「医療従事者=白衣」といったイメージがあるが、病院の中をウロウロしているとTシャツのようなモノを着ている人をよく見かける。7〜8年前の医療ドラマを見ると、出演者の多くは白衣を着ているのに、なぜ色とりどりのTシャツを身にまとっているのか。

 「なんだよ、さっきからTシャツ、Tシャツって。『スクラブ』のことだろ」と思われたかもしれないが、その通りである。デザインの特徴は、半袖で首元がVネックになっていること。かつて手術のときに着用する人が多かったので、医師からは「オペ着」とも呼ばれている。

 「病院内でスクラブを着ている人が増えたなあ。医師だけでなく、看護師も薬剤師も着ているのでは?」――。これは筆者の個人的な印象なので、本当かどうかを確かめるために調査データをあたってみた(※)。「白衣とスクラブ」どちらを着ていることが多いのか。医師に尋ねたところ「白衣」と答えたのは44.5%に対し、「スクラブ」は55.5%という結果に。

 スクラブを着ている医師が多いようだが、注目すべきポイントは過去との比較である。「白衣」を着ることが増えたのは12.0%、減ったのは23.0%。「スクラブ」を着ることが増えたのは28.5%、減ったのは6.5%。肌感覚だけではなく、数字で見ても病院内のユニフォーム事情は変化しているようである。

 それにしても、なぜスクラブを着ている医者が増えているのか。理由を尋ねたところ「機能的で作業しやすい」「涼しい」「白衣は洗うのが面倒」「色が複数選べる」など、使い勝手の良さを挙げる人が多かった。

●1本の糸を顕微鏡で分析

 スクラブを着ている人が増えてきた。市場が盛り上がっているということは、それを仕掛けている会社が存在しているはず。これまでになかったモノを開発していたり、マーケティングに注力していたりするのではないか。

 気になったので調べたところ、医療用のアパレルを手掛けていて、売り上げを伸ばしている会社があった。その名は「クラシコ」(東京都港区)である。

 同社は2008年に会社を立ち上げて、その後、売り上げを伸ばし続けている。広報担当者に尋ねると「創業から16年で4640.8%の成長を遂げています」というが、イメージがわかない人もいるかもしれないので、直近の数字を紹介しよう。2023年度の売り上げは、対前年比140.5%である。「病院=閉じられた世界」といったイメージがあるが、クラシコは売り上げをどのようにして伸ばしてきたのか。

 同社が誕生したきっかけは「たまたま」である。IT企業に勤めていた創業者が中学の同窓会に出席していたときのこと。友人の医師が「白衣を着ると、ものすごくモチベーションが低下する」と言っていたので、ネットで調べたところ、白衣はペラペラなモノしかないことが分かってきた。

 気になったのでアンケートを実施したところ、医療従事者の8割が「白衣に不満を持っている」と回答。この結果を受けて、オーダースーツの職人をしていた友人と一緒に「かっこいい白衣」をつくることに。会社で働きながらスーツのようなデザインの白衣をつくって、ECサイトで販売したところ医師から注文や問い合わせが多かった。手応えをつかんだこともあって、会社を立ち上げたのだ。

 自社でつくった商品を医療従事者に販売する。いわゆるD2C(Direct to Consumer:お客に直接自社製品を販売すること)の商売をしていて、同社はお客の声を聞いて、聞いて、聞きまくった。「こういった素材の白衣がほしい」「このデザインのスクラブがあればなあ」といった声があれば、研究である。

 お客の要望に対して、適しているものはどれか。「この服の素材はどうかな」といったあたりをつけて、糸をほぐしていく。1本1本の糸を顕微鏡で分析して、白衣やスクラブに生かしていった。新しい素材を生み出すために、1年半ほどの時間がかかることは珍しくなく、何度も何度もトライアンドエラーを繰り返して、商品を完成させているという。

