ポストコロナ時代に入ったが、世界情勢の不安定化や続く円安など業界を取り巻く環境は刻一刻と変化している。そのような中で、IT企業はどのようなかじ取りをしていくのだろうか。各社の責任者に話を聞いた。前編の記事はこちら。

 AIoTクラウドは、2027年度の中期経営目標として売上高100億円を掲げている。WIZIoT ラインで50億円、スリーゼロラインで40億円、IoTデータ利活用事業で10億円という内訳だ。

 ただ、この目標の達成には「T2D3」の達成が不可欠になる。これは、毎年3倍/3倍/2倍/2倍/2倍(5年で72倍)という、世界で成功するスタートアップ企業が描く成長曲線だ。

 この成長に向けて、AIoTクラウドの松本融社長はどんな手を打つのか。インタビュー後編では、AIoTクラウドが打ち出した2027年度に向けた意欲的な事業計画と、それに向けた具体的な戦略について聞いた。

 また、かつて松本社長が携わってきた電子書籍端末「GALAPAGOS」に関する、今だからこそ語れるエピソードについても触れてもらった。

●UXはSaaSビジネスを拡大する際に重要な要素

―― 2023年11月にシャープが開催した「SHARP TECH-DAY」では、AIoTクラウドが、画像認識AIの学習コストを大幅に削減する「AIゼロショット画像認識・状況判定」を展示していましたね。

松本 この技術は、画像認識AIの学習コストを大幅に削減するとともに、認識対象を簡単にチューニングすることができます。画像読み込みによる学習を行わずに、認識対象物を増やすことが可能なため、WIZIoT遠隔監視サービスに応用すれば、メーターだけでなく多彩なデータを読み取ることができるようになります。

 また、現場の様子を映し出すだけで、どこが危険であるのかといったことも分かるようになります。水たまりができているので滑りやすいとか、工具が出しっぱなしになっているので危険であるといった状況が認識できます。

 これを事前学習なしで検知できますし、その情報を取り出すときには自然言語で入力すれば済みます。「工具が出しっぱなしになっていれば教えてほしい」といえば、該当する場所を特定して、テキストや音声が返してくれます。これを活用することで、遠隔監視を幅広いユースケースに対応できると期待しています。

 まだ研究開発段階のものであり、どんな形でお客さまのお役に立てるかはこれから検討していくことになります。これ以外にも社内には研究開発レベルの技術がいくつかありますし、業務効率を高めるために生成AIをどう使うのかといった点でも要素技術の開発にも取り組んでいます。それらを早い段階で、お客さまのサービスとして提供できるように進化させていきたいですね。

―― AIoTクラウドは、シャープの枠に捉われないビジネスへと転換していますが、逆にシャープとのシナジーはどんなところで生まれていますか。

松本 シャープマーケティングジャパン ビジネスソリューション社やDynabookを通じて、「スリーゼロ」や、「WIZIoT遠隔監視サービス」の販売を行うケースが生まれています。当社では接点がなく、アプローチができない取引先にも提案してもらうといった実績があります。発に関しては、当社とシャープは、基本的には分離した体制で進めています。

―― AIoTクラウドにおける課題は何でしょうか。

松本 営業リソースが足りていないという点です。以前はシャープの営業リソースを活用していましたが、新たな体制になってから、その方針を転換し、当社独自の営業体制の構築に取り組んでいます。

 ここでは、「The Model」の手法を用いながら、それに対応できるスキルを持った人材を、社外からキャリア採用し、足りないスキルやマインドを埋めています。私を含めてシャープからきた社員は、どうしても頭で考えてから動き始める傾向があり、SaaSのビジネスに求められるスピードが足りないところがあります。

 やはり、ハードウェアビジネスならではのやり方が浸透していますから、そのスキルやマインドのままではSaaSビジネスには合いません。SaaSビジネスのマネジメント経験者を数人採用したことで、社内の枠組みができてきたところです。

 今後はインサイドセールスの経験者や、ハイタッチセールスの経験者も増やし、体制を強化します。成長するSaaSビジネスの企業は、5割以上がビジネス領域を担当するという構成比になっています。

 当社は、まだまだ開発部門が多いですから、その構造も変えていきたいと思っています。一方で生成AIは、これから重要な要素になってきますから、AIをビジネスに応用できるエンジニアを強化したいですね。同時に、クラウドサービスに適したUXを実現できるエンジニアも増やしていきたいですね。私自身、UX(ユーザーエクスペリエンス)をずっとやってきたので、こだわりの部分でもありますし、おのずと要求レベルが高くなってしまいますが(笑)、SaaSビジネスを拡大するには重要な要素だと思っています。

