小山内美江子さんは1979年に始まり、国民的テレビドラマとまで称された「3年B組金八先生」シリーズの脚本を執筆した名手だ。当時、金曜の夜8時は刑事ドラマ「太陽にほえろ!」の一人勝ち状態。TBSから視聴率を気にせずテーマも自由と依頼された。

 世を渡るのに大切なのは、学校の成績だけではない、自分で人生を切り開いてほしいと、現実の中学生がかかえる悩みや心情を丁寧にくみ取り、オリジナルの脚本で問題提起も試みた。

 武田鉄矢さん演じる金八先生は子を思う親の視点から造形。子供にはなりふり構わずに話を聞いてくれる大人が必要と、思いを託す。

 15歳での妊娠、出産というテーマを、杉田かおると相手役の鶴見辰吾が演じた際、猛烈な抗議を受けた一方で、目を背けがちな問題に向き合ったと評価を高めた。番組が中学生の心を捉えたのは、生徒たちの心情を自分と重ね、金八先生の言動にも共感したからだ。

武田鉄矢を「金八先生」に推薦

 30年、横浜生まれ。本名は笹平美江子。生家はかまぼこの製造問屋だ。映画監督を志し、51年、スクリプターとして映画の現場へ。

 映画評論家の北川れい子さんは言う。

「当時の撮影現場は男社会で女性監督は事実上無理でした。監督の近くで記録を担うスクリプターとして脚本がどのように映像になるかを見渡せた経験は、出演者が役に入りやすい脚本に生かされていました」

 結婚し62年に1男を授かる。現在、俳優や映画監督として活躍する利重剛(りじゅうごう)さんだ。夫は子煩悩で働かなくなり小山内さんは離婚を決意。子供のそばで仕事ができる脚本家に転じた。

“金曜夜8時”の依頼に取りかかったのは、NHK連続テレビ小説「マー姉ちゃん」の成功後だ。

 武田さんを推薦したのも小山内さんだ。あるパーティーの席上、向田邦子さんが武田さんに、あなたは全身を使って演技をしていると指摘すると、武田さんはろう学校の教師を志し、大きな身振り手振りで伝えようとした癖が抜けない、と話した。小山内さんは実直さを感じた。

 80年開始の第2シリーズでは校内暴力が大きなテーマに。教師が不良を「腐ったミカン」のように排除するのは間違いだと提起した。

せりふと構成力がともに優れたまれな脚本家

 テレビドラマ「ああ禁煙」や「花の吉原 雪の旅」などで小山内さんと組んだプロデューサーの石井ふく子さんは振り返る。

「意見をガンガン言い合える人でした。せりふと構成力がともに優れる脚本家はまれです。登場人物が小山内さんの中に生きて動いていて、せりふに自然と感情が込もっていた。これを伝えたいとの思いもドラマの展開に無理なく入っていた。間違ったことを書いて観た人が信じてはいけないからと調べに調べていた。ここはおかしいとプロデューサーから言われるのも恥ずかしいとお考えで、きっちりしていて仕事がしやすい。脚本が遅れたこともありません」

第7シリーズで事実上「外された」

 先を読む感覚はさえ、早くから性同一性障害を織り込んでいる。だが、04年、第7シリーズの途中で降板。

 TBS側は小山内さんの体調不良と説明したが、実際は意見の相違で事実上外されていた。非現実的で過剰な演出が行われたと疑問を呈していたのだ。番組は2011年まで続くが、脚本に携わっていない。

 還暦を迎えた90年以降、ボランティア活動に尽力。カンボジアを中心に約400棟の学校を建設、運営も支援。寄付を募るほか私財を投じた。教育は人をつくる礎との信念は金八先生と重なる。90歳を過ぎても取り組んだ。

 5月2日、94歳で逝去。

「金八先生の終了後、いい俳優がいたら教えてと言うと、上戸彩さんを紹介してくれました。金八先生のせりふも元は小山内さん自身の言葉だと出演者は受け止めていましたね」(石井さん)

「週刊新潮」2024年5月23日号 掲載