●クラシコの強みは2つ

 クラシコの歴史をざっくりと紹介したわけだが、そこからこの会社の強みを感じ取った人もいるかもしれない。2つあって、1つは「聞くチカラ」である。

 新規参入ということもあって、「現場のことを知りたい」「話を聞いてみたい」という気持ちもあったわけだが、それだけではない。「聞くチカラ」が強みになったのは、D2Cのビジネスモデルが影響している。

 いまでこそECサイトで商品を販売することは当たり前のことであるが、当時は違った。ネットで「白衣」を検索しても、「コスプレ用の白衣が検索の上位に並んでいました」(商品開発グループの米久哲平さん)

 そうした状況だったので、この分野でネット販売に注力しているところは少なかった。他社よりも早くECに取り組み、お客の声を反映させて、商品をつくる。こうしたことを何度も繰り返していくうちに、行動が強みに変わっていったようだ。

 2つめは、「素材開発」である。先ほど紹介したように、糸をほどいて1本1本を研究する。お客が求めるモノを完成させるために、時間をかけて商品をつくってきた。こうした作業を繰り返すことで、これまでいくつかのヒット商品を生み出してきた。例えば、「クールテック」シリーズ。「夏の現場は暑く、汗だくになる」という声があったので、ひんやりとした生地を開発したところ、人気商品の仲間入りに。

 このほかにもたくさんの商品を開発してきた中で、話題になったアイテムをひとつ紹介しよう。漫画『ブラック・ジャック』のシルエットが描かれたスクラブ(トップスとパンツともに1万1990円)である。ご存じのとおり、手塚治虫の作品で、1973年に『週刊少年チャンピオン』で連載を開始。主人公のブラック・ジャックは無免許にもかかわらず、天才的な外科技術をもっていて「医療とは何か」「命とは何か」を問い続ける作品である。

 「えっ、でも、無免許医でしょ。漫画のキャラとはいえ、大丈夫なの?」などと思われたかもしれないが、医療現場で働く人たちは好意的に受け止めているようだ。SNSを見ると「テンションがあがる」「かっこいい、即購入した」といったコメントも。今年の2月に発売したところ、1週間でほぼ完売。1.5倍ほど追加して、4月に投入したところ、再び完売した。

 そういえば、作品の中で安楽死の必要性を訴える「ドクター・キリコ」が登場するが、スクラブには描かれていない。患者側の気持ちを配慮したようで、キリコの代わりに「ヒョウタンツギ」を入れることにしたそうだ。

●医療ドラマでスクラブを着用する理由

 最後に、スクラブに関して「へえ」と感じられるエピソードを紹介しよう。クラシコはECサイトだけでなく、リアル店舗も展開している。当然、お客の大半は医療従事者であるが、目立った特徴として店での滞在時間が長いことが挙げられる。

 ネットで商品を見て、実際どんな肌触りなのか、自分の体にフィットするのか、などを確かめるケースが多く、1人当たりの滞在時間は40〜60分ほど。「アレも試着して」「コレも試着して」といった感じで、スクラブを着ていく。ビジネスパーソンのYシャツのようなモノなので、じっくり選んでいる人が多いようだ。

 また、月曜日は〇色、火曜日は〇色といった具合に、曜日によって色を変えている人もいて、気に入ったスクラブの全色を購入するケースも珍しくないようだ。

 冒頭で医療ドラマの話を紹介したが、出演者の多くがスクラブを着ていることに納得である。ドラマの世界だからといって、なんでもアリにしてしまうと、視聴者はしらけてしまう。リアルな現場を見せて、臨場感を覚えてもらうためにはどうすればいいのか。病院の中でスクラブを着ている人が多い→ドラマの出演者にも着てもらう→臨場感が伝わる。こうした流れが生まれているようだ。

 考えてみると、ビジネスパーソンの服装も時代とともに変化している。ネクタイをしなくなったり、スニーカーを履いたり、リュックを背負ったり。数年後、病院内でこのような言葉が聞かれるかもしれない。「ん? あの先生、見たことがない“衣料”を着ているよね」――。

(土肥義則)