 SaaSビジネスを行うスタートアップ企業には、T2D3という成長目標があります。毎年、3倍/3倍/2倍/2倍/2倍で成長させ、5年間で72倍のビジネス規模に拡大するというものですが、当社もそれを目指しています。初年度はそれに近いレベルで成長を遂げ、今は2年目として、さらに高いハードルに挑んでいるところです。当社は、2027年度までに売上高100億円を目指しています。目標に対しては、まだ10分の1の規模ですが、それに向けて体質を強化していきます。

●全世界に広がっている絵文字はシャープの電子手帳にルーツがある?

―― AIoTクラウドの事業戦略の基本姿勢を教えてください。

松本 かつては、自分たちで市場を作っていくという発想であり、プロダクトアウトの手法でしたが、今の基本姿勢はマーケットドリブンであり、それを進化させることでビジネスを伸ばしていきます。既に一定規模の市場があり、その市場がさらに成長することが見込め、そこに自分たちの立ち位置を定めるというやり方です。

 戦っていける市場規模がそこにあるのか、IoTやAI、クラウドといったテクノロジーを生かすことができる市場なのか、環境変化によってさらに成長できる市場であるか、そこで収益を出せるかが、当社にとっての成長市場の条件です。

 今は運輸業界や製造業が対象になっていますが、もし流通/小売分野で、該当するような市場があれば、そこへの参入を検討する可能性もあります。ただ、今は横に展開していくよりも、2つの市場にフォーカスし、軸を持って事業を推進した方がいいと思っています。

 まずは、自分たちでオーガニックに成長することにフォーカスし、その成長過程で必要であればM&Aを行っていくことになるかもしれません。当面は日本市場にフォーカスしたビジネスを進めますが、私たちのサービスを利用した日本の製造業がグローバルで成功し、日本の製造業を支える会社として認知されることも目指したいですね。

―― 経営トップとして、どのようなことにこだわっていますか。

松本 3点あります。1つは会社の方向づけを明確にすることです。2つめはそれを実現するために経営資源を適切に配分すること。人材投資や技術投資をどうするのかを明確にします。3つめは、これらをしっかりと実行することになります。当社はSaaSで伸ばし、AI/IoT/クラウドを強みとし、課題解決を前提としてビジネスを進めます。

 シャープのような規模がある会社は需要を生み出すという仕掛けができますが、当社のようなスタートアップ企業は自ら市場を創造するよりも、需要のあるところに立ち位置を定めて経営をしていくことが適しています。ただし、その市場には必ず競合がいますから、その競合に勝てる技術や製品を持つことが大切です。

―― 松本社長はシャープにおいて、PDAの「ザウルス」や、電子書籍のGALAPAGOSの事業化に関わってきました。主にコンテンツやサービスの部分をリードしてきたわけですが、この経験は、AIoTクラウドの経営にどう生きていますか。

松本 ザウルスやGALAPAGOS以外にも、0から1を生み出すという仕事には数多く携わってきました。そこで多くの仲間を作って、一緒に市場を創り上げていくということにも取り組みました。これまで私が携わってきたのは、商品やサービスという観点から新たなものを生み出す仕事でした。今、AIoTクラウドの社長としてやっていることは、新しい会社を作るという仕事です。

 これまでの仕事になぞらえるならば、新しい「製品」作りから、新しい「会社」作りに変わったといえます。そのように捉えたときに、必要となるスキルやマインドは同じだと思える部分が多いですね。

 例えば、会社をどう成長させるのかといったときに、方向性を明確にするというのは、モノ作りと一緒です。また、製品を訴求する際には、3つの特徴を示しますが、これと同様、どこに会社の特徴があるかということを明確に打ち出すことが大切です。私自身、SaaSビジネスをかなり研究し、T2D3の実現に向けた手法や、The Modelのやり方を取り入れながら、当社を成長させたいと思っています。

 私が携わってきたザウルスやGALAPAGOS、ヘルシオデリなどは、ハードウェアがあって、その上にコンテンツやサービスを提供するという仕組みでした。まずは、ハードウェアというプラットフォームを売るということが前提になりますが、同じシャープの社内ではあっても、ハードウェアの販売と、コンテンツのビジネスは、分業化されていました。

