公表しよう」と思ったわけではないんです。取材のときなどにぽろっとお話ししたら、周りの人から「実は私もそうなんです」と言われることが増えて。同じ症状を持っている人の参考になるなら、と思って話すようになりました。

僕も、当時は「一生このままなんじゃないかな」と思っていました。でもすっかり症状は治まりましたし、パニック障害の人にとってはハードルが高いと思われるテレビの生放送の仕事を続けています。

パニック障害は、メンタルが弱いから発症するわけではありません。心身を鍛えているアスリートでも発症することはあるし、誰にでも可能性はあります。僕はもともとストレスをためるタイプではないですし、テレビの生放送でもほとんど緊張しないんですよ。

水戸ホーリーホックの「オフィシャルウェザーサポーター」としても活動中水戸ホーリーホックの「オフィシャルウェザーサポーター」としても活動中

自分なりに「大学受験で頑張れなかった自分を受け入れられなかったせいじゃないか」と原因を分析してはいますが、本当の原因は病院の先生にもわからないんですよね。症状も原因も人それぞれではあるのですが、僕自身の経験が誰かの励みになればいいと思って話をしています。

僕自身はこの経験のおかげで、「世の中には、見た目にはわからなくても、いろいろな人がいるんだろうな」ということを想像することができるようになりました。そのことは、天気予報をお伝えするときにも生きていると思っています。

PROFILE 小林正寿さん

気象予報士。茨城県常陸大宮市出身。専修大学卒業後、2012年に気象予報士となり、2013年からウェザーマップに所属する。目標は、日本一思いやりのある気象予報士。2019年より日本テレビ系『ZIP!』にお天気キャスターとして出演中。著書に『しゃもじがあれば箸はいらない』(KADOKAWA)がある。

取材・文/林優子 画像提供/小林正寿