1992年夏場所12日目を終え、関脇・曙が2敗で単独トップ、3敗で西前頭7枚目・若花田が追う展開となっていた。13日目、曙は前日、小結・安芸ノ島に負けたショックは全くなかった。左手が、小結・琴錦ののど元に食い込み、右からは強烈なおっつけ。琴錦は弓なりになって、どうすることもできず、土俵から転げ落ちた。過去2勝8敗の苦手だったが「何も気にしないで相撲を取れば、何とかなると思ったからね」

 14日目、小結・水戸泉にはわずか3秒で勝利。若花田もピタリと1差で追い、千秋楽の直接対決で決着をつけることになった。「勝っても負けても自分の相撲を取るだけ。若花田? 意識するよ。強いからね」。88年春、初土俵の同期生との決戦に臨む決意を示した。

 曙は長いリーチを生かして若花田をのけぞらせる。若花田が必死で下からあてがったが、曙のパワーが圧倒する。豪快に押し倒した。右手で思わずガッツポーズ。ライバルを両手で引き起こす優しさも見せた。「ありがとうございます。今朝、親方から落ち着いて自分の相撲を取ればいい、と言われて。いい相撲が取れました」と、初優勝に目を赤くした。

 師匠の東関親方(元関脇・高見山)も涙が止まらない。「うれしくって。まだ、夢を見ているみたいです。部屋を持って6年ですが、苦しさも吹っ飛びました。曙は稽古場も私生活もまじめだから、これからもどんどん頑張ってほしい」

 初賜杯に加えて、大関の座も射止めた。昇進に合わせ、しこ名・曙の「者」の部分に「、」を入れた。「天(下)を取ったら点(、)を入れる」という意味が込められた。曙は、92年11月場所、93年1月場所で連続優勝。外国人として初めて横綱昇進を決め、まさに天下を取った。(久浦 真一)=おわり=

 ◇曙 太郎(あけぼの・たろう)本名・曙太郎。1969年5月8日、米ハワイ州オアフ島出身。88年3月場所、初土俵。90年9月場所、新入幕。93年1月場所後、横綱に昇進。優勝11回。得意は突き、押し。01年1月場所で引退。通算成績は654勝232敗181休。03年に格闘家に転向。24年4月、死去(享年54)。現役時代は204センチ、233キロ。