 それに対して、AIoTクラウドでは、プラットフォーム作りのところから自分たちで責任を持ち、その上で、SaaSビジネスを展開する仕組みです。そして、自分たちで売る力や稼ぐ力を持たなくてはなりません。そこは大きな違いだと思っています。

―― ちなみに、今だから明かせる当時のエピソードはありますか。

松本 GALAPAGOSは、「緊プロ」(緊急開発プロジェクトチーム)によって生まれたデバイスなのですが、緊プロでの最初のテーマは、XMDFフォーマットの開発であり、液晶画面で縦書きの書籍を読みやすくすることを目指したものでした。

 その中に、ハードウェア端末の開発も、一応盛り込んでいたのですが、これを見た経営トップから、画面サイズが異なる2種類のタブレットを開発するように指示があり、これを短期間で開発して、同時発表しました。

 そのときに、電子ブックストア「TSUTAYA GALAPAGOS」を一緒に展開したCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)をはじめ、日本を代表するコンテンツホルダー各社のトップとお会いする機会がありました。シャープの経営トップと一緒に訪問する機会も多かったのですが、新市場の創造にかけるシャープ経営トップの強い意思や、グローバル視点での考え方を目の当たりにできたのは、今でも大きな財産になっています。

 また今は、1993年10月にザウルスが発売されてから、ちょうど30周年の節目を迎えています。ザウルスは、その後の写メールの前身となる写真をメールに貼って送信するという仕組みを提案したことで知られていますが、実はザウルスの前に発売していた電子手帳では、スケジュールに絵文字を貼るという仕組みを既に提案していたんです。今、全世界に広がっている絵文字は、シャープの電子手帳にルーツがあるのではないかと思っています。

●異質な組織がシャープに与える影響 目の付けどころがシャープはそのままに

―― 長年取材をさせていただいた中での個人的な感想ですが、ハードウェア技術者が多いシャープにおいて、松本社長はソフトウェア領域の技術者という印象を強く感じています。その部分では、考え方や手法について他の技術者との違いは何かあるのでしょうか。

松本 もしかしたら、やり方は全く違うかもしれませんね(笑)。ハードウェアの技術者は、徹底して確実性を追求します。ロジックを組み立てる際にも蓋然(がいぜん)性を大事にしますし、作りたい製品からバックキャストで物事を考えます。しかし、ソフトウェアの開発はアジャイルな発想で、やりたいことに対して、さまざまな選択肢を用意して、最適なものを実行していくことが多いですね。

 もともと当社はIoT事業本部が分離独立して生まれた会社であり、ソフトウェアの技術者が数多く在籍しています。シャープグループの中でも「異質」な組織であるといえるかもしれません。

―― 異質な組織が、シャープに対してどんな影響を及ぼすでしょうか。

松本 シャープが持っている新たなモノ作りに挑戦するマインドや、人に真似されるモノ作り、そして、誠意と創意の「二意専心」といったシャープの精神は大切なものであり、当社でも踏襲しています。シャープの良い文化を生かしながら、AIやIoT、クラウドといった最新テクノロジーを活用したビジネスの中に適用したのが、AIoTクラウドだと思っています。

 新たなビジネスを生み出す実験場のような役割を果たし、ここで成功の「型」が作り上げることができれば、今後、シャープが新規事業に取り組む際に、「コピー」することができるようになります。そんな存在になることを目指します。

―― 2027年度に売上高100億円を達成したときに、AIoTクラウドの姿はどうなっていますか。

松本 今とは全く違う景色が開けていると思います。私自身、日本の電機メーカー発のスタートアップ企業がSaaSビジネスをやったら、こういう会社ができあがったという、1つのイメージを持っています。

 その実現に向けて、SaaSの会社であってもシャープの創業者である早川徳次氏の「人に真似される商品を作る」というマインドを持ち、お客さま第一で考え、目の付けどころがシャープであるという文化を定着させた企業になることが、不可欠な要素です。

 そして、最先端技術を扱っている企業として、「AIやIoTは、こういうように応用できるのか」ということを見せることができる会社になりたいと思っています。製造業であるシャープ発のスタートアップ企業が、さまざまな日本の製造業を支援し、それによって事業成長する会社を目指します。

 当社は2年前に、「ミッション、ビジョン、バリュー」を策定したのですが、これをもう一度見直そうと思っています。そこで、当社が目指す新たな姿を言語化して、社内外に示す考えです。