東京→NYから京都に移住して3年。いけず、一見さんお断り、おばんざい、和菓子、おみくじ……。“よそさん”である著者が京都のあれこれに体当たりするエッセイ『京都はこわくない』(仁平綾著/大和書房)より、一部を抜粋し掲載します(前後編の後編)。


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忘れられない、タクシー運転手の“塩対応”

「京都こわい」で語られがちなのが、京都人の塩対応である。

 たしかに私もこの街で経験がある。京都に移住する数年前のこと。旅行で訪れたときに乗ったタクシーの運転手さんが、塩だった。

「すみません、えっと、うえきょうく? たわらやちょうの……」

 私がスマホを片手に、目的地の住所をたどたどしく告げると、

「住所言われてもわからへん」

 運転手さんに食いぎみで遮られた。ひぃ!

 住所しかわからないのにどうしようと、あわてて地図アプリを聞く。「じゃああの、かわらちょうとまるたちょうの、交差点のところで……」

 慣れない通り名を凝視しながら、“河原町丸太町”を読み上げると

「かわら、ま・ち、まるた、ま・ち。で、どっち側? あがったとこ? さがったとこ?」

 きたーーーー! すかさず読みかたの訂正が入ったうえ、さらに難易度の高い、上ル・下ルを聞かれる始末。

 ちなみに、上ルは北へ行くこと、下ルは南へ行くことで、京都特有の表現である。これ、関東人の私には理解不能。だって地元でも東京でも、目にしたことがなかったから……。

 頭ごなしに否定され、いい年をした大人の私もさすがにへこんだ。怒りが湧くよりも先に、シュンとしてしまった。撃沈。京都よ、もっと優しくしておくれ。

 そんな苦い思い出話を、ある夜、飲み屋のカウンターでしていたら、横にいた京都生まれのお兄さんが参戦。いわく、いけずなどの決めつけに京都人は普通に傷つく。自分たちは決して気難しくないのに⋯⋯と悲しい気持ちになるのだそうだ。

「京都で嫌な人に出会ったっていうのもね、よく聞きますけど。たまたま性格の悪い人に出会っただけやと思うんですよ。東京にも神奈川にも、沖縄にもいますよ、性格が悪いタクシーの運転手さん。どこの県にもいるはずやと思うんです」

 ふむ、なるほど。真理をつくコメントに唸った。

 たまたま遠慮のないドライバーだっただけなのに、場所が京都なだけで、つい「塩対応された!」と私が過剰に反応してしまったのかもしれない。「ほらみろ、さすが京都人だ」「やっぱり、いけずだ」と、この街の人をステレオタイプ化するのは、メディアの影響を受けた他県人の悪いクセである。

「いや、それは“いけず”じゃなくって…」

 とはいえ、店主の対応が「塩だった」というのは、やはり京都ではなんども耳にする話である。

 飲食店に入って、席がいくつも空いているのに「いっぱいです」と無下に断られたとか。地元の人と思われる別のお客さんに対する接客とは、明らかに温度差のある対応をされたとか。あれ? もしかして差別されてる? 塩対応された側は傷つく。

「いや、それはいけずやいじわるじゃなくって。誰を優先するかっていう順位がはっきりしてるだけやと思いますよ」

 そう教えてくれたのは、京都で書店、誠光社を営む堀部篤史さんである。


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 京都の店を支えているのは観光客だけではない。毎週、毎月、足しげく通ってくれる馴染みの客こそ大切な存在だ。だからたとえば喫茶店だったら、常連が心おきなく過ごせるよう席をぎゅう詰めにしないとか、いつもの特等席を空けておくなどの配慮が、あたりまえに取られる。

 京都のすべての店に当てはまるわけじゃないけれど、と堀部さんは前置きをしたうえで、そういう対常連客と、対それ以外の客への「ダブルスタンダードは存在する」ときっばり言うのだった。そうなのか!

 ダブルスタンダード、イコール差別ととらえるか、単なる区別ととらえるか。ありえないことだと非難するか、当然のことと理解を示すか。店主と客の意識が合致すれば、双方ハッピー。店側と客側に意議のズレがあり、不和が生じたときには、妖怪・塩対応がぬっと現れ、私たちをうろたえさせる。

 万人受けする商いがマニュアル化されている大都市とは違って、店主それぞれのポリシーが色濃く反映された個人経営の店が多く残る京都では、よりその確率が高くなるのではないか。と私は踏んでいる。だから「京都の店は塩対応」などと安易にジャッジされてしまうのだ。たぶん。

京都人とのコミュニケーションを円滑にする“秘策”とは

 ところで、京都人とのコミュニケーションを円滑にする秘策がある、と話すのは、京都出身の知人だった。それは、

「とにかく大きな声で挨拶をすること」

 いやいや、小学生のスローガンじゃあるまいし。と笑った私に、

「これほんと。元気に挨拶をすれば、京都の人は相手を無害な人だと思って安心するんです。自らすすんで挨拶をしてこない人も多いけど、そんなことは気にしないで自分のほうから挨拶!」

 おかげで、これまで京都に移住してきた彼の友人知人はみなトラブル知らずだという。

 ならばと私も、明るく挨拶を心がけている。京都の店に足を踏み入れたときは、なおさら。ついでに妖怪・塩対応を遠ざけるおまじないになればいいなあ、なんて思いながら……。

文=仁平 綾